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24話 四つ目の武器


パソコンの前に座りながら、俺は最後のチェックをしていた。

 

新しく作ったばかりの――

文章代行サイト(仮)。

 

トップページ、OK。

依頼フォーム、OK。

確認用のメール返信機能、OK。

 

シンプルだけど、必要な機能は全部揃っている。

翻訳サイトを作ったときと同じ流れで、今回は「作文テーマ」を入力するだけのフォームにした。

 

試しに、自分で依頼を送ってみる。

テーマは、適当に「夏休みの思い出」

設定しておいた受信ボックスに、ちゃんとメールが届いた。

 

(……よし)

 

すべての動作はスムーズだった。

 

「完璧だな」

 

思わず小さく呟く。

 

レシピサイト、天気予報サイト、翻訳サイトに続いて、これで四つ目の"武器"が完成した。

 

(でも、忘れちゃいけないことがあるな)

 

そう、自動でお金を受け取るためには――

また母さんの口座を使わせてもらわなきゃいけない。

 

俺はパソコンを閉じて、リビングに向かった。

母さんはソファでテレビを見ながらくつろいでいた。

 

「母さん、ちょっといい?」

 

「ん? なに?」

 

俺は深呼吸してから、切り出した。

 

「また、口座使わせてもらっていい?」

 

母さんはびっくりした顔で振り返る。

 

「また……? 今度は何の?」

 

「今度は、『作文代行』っていうサイト作ったんだ」

 

母さんがぽかんとする。

当然だ。


この間、レシピとか翻訳とか天気予報とか聞いたばかりなのに、

また新しい話が出てきたんだから。

 

「えーっとね、今、俺がやってるサイトは――」

 

俺は指を折りながら、簡単に説明した。

 

説明しながら、

俺自身も少しだけ驚いていた。

 

(……冷静に考えたら、中学生がやる量じゃねえな)

 

でも、やろうと思えばできる。

未来の知識と、最新のAIがあれば。

 

母さんは、俺の説明を聞きながら、

ゆっくり頷いた。

 

「なんか、すごいことしてるのはわかるわ……」

 

「でしょ?」

俺は軽く笑う。

 

「でも、お金を受け取るには、やっぱり母さんの口座が必要なんだ。作文サイトも、たぶん翻訳サイトみたいに依頼が入ったら、報酬が振り込まれるから」

 

「うーん……」

母さんは少し考え込む。

 

父さんの言葉が頭をよぎったのかもしれない。

「ネットは簡単に信用するな」

 

けど、

結局、母さんはふっと笑って、こう言った。

 

「……ちゃんと自分で管理するなら、いいわよ。

ただし、無理はしないでね?」

 

「うん。もちろん」

 

また、信じてもらえた。

 

じわっと、胸の奥が温かくなる。

 

(よし、これで……また一歩進める)


 俺は改めて拳を握り直した。

 

これで、四つのサイトがすべて動き出した。


一通り、今やってるサイトの話を説明し終えたあと。

母さんがソファに座ったまま、のんびりテレビを見始めたタイミングを見計らって、

俺はもうひとつ切り出した。

 

「それでさ……もう一個、お願いがあるんだけど」

 

「なに?」

 

母さんは振り向きながら、ちょっと警戒モード。

そりゃ、さっきの口座利用許可の話もあったし、警戒されても仕方ない。

 

俺はできるだけ自然に、軽く言った。

 

「先月分の収入、あるだろ?あれの、半分ぐらい……5,000円くらい、下ろして使いたいんだ」

 

母さんがぱちくりと瞬きした。


「え、もう使うの?」

 

「うん。でも、遊びとかじゃない」

 

俺は慌てず、落ち着いた声で続ける。

 

「サイトをもっとちゃんと運営するために、調べものしたいから。パソコン関係とか、サイト作りの本とか、勉強に必要な資料を買いたい」

 

母さんは「ふうん」とだけ言って、

また少し考え込む。


俺は続ける。

 

「この先、ちゃんと続けるためにも、今のうちにちゃんと勉強しておきたいんだ。本格的にやるなら、知識もちゃんと必要だし」

 

それは建前だけど、半分くらいは本音だった。

 

サイト運営を本気で続けるなら、デザインやプログラミングの知識だって、絶対にあった方がいい。

 

母さんは、しばらくじっと俺を見ていたけれど――

やがて、ふっと笑った。

 

「……あんた、ほんとにちゃんと考えてるんだね」

 

「まあ、一応」

 

母さんはソファに置いていた通帳を手に取ると、

ちょっとだけため息まじりに言った。

 

「わかった。


でも、使い道はちゃんと教えてね」

 

「うん、もちろん!」

 

