21話 初めてのメール
5月終わりかけで、これから暑くなりそうな気温になる。
結局この時代も地球温暖化についてニュースで話されており、これから本当に温暖化する未来を知っている身としては気が重たくなる。
そんな俺だが、うれしいことに携帯電話を買ってもらった。
ガラケーを手にした瞬間、
俺は思った。
(……うっわ、使いにくっ)
小さい画面、押しづらいボタン。
しかも押すたびにピッピッピッピッ鳴る。
スマホに慣れた元社会人の感覚からすると、もはや"文明の後退"ってレベルだ。
もちろん、ここは2005年。
中学生ならガラケーを持ってるだけで「すげー!」って言われる時代。
わかってる。
わかってるけど――
(これで月々5000円とか取られるんだもんな……)
親に「進学もあるし、そろそろ持たせるか」ってことで、半ば必需品みたいな形で買ってもらった。
どうやら澪も同じタイミングでケータイを持ったらしい。
そして、その日の夜。
リビングでゴロゴロしながら、俺はケータイをいじっていた。
新しいメールは――0件。
そりゃそうだ。
まだ誰にもアドレス教えてない。
「ピロリン♪」
突然、電子音が鳴った。
(お?)
1人を除いては――
液晶画面には、メール受信の表示。
差出人は――白石澪。
俺はニヤリと笑いながら、メールを開いた。
【From:澪】
件名:初めての!
本文:
ケータイ買ったー!
アドレスこれね!
また明日学校で!
「……テンションたけぇな」
でも、なんか、ちょっと嬉しい。
中学3年、春。
大人でも子どもでもない、微妙な年頃。
こうやって、「自分専用の連絡手段」ができたってだけで、少しだけ世界が広がった気がする。
俺はすぐに返信を打った。
【To:澪】
件名:了解
本文:
こっちもゲット。
また明日な。
短い文章。
それでも、送信ボタンを押したとき、胸の中にふわっとした浮遊感が広がった。
(……なんだよこれ)
それでも――
こんなことで、ちょっと嬉しくなってる自分がいる。
おかしいような、でも、悪くないような。
そんな気持ちで、ケータイを置いた――そのときだった。
「ピロリン♪」
また新しいメール。
差出人は、また澪。
開いてみると、
本文は、たった一言だった。
【From:澪】
件名:(なし)
本文:
作文手伝ってー!
「……は?」
思わず声が漏れる。
作文?
ケータイの画面に表示されたその単語に、俺は一瞬、思考を止めた。
ああ、そういえば――
今日、担任が言ってたっけ。
「来週に出す課題、宿題の作文なー!」って。
テーマは、「私たちと税」
原稿用紙4枚以内にまとめろ、っていうアレだ。
(……めんどくせぇ)
思わず天井を仰いだ。
蛍光灯の白い光が目に刺さる。
中学生に戻ったのは、確かに悪くない。
若い体、無限に広がる未来、そして何より自由な時間。
でも。
こういう細かい宿題まで、漏れなく再履修しなきゃいけないのは、マジで想定外だった。
作文―― 税について――
今の俺なら、それなりに社会経験もあるし、語ろうと思えばいくらでも語れる。
でも、あくまで"中学生らしい視点"で書かなきゃいけない。
社会の裏側を知った30代の視点で、「税金はピンハネだ!」とか叫んだら、確実に問題児認定される。
(あー……だりぃ……)
思わずソファにごろりと寝転がる。
ケータイを胸の上に置きながら、ため息をついた。
澪からのメッセージが頭をよぎる。
「一緒に作文やろうね!」
あの無邪気な笑顔が、鮮明に浮かんだ。
(……無視するわけにもいかねぇな)
とはいえ、澪からのお願いを無視するわけにもいかない。
俺はケータイを握り直して、返信する。
短く、でもちゃんと伝わるように。
【To:澪】
件名:マジか
本文:
仕方ねえな。
作文テーマは「税について」
中学生が書くには、まあまあハードな内容だ。
(これ、普通に考えたら、相当苦戦するよな)
でも――
俺には、とっておきの“武器”がある。
パソコンを立ち上げ、
ログインしてあるChatGPTに向かって、こう入力する。
>「中学生向けに、税についての作文を書いてください。1600字以内で」
数秒後。
画面に、きれいな文章がずらずらと流れ出す。
『税金は私たちの生活に欠かせないものであり……』
(……はええ)
しかも内容も、ちゃんと中学生っぽい。
そんなふうに、無難だけどちゃんとテーマに沿った文章ができている。
俺はにやりと笑った。
(やっぱり、こいつ、すげぇな)
もちろん、これをそのまま提出したらバレるかもしれない。
だから、いかにも「中学生が考えた」みたいな拙さをちょっとだけ混ぜて、
リライトする必要はある。
でも、ゼロから作文をひねり出す苦しみと比べたら、これ以上ない近道だ。
【To:澪】
件名:
本文:
今書いてるとこだから、明日できたの渡す
数分後。すぐに澪から返信が来た。
【From:澪】
件名:ありがとう!!
