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14話 Side 02 小さなレシピ、大きな助け

夫と子どもふたりを支える、スーパー勤務のパート主婦――それが今の私の肩書きだ。

パートが終わると、腕時計をちらりと見た。


午後三時。

朝からレジ打ちをして、立ちっぱなしで、さすがに腰が痛い。


「……ふぅ」


大きくため息をついて、制服のエプロンを脱ぎ、ロッカールームで私服に着替える。


職場のスーパーを出ると、日差しがじりじりと強くなっている。

春とはいえ、もうすっかり初夏の気配だ。

 

(さて……今日の晩ごはん、どうしよう)


帰り道に考えるのは、毎日の献立のことばかり。


小学生の息子と、中学生の娘がいる。

二人とも、食べ盛り真っ只中。


しかも最近、娘は部活を始めて食欲倍増。

適当なメニューだとすぐに「お腹すいたー!」と文句を言う。

かといって、そんな凝った料理を作る余裕も、元気もない。


「またカレーにしちゃおうかな……でもこの間作ったし……」

 

スーパーに立ち寄り、とりあえず安売りの鶏むね肉と、キャベツ、それから豆腐をカゴに入れる。

あとは冷蔵庫に残ってるものでなんとかするしかない。


レジを済ませ、エコバッグを肩にかけ、家まで小走りで帰る。

 

家に着くと、ランドセルと通学バッグが玄関に無造作に放り出してあるのが見えた。


(ああ、もう帰ってるのね)


子どもたちの「おかえりー!」という元気な声。

それだけで、疲れた体がほんの少し軽くなる気がした。

 

エコバッグをキッチンに置き、ポットに水を入れて湯を沸かす。

ほっと一息つきながら、お茶を飲む。


「晩ごはん、なに作ろう……」


ぼんやりと考えながら、パソコンを開く。

最近、私がよく見ているサイトがある。

シンプルな名前の、レシピサイト。


写真もなくて、地味なサイト。でも「すぐ作れる」「すぐ助かる」って思わせてくれる、そんなレシピばかり。


「今日のレシピ更新」という文字が目に入る。


(……ほんと、毎日ちゃんと更新されてるんだなぁ)


つい、感心してしまう。

 

しかも、気づけばレシピの数もすごいことになっていた。

ざっと数えて、もう100個以上。


メインのおかずはもちろん、あと一品ほしいときの副菜、

ちょっとしたおやつや、小腹を満たす簡単メニューまで。


(すごいなぁ……これだけあれば、献立、困らないじゃない)

 

たとえば、「肉がメインの日」「魚を使いたい日」「野菜をいっぱい食べたい日」。

そんな気分に合わせて、すぐに選べる。


疲れて頭が回らない日でも、パソコンでパッと開いて、スクロールするだけで、

「あ、これ作ろう」って、すぐに決まる。


(……今日も、なんかいいのないかな)


サイトのトップページをスクロールする。


「豚こま肉の甘辛炒め」

「キャベツとツナの和え物」

「豆腐ステーキ」――

 

目に留まったのは、「豚こま肉の甘辛炒め」だった。

材料は、豚こま、醤油、砂糖、みりん、油だけ。

…………これ、ウチにある材料で作れるじゃない。

 

(よし、これにしよう)


小さくうなずいて、レシピを簡単にメモする。

レシピを読みながら、

鶏むね肉はまた明日以降に回して、

今日は冷凍庫にあった豚こま肉を使うことにした。

 

火を入れる順番もシンプルで、迷わない。


「まず肉を炒めて、調味料入れて、煮詰めるだけ……か」



冷蔵庫から豚こま肉を取り出して、そのままフライパンに向かう。


調味料もあらかじめ出しておく。

醤油、砂糖、みりん、それから油。

 

「……本当に、シンプルだなぁ」


呟きながら、フライパンに油を敷いて火をつける。

じゅわっと鳴る油の音。

それだけで、なんだかキッチンが少しだけあったかくなる気がする。

 

豚肉をフライパンに入れると、ぱちぱちと心地いい音が弾けた。

菜箸で軽くほぐしながら炒める。


(焦らず、しっかり火を通して……)


レシピの手順を頭の中でなぞりながら、肉の色が変わるのを見守る。

 