母さんは通帳を膝に置きながら、優しい顔で言った。

 

「でも、無駄遣いはダメよ?」

 

「わかってるって」


 

 * * *



日が傾きかけた頃、俺は家を出て、近所のコンビニへ向かっていた。

 

澪の家は歩いて5分もかからない。

今日、彼女から届いたメールには、こう書いてあった。

 

《作文、できたら持ってきてくれるとうれしいな!》

 

印刷済みの原稿はすでに封筒に入れてある。

でも、それだけじゃ味気ない気がして、なにかちょっとした手土産を持って行こうと思った。

 

(……甘いもの、好きだったよな)

 

コンビニのスイーツコーナーを眺めて、ふと目に留まったのが――

「濃厚ベイクドチーズケーキ」だった。

 

早速ムダづかいになるかもだが

店を出て、手提げ袋を揺らしながら歩いていると、ふと、これが“デートっぽい”行動に見えなくもないなと思った。

 

いや、ただの友達だし。

ただの、作文を届けるだけのついで、だし。

 

そう言い聞かせながら、小さな期待と緊張を胸に、澪の家のチャイムを押した。

 

ピンポーン。

 

数秒後、ガラリと玄関のドアが開く。

 

「恭一!」

 

元気な声とともに現れた澪は、部屋着姿だった。

 

――薄い水色のTシャツに、黒いハーフパンツ。

髪は無造作に結ばれていて、洗顔したばかりなのか、ほっぺたがほんのり赤い。

 

「あ、これ……頼まれてた作文」

 

封筒を差し出すと、澪がぱっと笑顔になる。

 

「ありがとうー! 助かるぅ……!」

 

「あと、これも」


そう言って、チーズケーキの袋を渡す。

 

「お、おみやげ……!? なにこれ、どうしたの?」


「いや、通りがかりに買っただけ。なんとなく」

 

「えー、ありがと! 超嬉しい!」

 

嬉しそうに受け取る澪の顔が、予想以上にぱっと輝いて見えた。

 

(……こんな顔、見たことあったっけ?)

 

なんとなく、言葉を失って見つめてしまう。

澪はいつも元気で、よく喋って、友達としては自然すぎる存在だったけど――

 

こうしてふとした瞬間に見せる笑顔や、無防備な表情の破壊力は、思ってた以上だった。

 

(……あれ、澪って、こんなに可愛かったっけ)

 

心臓が、ほんの少しだけ早くなる。

意味もなく視線を逸らして、

「じゃあ、そろそろ帰るわ」と言いかけたとき――

 

「待って、どんな作文か一緒に見よ」

 

「……いいけど」

 

リビングに通されて、ソファに座る。

澪はすぐ近くに腰を下ろして、作文に目を通し始めた。

 

文章は、もちろんChatGPTベースで書いたものを、中学生らしく整えて仕上げた一品。

内容は「税の仕組みと、私たちの暮らし」。

 

書き出しは、俺がさっき出力させたとおりだった。


「私たちが普段何気なく使っている道路や学校も、税金によって支えられています。」

 

読みながら、澪の表情がみるみる変わっていく。

驚き、感心、そして少し感動している様子。

 

「……すごい、これ」

 

小さく、息を呑むように呟いた。

 

「なんか、ちゃんとしてるっていうか……読んでて“へえ~”ってなるし、自分が書いたみたいに思えてくる」

 

「そりゃよかった」

 

俺は軽く笑う。

 

「ほんと、ありがとう。もしこの作文、提出して褒められたら――絶対、恭一のおかげだから」

 

そう言って、澪が俺のほうを見た。

まっすぐな瞳で、笑顔で。

 

その視線が、ちょっとだけ、ドキッとするくらい真剣だった。

 

「……別に、たいしたことじゃないし」

 

そう言いながら、俺は心臓のドキドキをなんとか隠そうとする。

 

作文を届けに来ただけ。

チーズケーキを持ってきただけ。ただ、それだけのつもりだったのに――


ほんのわずか、いつもの“友達”という枠から、一歩だけ踏み出した気がした。

 

「……じゃ、俺、そろそろ」

 

「うん、また学校で!」

 

玄関まで見送ってくれた澪は、

最後にもう一度、笑って言った。

 

「チーズケーキ、あとでじっくり味わうね!」

 

「……おう」

 

手を軽く振って、俺は外に出た。

春の空気が、ほんの少しだけ暖かく感じたのは――

たぶん気のせいじゃない。


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― 新着の感想 ―
異常なほどネットとかクレジットカードみたいな実体に触れられないものを警戒する人間っているよね
面白い!!
年収100万超えないようにしないと扶養控除が気になるところ
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