27話 プログラミング
6月も、もうすぐ終わろうとしていた。
湿った風が、街路樹の葉っぱをゆっくり揺らしている。
制服の襟も、微妙にじっとりしていて、季節の変わり目を嫌でも実感する。
そんな、ちょっと蒸し暑い帰り道。
最近ずっと、頭の片隅に引っかかっていることがあった。
(……俺、プログラミング、もっとちゃんとできた方がいいんじゃね?)
そんな呟きが、ふと胸の中に浮かぶ。
今、サイト作成にしても、正直かなりChatGPT頼みだ。
HTMLやCSS、JavaScript――
一応それっぽいコードは出してもらっているし、それをコピペすれば動くには動く。
でも。
「もうちょっとここだけ微調整したい」とか
「このデザイン、もう少し格好良くしたい」とか
そういう"ちょっと欲張った作業"をしようとすると、もう全然ダメだった。
コードを見ても、わからん。
エラーが出ても、どこが悪いのかさっぱりわからん。
エラー文を読む→日本語なのに意味不明→ChatGPTに丸投げ→ChatGPTが「これ直して」と言う→また意味不明。
この無限ループ。
(結局、俺、ChatGPTの指示通りにポチポチしてるだけじゃん……)
ちょっと前までなら、それでも満足してた。
「動けばOK!天才!」みたいなノリでやってた。
でも、最近は違う。
「もっと自分で理解したい」
「自分で手直しできるようになりたい」
そんな気持ちが、じわじわ大きくなってきた。
小さなもやもやが、毎日少しずつ、重りみたいに積み重なっていく。
そして今日。
学校の帰り道、コンビニの前で自転車を止めた瞬間――
ふと思った。
(いっそ、プログラミングをちゃんと学んじまった方が早いんじゃないか?)
そう思った瞬間、今まで心の奥に溜まっていたもやもやが、一気に晴れるような感覚がした。
もし、自力でコードが書けるようになったら――
サイトの見た目だって、思い通りにカスタマイズできる。
翻訳サイトだって、もっと使いやすい仕様にできるし、レシピサイトも、天気予報サイトも、
さらに機能を追加して、レベルアップできるかもしれない。
ただ「形だけ作りました」じゃなくて、「ちゃんと使いやすいサイト」を作れるようになる。
その未来を想像しただけで、胸が少し高鳴った。
だけど。
冷静に考えれば、本気でプログラミングを学ぶなら、独学だけでどうにかなるほど甘くはない。
学校の授業みたいに、誰かが教えてくれるわけでもないし、ネット上の情報も、まだそんなに整っていない。
(じゃあ、どうする?)
自問しながら、自然と浮かんできたのが――
「プログラミング教室」という選択肢だった。
(……あるかな、2005年に、そういう教室)
時代は2005年。まだスマホは存在していない。
今はまだ、プログラミングがそんなに一般的じゃない時代だ。
子ども向けのプログラミングスクールなんて、そんなにメジャーじゃない。
でも、きっとどこかにはあるはずだ。
少なくとも、「パソコン教室」みたいな看板を掲げてるところなら。
俺はパソコンを開いて、検索エンジンに打ち込んだ。
【パソコン教室 中学生 受講可】
すると、意外にも、いくつかヒットした。
駅前にあるそこそこ大きそうな教室。
週1回、少人数制で、ワードやエクセルだけじゃなく、「プログラミング指導可」と書いてある。
(……ここ、行けるかも)
料金もそこまで高くない。
月謝は6,000円くらい。
これなら、自分の稼ぎから十分出せる範囲だ。
しかも今月の収入は5万円を超えている。
(問題は、通うって言ったとき、母さんたちがどう思うか、だな)
急に「プログラミング教室に行きたい」なんて言い出したら、絶対怪しまれる。
中3で受験もあるし、普通なら「今はそんなの後回しにしなさい」って言われてもおかしくない。
(でも――今しかねぇんだよな)
このタイミングでちゃんと基礎を固めておけば、高校生になったとき、他のやつらに圧倒的な差をつけられる。
もっと自由に、もっと効率よく、サイトを作ったり、サービスを拡張したりできる。
そして何より――
未来に向かって、一歩踏み出すために。
