15話 予報外れの帰り道
朝。
ぼんやりとした頭で、リビングのテレビを眺めていた。
画面には、にこやかな女性キャスターが映っていて、朝っぱらから元気全開の声を響かせる。
「今日の天気は、全国的に晴れ! 午後からは気温がぐんぐん上昇します! 熱中症対策も忘れずに!」
その元気すぎる声に、まだ半分寝ぼけていた俺の耳がジンジン震える。
(……晴れか。じゃあ、傘いらないな)
制服の袖に腕を通しながら、なんとなくそんなことを考える。
カーテン越しに差し込む朝の光が、リビングのテーブルを柔らかく照らしていた。
キッチンからは、トーストの香ばしい匂いと、カップのカチャカチャ鳴る音が聞こえてくる。
「朝ごはん、そこ置いとくからねー!」
母さんの声が響いた。
「はーい」
俺は返事をしながら、食卓に近づく。
そこには、こんがり焼かれたトーストと、バターが小皿にスタンバイしていた。 さらに隣には、湯気の立つコーヒー牛乳。
(……うん、完璧だ)
一人、心の中で母さんに感謝しつつ、手早くバターを塗る。
パンの表面でとろけるバターが、いい具合に香り立って、思わず腹の虫が鳴った。
空は、ニュースの言った通り、きれいな青空だった。
少し歩くと、角のコンビニ前で澪と合流する。
「おはよ、恭一!」
「おはよー」
「今日めっちゃ晴れてるねー。暑くなりそう」
「らしいな。ニュースで言ってた」
軽くそんな会話を交わしながら、ふたり並んで学校まで歩く。
新学期が始まって、もう何日か経った。
教室の雰囲気も少しずつ落ち着いてきて、春休みボケしていたクラスメートたちも、ようやく「受験モード」に切り替わり始めていた。
ホームルーム。
朝の読書。
1限目の英語。
特に大きな出来事はないけれど、いつもの日常がじわじわと進んでいく。
授業中、何度か澪と目が合った。
向こうも飽きてるらしく、ノートにいたずら書きしてはニヤニヤしてる。
(まったく……)
苦笑しながら、でもちょっとだけ気持ちが軽くなった。
なんだかんだで、この日常が、嫌いじゃない。
昼休みは男子だけで校庭でサッカーをした。
空はまだ青く、日差しも強かったけど――ふと見上げたとき、西の空に少しずつ雲が集まり始めているのが見えた。
(あれ、なんか……朝より雲、多くない?)
そんなことを思いながら、水筒のスポーツドリンクを一口。まあ、気のせいかもしれないと流した。
午後の授業も無難にこなして、なんとなくぼんやりしたまま、放課後。
「……さーて、帰るか」
通学バッグを肩に引っかけて、靴を履き替える。
校門を出たとき――
ふと、冷たいものが頬に当たった。
「……ん?」
もう一度、空を見上げる。
さっきまで、あんなに晴れていたはずなのに―― いつの間にか、灰色の分厚い雲が空一面に広がっていた。
どんよりとした雲の切れ目から、ぽつ、ぽつ、と冷たい雨粒が落ちてくる。
最初はほんの数滴。 でも、その数滴が、じわじわと数を増していくのがわかった。
「えええ……ニュース、晴れって言ってたじゃん……!」
背後から聞こえてきたのは、澪の半泣き混じりの声だった。
振り返ると、澪がかばんを頭に乗せながら、困った顔で立っていた。
その様子が、なんだか滑稽で、だけど妙にかわいかった。
「傘、持ってない……」
澪がしょんぼりと呟く。
「俺も」
俺も通学バッグを頭に乗せて見せると、ふたりで同時に苦笑いした。
周囲を見渡すと、同じように立ち尽くしている生徒たちがあちこちにいた。
制服を両手で必死にかばう子。 木の下に避難している子。 中には「諦めた!」と言わんばかりに、もう濡れるがままの男子もいる。
どの顔も、一様に「聞いてないよ……!」と不満げだった。
「どうする? 走る?」
俺が聞くと、澪は空を仰いでから、諦めたように小さく笑った。
「……しゃーねーな、走るか」
「だよねー」
お互い、苦笑いでうなずき合う。
「じゃあ――せーのっ!」
声を合わせて、ふたりで小走りに駆け出した。
その瞬間だった。
ざあっ。
まるで合図を待っていたかのように、雨脚が一気に強まった。
顔に、腕に、制服に。 冷たい水滴が容赦なく叩きつけてくる。
「うわああああ!!」
「さっきよりめっちゃ降ってるー!!」
バッグで頭を必死にかばいながら、俺たち笑いながらは必死に走った。
舗装された道に雨が跳ね、ぴちゃぴちゃと音を立てる。 制服の裾がびしょびしょに張り付き、靴もすぐにぐしょぐしょになった。
なのに、不思議と嫌じゃなかった。
澪が隣で「きゃー!」と叫びながら、それでも楽しそうに笑っているのを見たら―― むしろ、雨に打たれるのも悪くない気がしてきた。
「今日のニュース、外れすぎだろー!」
俺が叫ぶと、隣の澪も、息を弾ませながら叫び返してきた。
「ほんとだよー!! 全然晴れじゃないしー!」
二人して、子どもみたいに大声を上げながら、びしょ濡れのまま駆け抜ける。
車道の脇を走る水たまりを、バシャバシャ踏みしめながら、ゴールを目指す。
