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20話 side 03 契約と信頼のはざまで

パソコンの画面に映るのは、びっしり英語が詰まった契約書。

俺は今日も、ため息をついた。


(……またこれかよ)

 

俺が働いているのは、社員数50人程度の、

そこそこ歴史のある中小企業だ。


取り扱っているのは主に機械部品。

最近は海外との取引も増えていて、アジアやヨーロッパ方面に製品を輸出している。

 

「グローバルな時代だしな」


「英語くらい、できて当然だよな」

 

誰かがそんな軽口を叩いたのを思い出す。

できれば苦労しないっての。

 

現実はそんなに甘くない。

 

英語で送られてくる仕様書や契約書は、年々分厚く、複雑になっていく一方だ。

しかも内容は、ただの会話レベルじゃない。

専門用語が飛び交う、ガチのビジネス英語。

少しでも訳し間違えたら、大損害につながるかもしれない。

 

(それを、英語に疎い社員だけで処理しろってか……)

 

うちの会社にも、英語ができる社員を入れようって話は何度も出た。

でも、実際に求人を出しても――

全然、来ない。

 

そりゃそうだ。

わざわざ英語ができる人材が、この小さな中小企業の、決して高くない給料に釣られて来るわけがない。

都市部の外資系企業や、大手メーカーの求人に比べたら、うちの条件なんて、カスみたいなもんだ。

 

「翻訳は外注するしかないな」


いつの間にか、それが社内の暗黙の了解になっていた。

 

取引している翻訳会社は、実績もあって、信頼できる。

だけど――


当然、料金は高い。

しかも、納期もかかる。

急ぎだと特急料金まで上乗せされる。

 

上司に翻訳依頼を申請するたびに、「またコストかかるのか……」と眉をひそめられる。


でも、仕方がない。

これを内製でやったら、現場の誰かが半日潰れて、それでもミスが出るリスクがある。

 

(もっと、楽に、安く、早く翻訳できる方法、ないのかよ……)

 



コーヒー片手に、昼休みの休憩室。

俺はネットサーフィンしながら、ため息をついていた。

 

(……やっぱ、翻訳外注、高すぎるよなぁ)

 

明日までに必要な英文契約書、

見積もり取ったらまた3万オーバーだった。

どうすんだよ、これ。

 

ふと、検索バーに打ち込んでみる。


「翻訳 格安 オンライン」

 

出てきたのは、いかにも怪しいサイトから、ちゃんとした企業っぽいサイトまでピンキリ。

その中で、やけにシンプルな作りの小さなホームページが目に留まった。

 

【日本語→英語・英語→日本語 翻訳受付中】

【1000文字・1000ワードまで一律2000円】

【納品まで24時間以内】

 

「……安っ」


思わず声が出た。

 

隣に座ってた同僚の田中が、「なに?」と顔を上げる。

 

「いや、ちょっとこれ見てみ」


このサイトの画面を見せると、田中は眉をひそめた。

 

「……安すぎない? 大丈夫か?」


「だよな」

俺も思った。

普通、翻訳会社なら1000文字の和文英訳に15,000円くらいは取られる。

それが、たった2000円。

相場から見ても、破格すぎる。

 

「なんか、個人がやってるっぽいな」


「うーん……クオリティ心配だなあ」

 

田中は腕を組んでうなる。

 

「でも、もし使えるなら、コストめちゃくちゃ抑えられるぞ?」


俺がそう言うと、田中も真剣な顔になる。

 

「たしかに……ダメ元で、試してみるのはアリかもな」


「だろ?」


「それかさ、同じ英文をこのネットサービスと、いつもの翻訳会社に同時に依頼して、比べてみる?」

 

その提案に、俺は思わずうなった。

 

「それ、いいな」

 

実験してみればいい。

安い方が圧倒的に使えるなら、会社のコストも大幅削減できる。

もしダメだったら、やっぱり翻訳会社に頼めばいい。

リスクは低い。

 

「よし、決まりだな」

 

俺たちは、その場で段取りを決めた。

 