(よし、説得しよう)
俺は決意して、教室の場所やスケジュール、授業内容なんかをノートにまとめた。
「遊びじゃない、本気で学びたい」
「今の収益にも直結してる」
「勉強との両立もちゃんと考えてる」
そういう、親を納得させるためのポイントも、頭の中で整理する。
(社会人やってたころ、こういうの得意だったよな……)
昔の仕事で培った経験が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
ノートを閉じると、自然と気持ちが引き締まった。
タイミングを見計らって、リビングに向かった。
母さんは、洗濯物をたたんでいるところだった。
(今だな)
意を決して、声をかける。
「母さん、ちょっといい?」
「なあに?」
洗濯物をたたみながら、軽く振り向く母さんに、俺は正面から切り出した。
「プログラミング教室、通いたいんだ」
「……え?」
手が止まった。
母さんは、一瞬だけ驚いた顔をして、俺のほうをまじまじと見た。
無理もない。
急に「プログラミング」なんて、中学生の口から出るとは思ってなかっただろう。
俺は、すぐに続けた。
「ちゃんとした理由があって。今、自分でサイト作って、レシピとか翻訳とか、天気予報とか、やってるだろ?」
「う、うん」
「でも、もっとちゃんとプログラミング覚えたら、サイトをもっと使いやすくしたり、新しいことに挑戦できると思うんだ」
母さんは黙って聞いている。
「それに、プログラミングって、これからの時代、すごく役立つスキルだから。別に遊びじゃない。ちゃんと将来にもつながる勉強だと思ってる」
そこまで一気に言ってから、俺は少しだけ間を置いて、さらに畳みかけた。
「月謝は6,000円くらいなんだけど、それも、自分のサイトの利益から出すつもり。母さんたちに負担はかけない」
ここは大事なポイントだ。
親にとって一番の心配は、金銭的な問題だろうから。
母さんは、しばらく考え込んでいた。
静かな時間が流れる。
俺はじっと待った。
下手に口を挟むと、言い訳っぽくなりそうだったから。
やがて、母さんはそっと口を開いた。
「……ちゃんと、考えてるのね」
「うん」
「遊び半分じゃなくて、本気でやりたいって思ってるんだ?」
「本気だよ」
目を見て、はっきりと答える。
母さんはその答えに、ゆっくりと、ほっとしたように微笑んだ。
「なら、いいわ」
「えっ」
思わず、変な声が出た。
もっと食い下がられるかと思ってた。
母さんは笑いながら言った。
「あんた、自分でお金稼いで、自分で勉強しようって思ってるんでしょ?そんなの、応援するしかないじゃない」
「……ありがとう」
素直に頭を下げた。
(よかった……)
心の中で、静かにガッツポーズ。
「でも、ひとつだけ」
母さんが指を一本立てる。
「学校の勉強も、ちゃんとやること。プログラミングに夢中になりすぎて、受験がダメになったら本末転倒だからね」
「わかってる」
そのくらい、当然だ。
というか、もう三科目なら高校合格レベルを余裕で越えている。
「将来はプログラマーになるのいいわよね。IT系の会社って今いいんでしょ?」
「うん……そうらしいよね」
確かに05年ならITが流行った時代だったかな。
IT会社が球団買収やテレビ局を買収しようとしたをニュースで見た。
母さんはまたにこっと笑って、洗濯物をたたみ始めた。
その背中を見ながら、俺は胸の奥で、静かに決意を新たにする。
(よしやるか……)
プログラミング。
たぶん、これからの俺の人生を、大きく変えるスキルになると思う。
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【現在の収益】 (6月29日時点)
【6月の収益まとめ】
レシピサイト:3,400円
翻訳サイト:52,000円
天気サイト:420円
文章サイト:3,200円
合計(月収):58.940円
【総収益】
レシピサイト:6,370円
翻訳サイト:81,300円
天気サイト:420円
文章サイト:3,200円
合計:91,290円