道の向こう、家の玄関灯がぼんやりと光って見えた。
やっとの思いで家にたどり着いた頃には――
俺も、澪も、すっかりずぶ濡れだった。
制服は体に張り付き、髪からはぽたぽたと水滴が落ちる。 お互いのびしょ濡れの姿を見て、思わず顔を見合わせ、吹き出した。
「なにその髪型、マンガみたいになってる!」
「お前もなー!」
笑いながら、肩をすくめ合う。
春なのに、まるで夏の夕立にでも遭ったみたいだった。
二人とも家は近所だが、俺の家の方が学校側にある。
だから、一度寄って家に置いてあった傘を澪に貸してから、玄関で別れた。
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
そう言ったら、「ありがとう!」と笑ってくれた。
その笑顔が見られただけで、なんだかちょっと救われた気がした。
「……ただいまー……」
玄関に靴を脱ぎ捨て、ぐっしょり重くなったバッグを床に置く。
服もシャツも髪もびしょびしょ。どう見ても、シャワー浴びた後みたいな姿になっていた。
「おかえり!……って、どうしたのその格好!?」
キッチンから母さんが顔を出して、びっくりしている。
「天気予報、晴れって言ってたのに……急に降った」
「えぇ……」
「俺もびっくりだよ」
慌ててタオルを持ってきてもらって、
髪を拭きながら、考える。
(……天気予報、当たらなすぎだろ、マジで)
朝のニュースは「午後は晴れです!」って元気に言い切ってたくせに、
午後3時過ぎにはもう空が真っ暗で、土砂降り。
(未来の技術なら……もっと正確に天気、読めるんじゃないか?)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
(ChatGPTなら……)
あいつは翻訳もできるし、サイトの作り方も教えてくれた。
しかも――“未来の知識”を、ある程度持ってる。
だったら、天気予測だって、いけるんじゃないか?
いや、さすがに本格的な予報モデルを作るのは無理だろう。
でも――ChatGPTが覚えてる未来の気象傾向とか、過去のデータ、地域の特徴。
そういう“引き出し”を組み合わせれば、「このあと雨が降りそうかどうか」くらいなら、今でもかなりの精度で分かるんじゃ……?
たとえば――
「○月△日頃は、太平洋高気圧が弱まって午後から崩れやすい」とか、
「この雲の形なら、30分後に通り雨が来る可能性が高い」とか。
未来の“正解”をうっすら知ってるAIだからこそ、普通の予測よりも一歩先を読める気がした。
(それができたら……めっちゃ便利じゃね?)
ケータイを手に取り、リビングのソファに座り込む。
まだ髪も服も湿ってるけど、今はそんなことどうでもいい。
頭の中は、ワクワクでいっぱいだった。
>ChatGPT、天気を予想する仕組みを考えたいんだけど、どうすればいい?
【ChatGPT】
《天気を予測するには、以下の要素を組み合わせると精度が向上します:
・過去の天気データ(気温、湿度、気圧、降水量)
・現在の天気観測情報(雲の動き、風向き、気圧配置)
・季節や地域特有の天候パターン
また、2000年代初頭の気象傾向についても、ある程度のデータがあります。
たとえば、この時期の日本では午後からの急変(局地的な雷雨)が増加傾向にあります。
これらを組み合わせることで、「このあと雨が降る可能性」などを、予測することが可能です。》
「……やっぱり、いけるじゃん」
もちろん、本格的な気象予測モデルなんか作れるわけない。
でも、
「このパターンだと午後に雷雨が来るかも」とか、
「この雲の動きなら夕方に雨が降る可能性あり」とか、
そんな“予想アドバイス”を出すくらいなら、なんとかなりそうだ。
(レシピサイト、翻訳サイト……次は、“天気予報サポートサイト”か)
アイデアがぽんぽん浮かんでくる。
たとえば、
• シンプルな今日の天気予想
• 雨が降りそうな時間帯の予測
• 持ち物アドバイス(傘、羽織るものが必要か)
そんなのを出してくれるサイト。
名前は……「かんたん天気チェッカー」とか?
(……ちょっとダサいか? まぁ、あとで考えよう)
今、ネット上にはまだ情報が少ないけど、
ちょっとした工夫とChatGPTのサポートがあれば、
“手軽に役立つ”天気情報は作れるかもしれない。
「よし……やるか」
小さな声で、自分に言い聞かせた。
たった一滴の雨が、
こんなふうに新しい挑戦に火をつけるなんて思わなかった。
床に置いたバッグから、びしょびしょのノートを取り出しながら、
俺はにやりと笑った。
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【現在の収益】 (5月9日時点)
【5月の収益まとめ】
レシピサイト:310円
翻訳サイト:4,000円
合計(月収):4310円
【総収益】
レシピサイト:850円
翻訳サイト:10,200円
合計:11,050円