• 海外用の英語の契約書を用意する

• ネットの安い翻訳サイトに依頼する(2000円)

• 同時に、いつもの翻訳会社にも正式見積もりで依頼する

• 完成したら、社内で中堅クラスの英語できる先輩にレビューしてもらう

 

「結果楽しみだなー」

田中が笑いながら言う。

俺も、内心わくわくしていた。

 

本当に、こんな格安サービスが使えるなら――

うちみたいな中小企業にとっては、めちゃくちゃ大きな武器になる。

コスト削減はもちろん、

納期の短縮だって期待できる。

 

(まさか、こんなふうに“ネットの個人サイト”を頼る時代が来るとはな……)

 

軽く感慨にふけりながら、

俺は翻訳依頼フォームを開いた。

簡単な契約書の文章をコピペして、必要事項を記入して、送信。





次の日の昼過ぎ。

そういや、あの翻訳サイトはいつできるかなと思い、サイトを開いた。

 

(まさか、もう来てたか?)

 

慌てて翻訳サイトの管理画面を開くと、依頼していた英文契約書の翻訳結果が、すでにアップされていた。

 

納期24時間以内――

確かにそう書いてあったけど、まさか本当に、こんなに早く仕上げてくるとは思わなかった。

 

「田中、来たぞ!」


休憩室にいた田中を呼び寄せて、ふたりで翻訳された文章フォームの画面を覗き込む。

 

英文を開き、内容をチェックする。

 

「……おお」

田中が、思わず感嘆の声を漏らした。

 

一文一文、読み進めるごとに驚きが増していく。

英語は正確で、無駄がなく、自然。

専門用語もきちんと押さえられていて、下手な翻訳会社より、むしろ読みやすいくらいだった。

 

(これ……マジで個人がやってんのか?)

 

思わず、マウスを握る手が汗ばむ。

 

「これ、例の翻訳会社に出したやつと比べてみようぜ」

田中が言う。

 

俺たちは、翻訳会社から届いた正式な翻訳文も取り出して、

並べて見比べた。

 

結果――

文法、用語、ニュアンス、すべて問題なし。

むしろ、ネットの個人サイトのほうが「ちょっとだけ親しみやすくて、わかりやすい表現」をしてくれていた。

 

専門性が必要な箇所も、きっちりポイントを押さえていて、翻訳会社のプロにも全く引けを取らない。

 

田中と顔を見合わせる。

 

「……これ、普通に使えるよな」


「ああ。てか、翻訳会社よりいいかもしれん」

 

驚きと、ほんの少しの敗北感。

でも、それ以上に――

素直に、感謝した。

 

「すげぇな、このサイト……」

 

コストは1/5以下。

納期も半分以下。

クオリティは、文句なし。

 

(……これがあれば、うちの翻訳コスト、めちゃくちゃ下げられる)


(しかも、納期でバタバタするストレスも減らせる)

 

まさに、救世主だった。

 

それから俺たちは、小さな案件を中心に、この翻訳サイトを使うようになった。

日々のメール翻訳、

技術仕様書、

簡易契約書――


本格的なリーガルチェックが必要なもの以外は、ほぼ全部、このサイトで回している。

 

今では、社内でも暗黙の了解になった。

 

「英語のやつ? ああ、あのサイト使っといて」

 

そんなふうに、自然に名前が出るくらいに。

 

(誰がやってるのかは知らないけど――)


(本当に助かってる)

 

今回の翻訳も、完璧だった。

提出した契約書は先方にすんなり通り、無事に契約成立。

上司からも「今回は対応が早くて助かった」と声をかけられた。


時間も、お金も、ミスの不安も――全部、最小限で済んだ。

たった数千円で、うちの会社にとって大きなチャンスが手に入ったんだ。


画面の向こうの「翻訳者」に、俺は改めて思う。

本当に、ありがとう。


この感謝が届くことはないかもしれないけど、

今日のこの成功は、間違いなく――あなたのおかげです。


だから俺は、迷いなくフォームを開いた。

次の案件の翻訳を、またお願いするために。

第3章までお読みいただき、本当にありがとうございました。


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