23話 AIって何かわかる?
父さんのまっすぐな問いかけに、
俺はちょっとだけ考えてから、静かに答えた。
「……AIを使ってるんだ」
「エーアイ?」
父さんが眉をひそめた。
母さんも、ぽかんとした顔をしている。
無理もない。
この時代、AIなんて単語はニュースにすらほとんど出てこない。
「人工知能ってやつ。人間みたいに、文章を考えたり、翻訳したりできるプログラムのこと」
言いながら、パソコンを開く。
ちょうど立ち上がっていたChatGPTの画面を見せると、
父さんと母さんが身を乗り出してきた。
「……これが?」
「うん。試しに、何か日本語の文章言ってみてよ。英語に翻訳するから」
父さんが腕を組んだまま、考えた。
「じゃあ……『私は昨日、釣りに行きました』」
「オッケー」
俺はすぐに入力する。
>「私は昨日、釣りに行きました。これを英語にしてください」
数秒後、画面に英文が表示された。
I went fishing yesterday.
「ほら」
画面をくるっと見せると、
母さんが「へぇ~」と声を上げた。
父さんも少しだけ目を丸くする。
「……ほんとに英語になったな」
「でしょ?こんなふうに、翻訳したい文章を入れるだけで、勝手に英語にしてくれるんだ」
俺はちょっと得意げに言った。
「これを使って翻訳してるから、俺の英語力とは関係ないよ」
父さんは、じっと画面を見つめたまま、
うーん、と唸った。
「……確かに、便利そうだな。でも、すごいかどうかは……正直、ようわからん」
母さんもうんうん頷く。
「英語なんてあんま分かんないし、『これが正しいかどうか』も、私たちにはわからないしね」
俺は苦笑した。
(まぁ……そうだよな)
こっちにしてみれば、
ChatGPTがどれだけ異常な性能を持ってるか、
未来を知ってるからこそ、わかる。
でも、
パソコンはメールと年賀状作成くらいしか使わない両親には、
「なんか機械が英語に直してくれた」以上のすごさは伝わらない。
「たとえば……」
俺はさらに例を出すことにした。
「もっと長い文章も、いけるよ。たとえば――」
適当にYahoo!ニュース から一文を拾い上げる。
「『本日は晴天に恵まれ、地域のマラソン大会が盛大に行われました』
これ、英語にしてって打ってみるね」
カタカタと入力して、エンター。
すぐに返ってきた英文を、画面に映す。
It was a beautiful sunny day today, and the local marathon ……
「……ほら」
父さんと母さんが、じっと画面を覗き込んだ。
けど、やっぱり――
「……へぇ」
「すごいんだろうけど、英語だとよくわかんないね」
そんな感想だった。
(……だよなぁ)
ため息までは出さなかったけど、
心の中でそっと肩を落とす。
AIがリアルタイムで文章を作り、
完璧に近い翻訳までやってのける。
俺からしたら、それは
【未来がここにある】
ってくらいの衝撃なのに。
(でもまあ、別にいいか)
今、大事なのは、
すごさを理解してもらうことじゃない。
俺が怪しいことをしていないって、
安心してもらうことだ。
母さんが、ふわっと笑った。
「でも、あんたが真面目にやってるなら、いいわよ」
父さんもうなずいた。
「遊び半分じゃなくて、ちゃんと考えてやってるならな」
「うん、ちゃんとやってる」
俺も素直に返す。
夕食のあと。
部屋に戻ってベッドに転がりながら、
俺はさっきの両親とのやり取りを、ぼんやりと思い返していた。
(……まあ、よかったよな)
正直、ちょっと焦ってた。
まさかこの時代に、2025年レベルのAIを使ってるなんて、普通に考えたら完全に異常だ。
もし父さんや母さんがネットに詳しかったら、あの翻訳のスピードや精度を見た時点で、「おかしい」って気づかれてたかもしれない。
だけど――
実際は、
ふたりとも「へぇー」で終わった。
「なんか機械が訳してくれたんだね」
「英語わかんないから、すごいかどうかもわかんないわ」
そんな温度感。
(……助かったな、ほんと)
俺は軽く笑って、天井を見上げた。
AIの性能が異常すぎることを、誰にも気づかれずに済んだ。
しかも、両親は俺が「怪しいことをしてるわけじゃない」ってことだけは理解してくれた。
それだけで十分だ。
(これで、心置きなく次に進める)
澪にも税の作文を作ってあげたし、これを全国の人に提供していこう。
1000文字1000円の設定にしたら、結構いい感じになるだろう。
昔、読書感想文代行業者とかも聞いたことあるし、大学生の論文とかでも使う人多そうだな。
(まあクレカ決済だし、子供が勝手に頼んで、丸写ししすることもないか)
自然と、次にやるべきことが頭に浮かんでくる。
――作文代行サイト。
翻訳サイトを作ったときみたいに、
シンプルな流れにすればいい。
・サイトに依頼フォームを置く
・テーマや条件を入力してもらう
・送られてきた依頼を、ChatGPTに投げる
・それを少しだけ整えて、返信する
翻訳サイトとほぼ同じ構成だ。
だから、作り方もだいたいわかってる。
(これなら、そんなに時間かからないな)
頭の中で、サイトの設計図を組み立てていく。
レシピサイト、翻訳サイト、天気予報サイトに続いて、4つめのサイトだ。
気づけば、中学生にしてはちょっとした“ネット事業家”みたいになってきた。
もちろん、まだ小遣い稼ぎレベルだけど――
(でも、この小さな積み重ねが、きっと後で大きな差になる)
それは、大人だったころの俺が、身をもって知っていることだった。
会社でも、世の中でも、一夜にして大成功する人なんてほとんどいない。
地道に積み上げた小さな成果が、気づいたときには、とんでもない力になってる。
(だったら、やるしかないよな)
布団の上で寝転がりながら、パソコンを立ち上げる。
カチカチとキーボードを叩いて、新しいフォルダを作成する。
【文章代行サイト(仮)】
よし、今から作っていくか……
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【現在の収益】 (6月9日時点)
【6月の収益まとめ】
レシピサイト:920円
翻訳サイト:14,600円
合計(月収):15,520円
【総収益】
レシピサイト:3,890円
翻訳サイト:43,900円
合計:47,790円




