22話 はじめての収益
6月初旬のある朝。
俺は、少しドキドキしながらパソコンを開いた。
(……今日だよな)
レシピサイトと翻訳サイト、それぞれ先月分の収益が確定して、今日振り込まれる予定だった。
中学生の身分で、サイト運営して、広告やサービスからお金を得るなんて、ちょっと背伸びしたことしてる自覚はある。
でも、現実として「ちゃんと収入になるのか」その一歩目を、確かめる日だった。
銀行のオンラインバンキングにログインする。
ちょっと緊張で指が震えた。
(……さて)
画面が表示される。
【振込明細】
・○○広告会社 振込額:2,140円
・△△決済代行会社 振込額:8,200円
「……おおっ」
思わず声が漏れた。
レシピサイト:2,140円
翻訳サイト:8,200円
合計――10,340円。
(うわ、マジで1万円超えてる……!)
想像以上だった。
特に翻訳サイトの8,200円は、中学生にしては異常な金額に感じる。
普通、月に1万稼ぐなんて、高校生だってアルバイトしなきゃ無理だろう。
それが、俺がちょっとサイトを作って、ちょっと工夫して、
ちょっと自動化しただけで――
1ヶ月で1万円以上。
「……すげぇな」
しかも来月はもっと多くなる。
なぜならクレジットカード払いは先月分の収益が支払われるシステムのためだ。
つまり、今月はもう4万を超えているし来月以降は加速度的に収入が増える。
ソファに背中を預けて、天井を見上げる。
もちろん、額面だけ見たら、社会人時代の俺からすれば、
「ランチ数回分」ってレベルの小銭だ。
でも、14歳の今の俺にとっては――
ものすごく、意味がある。
自分の力で稼いだ。
誰に頼ったわけでもない。
学校でもらう賞状とか、テストの点数とか、そんな「評価」とは違う。
リアルに、数字になって、自分の元に来た。
(これが……金を稼ぐってことか)
じんわり、胸が熱くなる。
レシピサイトも、翻訳サイトも、最初はただの思いつきだった。
大した設備もなければ、派手な広告宣伝をしたわけでもない。
だけど、ちょっとしたアイデアと、少しの行動力で、ここまでたどり着けた。
(このペースでいけば――)
中3のうちに、毎月2万、3万と増やしていけるかもしれない。
高校生になったら、もっと大きく。
大学に行くころには――
夢は、広がる。
本当に、青天井だ。
「……よし」
気合を入れ直して、俺はメモ帳アプリを開いた。
次にやることリストを書き出す。
• レシピサイト:人気レシピをもっと増やす
• 作文サイト:今月中に立ち上げ
やるべきことは山ほどある。
ソファに寝転がって、未来の計画をぼんやりと考えていたそのとき。
「恭一、ちょっと来なさい」
母さんの呼ぶ声がリビングに響いた。
「ん?」
体を起こして、首をかしげる。
何かやらかした覚えはないんだけど……
ただ、声のトーンが、ちょっとだけ真剣だった。
(……なんだ?)
嫌な予感を覚えながら、
俺はリビングの隣、両親のいるダイニングテーブルへ向かった。
そこには母さんと父さんが並んで座っていて、
目の前には――通帳。
「……え?」
(……やば)
心臓がドクンと跳ねた。
「ちょっと、恭一」
母さんが口を開く。
「このお金、どうしたの?」
指さされたページを見ると、母さんの口座に先ほどネットで確認した金額がきっちり記帳されている。
2,140円と8,200円。
合計10,340円。
まぎれもなく、レシピサイトと翻訳サイトからの収益だ。
父さんも腕を組みながら、じっと俺を見ている。
厳しい目ではないけど、明らかに「説明を求めている」顔だ。
「……えっと」
俺は喉をゴクリと鳴らした。
「別に、変なことはしてないよ」
母さんが眉をひそめる。
「じゃあ、どうやってこのお金が入ったの?」
「前に言ったじゃん、レシピサイトとか作ったやつ」
「そう、そのサイトで何で1万も入ってくるの」
「俺のサイトに広告を貼ってて、見たりクリックされるとお金が入る。
あと、英語の翻訳をして依頼料をもらってるというか……」
なるべく平然と、淡々と説明する。
まるで学校の発表練習みたいに、心を落ち着かせて。
「まず、レシピサイトっていうのは――」