仕事の後って、どうしても「急いで何かしなきゃ」って焦ってしまう。

でも、このレシピは違った。


焦らなくていい。

順番通りにやれば、それでちゃんとできる。

そんなふうに、やさしく教えてくれているみたいだった。

 

豚肉に火が通ったら、醤油、砂糖、みりんを加える。


じゅわっと立ち上る甘辛い香り。

思わず深呼吸したくなる、なんとも幸せな匂い。

 

木べらで軽く混ぜながら、ふと思う。

 

(料理は、嫌いじゃない。)


たしかにそうだ。

家族に食べさせるごはんを作るのは、嬉しい。


でも――

パート終わりで、足も腰も痛くて、ぐったりした体を引きずるようにキッチンに立つとき。


レシピを一から考えたり、難しい手順に頭を悩ませたりするのは、時にプレッシャーだった。

 

(そんなときに、“疲れててもすぐ作れる料理”があるって、どれだけ救いになるか――)


このレシピサイトを作った人は、きっと、そんな気持ちをわかっているんだろう。

 

プロの料理家じゃないと思う。

写真もないし、飾り気もない。


だけど、言葉のひとつひとつに、不思議な温かさが宿っている。

 

「大丈夫、大変じゃないよ」


「ちょっと手を動かすだけで、おいしいごはん作れるよ」


そんなふうに、画面の向こうからそっと背中を押してくれる。

 

「……ありがとう」


思わず、小さく声に出していた。

誰に向かってというわけでもない。

ただ、自然に出た言葉だった。

 

フライパンの中では、豚こま肉に甘辛いタレが絡み、とろりとしたツヤをまとっている。

いい感じに汁気が飛んだら、火を止めて、完成。

 

(たったこれだけで、晩ごはんのおかずが一品できた)


そんな小さな達成感が、じんわりと胸に広がった。

 

「できたよー!」


リビングに向かって声をかけると、宿題をしていたはずの息子と娘が、一斉に顔を上げた。


「おなかすいたー!」


「今日なに!?」


「豚こまの甘辛炒めだよ」


「やったー!」

 

二人の声が重なった。

ああ、この瞬間が、たまらなく好きだ。

疲れていたはずの体も、どこかふわっと軽くなる。

 

食卓に、できたての炒め物を並べる。

甘辛い匂いに誘われて、

子どもたちはすぐに箸を伸ばした。


「うまっ!」


「これ、ごはんにめっちゃ合う!」


もりもり食べる二人を見て、私はまた、ふっと微笑んでしまう。

 

(……こんなふうに、誰かの力を借りながら、


毎日を回してるんだな、私たちって)

 

サイトにまたアクセスして、そっと、レシピサイトのトップページに戻る。

そこには、変わらない静かなデザインがあった。

 

「ごちそうさま」の声を聞きながら、私はレシピサイトを思い出して、そっと目を細めた。


(今日も、あなたに救われた気がする)

 

たった一品。

たった数行のレシピ。

それでも、今日の私にとっては――

間違いなく、大きな支えだった。

 

(次は、どのレシピにしようかな)


そんなことを思いながら、私はまた、明日への小さな力を手に入れた。

第2章までお読みいただき、本当にありがとうございました。


エピソードでは、「あれ?これおかしくない?」とか、「これってアリなの?」と思われる場面があるかもしれません。


ですが、それらは伏線になっていたり、今後の展開に関わる重要な要素であることもあります。

「これは問題では?」と感じた部分も、実はその先に意味があるかもしれません。

前半は一見、1章完結型のように見えるかもしれませんが、実は後の展開とつながっているエピソードもあります。


この作品は、じっくりと少しずつ積み重ねていく構成にしています。

どうぞ、ゆっくりとお楽しみいただければ幸いです。


面白かったと感じていただけたら、感想や評価、お気に入り登録などしていただけると、とても励みになります。

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― 新着の感想 ―
>だけど、言葉のひとつひとつに、不思議な温かさが宿っている。 この一文、単なるレシピの生成以外のところでもChatGPTの効用が表れてることが表現されててすごく好きです。
溢れるありがとうがとても素敵
自分に読解力が足りなかったら申し訳ないのですが、 > スーパーに立ち寄り、とりあえず安売りの鶏むね肉と、キャベツ、それから豆腐をカゴに入れる。 の記述と > 材料は、豚こま、醤油、砂糖、みりん、…
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