25話 会社のHP
夕方六時。リビングにはカレーの香りが漂っていた。
「いただきまーす」
母さんがサラダを配り終わり、食卓について言った。
その向かいで、父さんがテレビのリモコンをいじっていた。
俺はというと、昼間に作業していたサイトの自動化スクリプトがうまく動いたので、なんとなく気分がよく、口元が緩んでいた。
そんな中、父さんがふと、こんなことを言った。
「そういえばさ、今度、会社でホームページ作ることになったらしい」
「へえ。今までなかったの?」
母さんが意外そうな顔をする。
「ああ、最近同業者も作っているってことで、社長も重い腰を上げたらしい」
父さんの会社は、中堅の卸売り業者だ。
日用品とか食品とかを、地域のスーパーや小売店に卸してるらしい。
そこそこ歴史のある会社だけど、ウェブとかネットには今ひとつ疎い印象があった。
「で、総務が業者に見積もり取ったんだって。そしたら、初期制作費だけで……40万だってさ」
「えっ、高っ」
思わず、カレーをすくっていたスプーンを止めて声が出た。
母さんも目を丸くしている。
「そりゃ、業者っていってもピンキリだろうけど、四十万て……どんなの作るの?」
「うーん。まだ詳しくは聞いてないけど、会社案内と取扱商品と、問い合わせフォームくらいじゃないかな。営業用に使いたいって話でさ」
(それ、俺でも作れる……というか、既に似たような構成を何回も作ってる)
「恭一、お前もウェブサイトを作っていたよな、それとは違うのか」
父さんがふと、そんなことを聞いてきた。
俺は一瞬、手を止めて考えた。
(違うかって言われたら……むしろ、俺のほうがややこしいことやってるまであるんだよな)
「んー、40万は仕方ないと思うよ。デザインからサーバー契約、HTMLとCSSのコーディング、問い合わせフォームの設置までぜんぶやるってなると、業者としては妥当な額だとは思うし」
そう前置きしたうえで、スプーンを持ち直して言った。
「でも、正直に言えば、俺でも作れる。というか、今やってるサイトのほうがよっぽど手間かかってるよ」
「そうなのか?」
「うん。毎日ニュース記事を集めて、掲載順を自動で整えて、読者向けのコラムも書いてるし、レシピサイトもサムネイル画像とアクセス数の連動とか……まぁ、それなりに色々ね」
母さんがぽかんとした顔でこっちを見ていた。
「……あんたって、今いったい何の仕事してるの?」
「中学生です」
「いや、知ってるけど……」
母さんは半分呆れ、半分笑っていた。
父さんは少し黙って、箸を置いた。そして、真面目な顔で口を開く。
「もしさ、その……試しにでも、作ってくれるなら、ちょっと見てみたいって気持ちはあるな。総務に頼んで、見本くらいなら見せられると思うし」
「え、マジで? 俺、全然いいよ。架空の会社ってことでデモページ作ってみるから。デザインも含めて1時間あれば作れるし」
父さんが眉をひそめた。
「おいおい……ほんとにそんなすぐ作れるのか?」
「大丈夫。見ればわかるよ。むしろ、社長とか部長がパッと見て“うちもこんな感じで”って言いたくなるくらいのを、用意してみせるからさ」
「言ったな?」
「うん。言った」
父さんはふっと笑って、「そりゃ、頼もしい話だな」とつぶやいた。
母さんがお茶をすする音だけが、テーブルに残った。
―――――――――
それからすぐに、俺はパソコンの前に座った。
「会社のHPって、どんな感じがいいんだろ……」
そう呟きながら、ChatGPTを立ち上げた。
「中小企業向けのホームページを作りたい。必要なページ構成と、デモ用のHTMLとCSSをくれ」
数秒後、ChatGPTがサラサラとコードと解説を返してくる。
トップページ、会社概要、取扱商品、問い合わせフォーム――
想定通りの構成に、ちょっとしたレイアウトのアドバイスまで添えられていた。
「さすが、便利すぎるな……」
テンプレートを軽く整えて、ChatGPTから提案されたコードを組み込む。
あとは色味やフォントを少し変えて、必要なセクションを当てはめるだけ。
「……思ってたより、サクッといけるな」
フォントも堅すぎず、やわらかすぎず。
ロゴはとりあえず、無料素材サイトで拾ったダイヤモンドマーク。♦ ←なんとなく卸売業っぽいという理由だけ。
ヒーロービジュアルには、物流倉庫のフリー写真を背景に設定。
その下に「企業理念」「事業内容」「取扱商品」などのセクションを配置し、最後に「お問い合わせ」フォームを添える。
テンプレートの微調整と、ChatGPTの補完を使えば、想像以上に早く仕上がっていく。
「……これくらいなら、本当に1時間あれば十分かもな」
コード生成に20分、配色とレイアウトの調整に20分、各ページの文面と仮データの入力に20分。
まだ正式な会社のロゴや文章は入っていないけど、土台としては十分すぎる。
俺は、ふと手を止めて画面を眺めた。
そこには、まるで本物の企業サイトのように整ったトップページが映っている。
(これが、自分の手で作れたんだよな……)