口を開くと、父さんがすぐに首をかしげた。
「レシピサイト? なんだそれ」
完全に???が浮かんでる。
まあ、仕方ないか。
俺はゆっくりと、例を出すことにした。
「ほら、冷蔵庫に貼ってあるだろ。俺が作った、鶏肉の煮込みとか、簡単ロールキャベツとか」
「ん……ああ、あれか?」
父さんが思い出したように頷く。
母さんも、心当たりありそうに小さくうなずいた。
「それを、ウェブサイトに載せたんだよ」
「ウェブサイト……」
「要は、ネットで見れる本みたいなもん。本屋で買うレシピ本じゃなくて、ケータイとかパソコンで見れる」
父さんがますます眉をひそめる。
「レシピって、本で見るもんだろう?」
「昔はそうだったけど、今はネットでも普通に探すんだよ。本だったら、1冊に40~50個くらいしか載ってないけど、ネットならタダで、しかも何百個も見られる」
「タダで……?」
母さんが目を丸くする。
父さんも、信じられないような顔をした。
「じゃあ、恭一の作ったそのサイトは、どうなんだ? 本みたいに何個もあるのか?」
「うん。俺のサイト、今300個以上レシピ載せてる」
「さ、さんびゃく!?」
父さんの声がひっくり返った。
「しかも無料。誰でも見れる。この前なんか、1日で3000回くらい見られたんだ」
「……さんぜん?」
数字の感覚が追いついてないらしい。
まあ、ネット素人に「3000アクセス」とか言っても、
ピンとこないのは無理もない。
だから、もっとわかりやすく補足してやる。
「例えば、町の本屋に、自分の作ったレシピ本が置いてあって、1日で3000人がそれを見に来る……って考えたら、すごくね?」
父さんと母さんが、顔を見合わせた。
「……すごいわね」
母さんがぽつりとつぶやく。
「でも、どうしてそれでお金が入るの?」
よし、いい質問。
俺はちょっとだけ笑って、さらに説明を続けた。
「レシピページに広告がついてるんだよ。で、見に来た人がその広告をクリックすると、少しだけ俺にお金が入る仕組み」
「広告……?」
「たとえば、料理サイト見てたら『オリーブオイル買いませんか』って出てくるだろ?」
「ああ、あれか!」
父さんが手を叩いた。
「たまに邪魔だなって思うやつだな」
「それそれ。あれを押してもらえると、数円~数十円くらい、サイト運営してる側に入る」
「……なるほどなぁ」
ようやく、父さんも納得した顔になる。
母さんも、頷きながら言った。
「それが、あの2千円なのね」
「そう。レシピサイトだけで2,140円。あと翻訳サイトの方もあって、そっちは8200円くらい」
「ふうん……けっこう、ちゃんとした額なのね」
母さんは感心したように微笑み、
父さんも腕を組みながら、ゆっくり頷いた。
「自分で考えて、自分で稼いだんなら――たいしたもんだな」
ぽつりと、父さんらしい短い言葉。
でも、その中にちゃんと、認めてくれている気持ちがこもっていた。
「でも、無理だけはしないでよ?」
母さんが少しだけ顔を曇らせて、そっと付け加える。
「うん、大丈夫。4月の実力テスト、国・数・英の三科目は全部90点超えてるし。勉強もちゃんとやってる」
俺はなるべく軽く、でも真面目に答えた。
事実、手は抜いてない。
ネットの活動に夢中になって、本業(=学生生活)をおろそかにする気は、さらさらなかった。
「ああ、それならいい」
父さんが小さく息を吐き、
もう一度通帳に目を落とす。
「……で、今やってるのは、レシピのサイトだけなのか?この……決済代行会社ってやつからも振り込まれてるが」
「今はね、レシピサイトと、天気予報サイトと、翻訳サイト、三つ作ってる」
そう答えた瞬間だった。
父さんが、ふっと表情を引き締めた。
そして、確信を突くように、ゆっくりと口を開いた。
「翻訳……か。レシピは本とかで調べて、それらをまとめて掲載したというのは、まあわかる。
でも――」
一呼吸置き、まっすぐ俺を見て言った。
「中学生のお前が、どうやって英語の翻訳をしてるんだ?」
部屋に、わずかな静寂が落ちた。
母さんも、じっと俺の顔を見ている。
逃げ場のない問いかけ。
でも、俺は――
誤魔化せないところにきた。