本文:
もう書いてるの!!
画面を見ながら、俺は小さく笑った。
(そりゃそうだよな……)
だって、AIに書いてもらうだけだから。
ふと、ひらめいた。
(これ、普通にビジネスになるんじゃね?)
中学生、高校生、大学生。
作文、レポート、小論文、スピーチ原稿。
「文章を書かなきゃいけないけど、苦手」「時間がない」
そんなやつらは、いくらでもいる。
もし、こういう作文を
「注文したら納品する」サイトを作ったら――
しかも、価格を手頃にして、
納期も即日対応とかにしたら――
絶対、需要ある。
(サイト名は……“作文ヘルパー”とか?)
思いつくまま、メモ帳にアイデアを書き出す。
• 作文テーマを入力してもらう
• それをChatGPTに流して生成
• 少し手直しして、すぐ納品
• 価格は1000文字1000円くらい?
(翻訳サイトに続いて、また一個、武器が増えるかもしれない)
新しいアイディアが、脳内でポンポン跳ねる。
「これもいけそうじゃね?」 「いや、これもアリだろ!」 「まって天才か俺!?」
自分で自分を褒めながら、俺はパソコンの前でひとりニヤニヤしていた。
翻訳サービスも、順調に依頼数が増えてきた。
最初は一日一件とかだったのが、今じゃ複数件入る日もある。
「こいつぁ……来てる! 時代が俺に追いついてきた!」
誰に向けたのかわからないドヤ顔をかましながら、俺は椅子をくるくる回した。
このままいけば、もしかしたら――
月収10万円とか、普通にいけるかもしれない!
月10万あれば、中学生にしては大富豪クラスだ。
2025年では、ネット副業なんて当たり前だった。
ライター、デザイナー、動画編集、SNS運営――
みんなPC一台でお金を稼いでいた。
(いいなぁ……俺もそんな自由な仕事して生きていきたい)
そんな妄想がどんどん膨らんでいく。
ふと、とある動画サイトを思いついてた。
(そうだYouTube……サイト自体はあるし、今後どんどん伸びるはず)
そして、気づいたら口にしていた。
「YouTuber……になっちゃうか……?」
言った自分が一番びっくりしてた。
職業:インフルエンサー。
響きがカッコよすぎる。
「こんにちは! 中学三年生YouTuberの恭一です☆」 「今日はレシピ作ってから翻訳もして、最後に宿題もやっちゃいまーす!」
そんな未来の自分を想像して、盛大に鳥肌が立った。
いや待て。
地味な日常を垂れ流すだけのYouTuberとか、誰が見んだ。
登録者3人(うち2人は家族)とか、地獄すぎる未来しか見えない。
(……やめとこ)
一瞬でインフルエンサーの道から引き返した俺は、
現実的に、まずは目の前の翻訳とサイト運営を頑張ることにした。
夢を見て、現実に戻るまでのスピード、自己ベスト更新だ。
でもまあ――
ネットビジネスはこれからどんどん増えるし、やりたいこともこれから増えていったら楽しいかもな。
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【現在の収益】 (5月31日時点)
【5月の収益まとめ】
レシピサイト:2,430円
翻訳サイト:23,100円
合計(月収):25,930円
【総収益】
レシピサイト:2,970円
翻訳サイト29,300:円
合計:32,270円