自分のためじゃなく、“誰かのために”作るページ。
それが、こんなにも面白いとは思わなかった。
――――――
夕食を終えた後も、リビングではテレビの音がゆるやかに流れていた。
「うおっ、入ったかこれ……!」
父さんの声が、野球中継の打球音にかぶさる。
ソファに深く腰をかけ、ビール片手に巨人戦を観戦中。
いつもの光景だ。母さんは台所で洗い物、俺は部屋でひと仕事を終えたところだった。
「父さん、ちょっといい?」
そう声をかけると、父さんは「ん?」とだけ返し、目線はテレビに向けたまま。
リモコンで音量を少し下げたあたり、少なくとも聞く姿勢にはなってくれた。
俺は、自分のノートパソコンを持って、リビングのテーブルに置いた。
「さっきの話の会社のホームページ……ちょっと、見本作ってみた」
その一言で、父さんの目がパッとこちらに向いた。
「え、もう作ったのか?」
「うん、仮だけど。社名は“サンプル商事”にしてあるし、中身はそれっぽいテンプレだけど……構成とかデザインの感じはだいたいこんな感じになるかなって」
パソコンを開き、ブラウザでローカルファイルを開く。
背景には、無料素材の物流倉庫の写真。
その上に浮かぶ、緑色の社名ロゴとキャッチコピー。
下にスクロールすると「企業理念」「事業内容」「取扱商品」「アクセスマップ」などが並び、最後にはシンプルな問い合わせフォーム。
「……すごいな、これ」
父さんは画面をじっと見つめたまま、まばたきも忘れているようだった。
テレビの音が、さっきよりも遠く感じる。
「サンプルとして複数の会社のホームページを見たが、こんな感じだった」
「見た目だけじゃなくて、レスポンシブっていって、画面サイズに応じてレイアウトが変わる仕様になってる」
「れすぽ……? うん、よく分からんが、なんかすごいってことは分かる」
苦笑しながらも、父さんの顔には明らかに感心の色が浮かんでいた。
「これを……会社に持って行って、見せてもいいか?」
「うん、もちろん。仮データだから、社名とか商品名は適当だけど、全体の構成とかデザインはこのままでいけると思う」
「よし……じゃあ明日、総務と営業部長に見せてみる」
その言葉を聞いたとき、心の奥にじんわりと安堵が広がった。
(ちゃんと“形”になったんだ)
頭の中で組み立てていたものが、実際に誰かの目に触れ、“良い”と言われた。
それだけで、数日間の作業がすべて報われた気がした。
ホッと息を吐き、椅子にもたれかかる。
「じゃあ、ファイル入れるね。ローカルでしか見られないから、画像やHTMLファイルごとコピーして……」
そう言いながら、机の引き出しからフロッピーディスクを取り出した。
薄いプラスチックの板に、緑色のシールが貼ってある。ラベルにはボールペンで「HPサンプル」と書かれていた。
パソコンのドライブに差し込んで、ファイルをコピーしようとする。
が、すぐに警告が出た。
「空き容量が不足しています。」
「えっ……?」
確認すると、フロッピーの空き容量は1.44MB。
一方、使っている画像ファイルだけで5MBを超えていた。
「……無理だ」
父さんが横からのぞき込む。
「どうした?」
「フロッピー、容量が小さすぎて入らない。画像が重いから、HTMLとセットで全部入れるとオーバーするんだ」
「そうか。フロッピーってそんな小さいのか……」
「うん。今どきのスマホ写真1枚でも、たぶん入らないよ」
「ん?スマホ?」
(いかん……この時代にスマホはないや……)
「……あ、そうだ」
ごまかしつつ、俺は机の横に置いた小さな紙袋を思い出した。
昨日、家電量販店で買ったばかりのやつだ。
「そう、これこれ!」
袋の中から、パッケージを破ったばかりのUSBメモリを取り出す。
真っ黒なボディに「128MB」と小さく書かれた数字が光る。
「これ使おう。昨日、ちょうど買っておいたんだ。これなら余裕で入る」
「おお、そんなの持ってたのか。すごい時代になったもんだな……指の先くらいのサイズに、何十倍も入るなんて」
父さんがしみじみとつぶやく。
USBを差し込み、HTMLファイルと画像、CSS、JavaScript、すべてをまとめて保存する。
ディレクトリ構成も分かりやすく整理して、メモ帳で「index.htmlをダブルクリックしてください」という説明文も添えた。
作業は数分で完了した。
「はい、これ。USBに全部入れておいたから、会社のパソコンに挿して、中のindex.htmlを開けばそのまま見られるよ」
「よし。明日、総務に見せてくる。……これは、たぶん、通るぞ」
父さんはUSBを大事そうに胸ポケットへしまった。
「ほんとに、よくやったな。中学生が作ったなんて言ったら、たぶん誰も信じないぞ」
「まあ、そうだろうね。言ったら俺に40万もらえるかもね」
「ハハ、そうだったらいいな。」
俺は笑って頷いた。
明日、父さんが会社でこのUSBを差し込んだとき、どんな反応が返ってくるのか――
お金がもらえるかどうかはともかく、
自分の作ったものが「使われる」ってだけで、十分だった。




