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26話 Side 04  海に生きる男たち

「昼の3時過ぎから南風強まり雨。波高、1.5メートル……」

 

漁協の朝のアナウンスが、港に響いた。

毎日聞き慣れてる声だったが、今日の予報は、どこか胸にひっかかった。

 

海の天気は変わりやすい。

そりゃ、俺だって何十年もこの海で生きてきたんだ。

風の匂い、波の色、空の重さ――

五感を総動員して、海を読んできたつもりだった。

 

だけど、それでも外すことはある。

特に、春先と秋口。

季節の変わり目は、風も潮も気まぐれで、

熟練の勘すら裏切る。

 

「今日も行くか?」


「まあ、そうだな」


桟橋で顔を合わせた仲間に声をかける。

 

「まあ、昼すぎには帰ろうか」

 

誰からともなく、そんな声が上がった。

みんな、自然と同じ考えになっていた。

 

先月までは、こんな微妙な天気の日、「出るか、やめるか」で毎回悩んでたもんだ。

 

でも――今は違う。

 

あれ以来、俺たちには“頼れるもの”ができたからだ。

 

先月、漁師仲間の誰かが最初に言い出した。

 

「この間から使ってる天気予報サイト、あんたらも見たら? よく当たるぞ」

 

「ネットの天気予報か?」


「ネットなんぞ、そんなもん信用できるかよ」

 

俺も、周りの連中も、最初は鼻で笑ってた。

昔気質の漁師にとって、ネットだのなんだのって、縁遠いもんだったからな。

 

だが――

気づけば、

1人、また1人と、そのサイトの“信者”になっていった。

 

俺自身、認めたくはなかったが――

心の中じゃもう、知っていた。

 

あのサイト、妙に当たりまくってる。

 

たとえば昨日だ。

「午後3時に北風から南風に変わる」って書いてあった。

 

そんな細けぇ時間まで、しかも風向きまでピンポイントで当たるわけねぇだろって、

正直、思ってた。

 

だけど――

 

14時55分。

港に掲げた旗が、ふわりと逆を向いた。

 

(……マジかよ)

 

思わず鳥肌が立った。

 

一日や二日なら偶然かもしれない。

だが、連日だ。

連日、ほぼドンピシャ。

 

ここまで来たら――

もはや勘より、このサイトを信じたほうがマシだと思わされるくらいだった。


「NHKラジオの天気予報より当たるじゃねえか」


誰かが冗談交じりに言ってたが、笑い飛ばせる気持ちじゃなかった。


そのくらい、このネット天気予報は、俺たち漁師の感覚を覆していた。

 

そして、ついに――

一週間前から漁協でこのネット天気予報のアナウンスを始めた。

 

朝のスピーカーから流れるのは、昔ながらの天気図や海上警報だけじゃない。

ネットで拾った、あの“異様に当たる”天気サイトの情報も、しっかりと読まれるようになった。

 

(時代が変わった、ってことか……)


俺たち漁師にとって、天気予報は――命の綱だ。

 

ふと、昔のことを思い出した。

 

20年くらい前だ。

今よりももっと、予報なんて当てにならなかった時代。

 

一人、若いのがいた。

尖った船持ちで、腕はよかったが、口も態度も悪かった。

港の規則も、年寄りの忠告も、全部鼻で笑っていた。

 

「俺は海を知ってるから大丈夫だ」


そんなふうに、いつも威張ってた。

 

でも――

 

あの春の嵐の日。

誰もが「今日はやめとけ」と言った。

潮も風も、朝からどこか不穏だった。

 

それでも、あいつは強引に港を出ていった。

 

そして――あいつは、いまだにこの陸に戻っちゃいねえ ……

 

海は、甘く見たやつに容赦しない。

風を読む、潮を読む――

そんなのは、すべて海の“機嫌”次第だ。

 

人間なんて、

ちっぽけな存在に過ぎない。

 

「……だから、天気をなめちゃいけねぇんだ」

 

小さく呟いて、帽子のつばを深く被った。

 

ネットだろうが、ラジオだろうが、当たるものは、頼るべきだ。

それが、家族の元に無事に帰るための、たったひとつの道だ。

 

昔だったら、間違いなく鼻で笑ってた。

「ネットの天気予報なんて、信じられるかよ」って。

 

だが今は――違う。

 

俺は毎朝、港に行く前に、息子に頼んで天気を調べてもらっている。

息子は苦笑いしながらも、ちゃんと教えてくれる。


「昼すぎに南風っぽいよ」


「波高、1メートル5だって」

 

 

不思議なもんだ。

誰が作ったかも知らねえサイトなのに、ここまでピタリと当たるとは思わなかった。

 

画面もシンプルで、波とか風とか、必要なことだけがぽつぽつ載ってるだけだ。

 

(こんなもんで、命を預けることになるとはな……)

 

ふと、そんなふうに思った。

 

でも、ありがたい。

 

「ありがたいもんだな……」

 

思わず、誰にともなく呟いた。

 

潮の匂いが鼻をかすめる。

空は、確かにどんよりと重たくなってきた。

 

(もうすぐ、南風が来るな)

 

俺は無言で船のロープを締め直した。

ふと視線を向けると、桟橋の端で、子どもたちが釣り竿を手に、はしゃぎながら小魚を追っていた。

 

その無邪気な声が、風に乗って届く。

 

(あいつらにも、ちゃんと安全な海を残してやらねぇとな)


そんな想いが、胸の奥に小さく芽生える。

 

港を後にする前に、ケータイを取り出し、家にいる女房にメールを送った。

 

「港着いた。帰る 」

 

短い言葉だったけど、

それだけで、無事であるのは伝わる。

 

また、明日もこの海で生きるために。

第4章までお読みいただき、本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
これだけ正確だとそのうち誰か家に突撃してきそうで怖い
サーファーの知人がいたのですが、晴れてて、波高が1m~3mくらいで、風向きと風速が…、で良さげな日だと『乗るしかない、このビッグウェーブ(物理)に!』ってなるらしいんですよ。 同じ情報を違う切り口で見…
こう言う何気ない誰かの支えになれてる裏話もいいですねぇ 知らないところで知名度がぐんぐん上がっていっちゃうけど、気象庁とかから気象読むノウハウや聞き取り調査したいとか申し入れされそう 未成年のうちは回…
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