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136話  やりたかったこと

補足

ロボット掃除会社の株式割合は、桐原自動車、ホテル、主人公で33.3%ずつです。

よし、これでいける。


 何度もExcelでシミュレーションしたし、ChatGPTでも計算は確認済み。

 桐原側からも許可をもらったし、支配人や経理部とも何度も会議を重ねた。

 万全だ。


 今回は――従業員全員に臨時ボーナスを払う。

 一律20万円。役職なども関係なし。


 資金の出どころは、ホテルの本業ではない。

 例の掃除ロボット事業の利益だ。


 これが想像以上に儲かっている。

 桐原系列の工場で試験導入したら、人件費がごっそり減ったらしい。


人件費が何十万も浮くんだから、レンタル料月6万は“安すぎる”って言われるわけだ。

 工場によっては月30万円でも元が取れる計算らしい。


 それで満を持して、他社工場にも販売を開始した。

 うちのホテルからしたら、副収入どころか臨時収入の金鉱だ。


 正直、このお金をホテルの利益としてそのまま計上しても良かった。

 けれど――


 交代勤務で不規則な生活をしながら、真面目にホテルを回してくれている従業員たちを見ていると、頭が下がる。


 俺が経営権を持った三月の時点では、彼らも「このまま赤字になってリストラか……?」と不安だったらしい。


 それを思えば、今年くらいは臨時ボーナスで喜んでもらいたい。

 もちろん来年度からは、少しずつ給料も上げるつもりだ。


 ただ、今年はまず「目に見える形」で感謝を示す。

 しかも、このボーナスはあくまで掃除ロボットの分け前から出すので、ホテル本体としては痛くもかゆくもない。


 SLAM技術の特許も、この掃除ロボット会社の所有にしてある。


 牧原さんから「この技術、他の事業にも使っていい?」と聞かれたので、「ご自由にどうぞ」と答えておいた。

 将来的には自動運転技術などで特許ライセンス料もそのうち入ってくるらしい。


ChatGPTに聞いたところ、この掃除会社がSLAM技術の全ての特許を取得していたら、将来的に年間20億円程度の特許使用料・ライセンス料が入ってくるらしい。


年間売り上げ10億規模のホテルにとっては十分で、将来にわたって経営が安泰と言うことだ。




 ホテルに着いた。

 いつもの従業員用入口から入ると、安藤さんがいた。


「お疲れ様です」



「お疲れ様です」


 軽く会釈して、そのまま支配人室へ。

 支配人はすでに席についていた。


「先日の件、従業員の皆さんにはもうアナウンスしました」


久世さんの声は淡々としていたが、その口元には珍しく柔らかな笑みが浮かんでいた。


「反応はどうでした?」


「それはもう、大喜びですよ。中には泣きそうになってた人も」


 やっぱりな、それを聞いて胸が少し熱くなった。

20万円って、額面以上に精神的なインパクトがある。

 特にホテル業界みたいに、季節や景気に左右されやすい仕事だと、臨時ボーナスなんてめったに出ない。


「良かったです」


俺も笑みが出て、嬉しくなった。


 ひと通り軽い打ち合わせを終えたところで、安藤さんがぽつりと言った。


「でも、掃除ロボット会社の利益をそのまま会社に残しても良かったのに、従業員に還元するなんて……素晴らしいですね」


「いえいえ」


 俺は軽く手を振った。


「ご存じの通り、掃除会社の33パーセントはホテルに入りますが、33パーセントは僕に直接入るので、もう十分もらってるんですよ」


 その瞬間、支配人が「え?」という顔をした。

明らかに驚いている顔だった。

 ……あ、知らなかったのか。


「とにかく、皆さんが少しでも安心して働けるようにするのが大事ですから」


そう付け加えると、久世さんは短く「なるほど」と頷き、それ以上は追及してこなかった。


それからしばらく、雑談を交わした。

次のシーズンに向けた宿泊プランの話、レストランの新メニューの試作の話。どれもささやかな日常の話題だったが、不思議と心が落ち着いていく。


やがて時間を見て席を立つ。


「では、今日はこの辺で」


「はい。お疲れさまでした、オーナー」


支配人の深い一礼を受けながら、俺は支配人室を後にした。



 * * *



安藤さんと別れ、総務部に向かう。


 今日は、笹塚周辺の飲食店のメニュー写真を翻訳したものを、印刷用データにまとめるためだ。

 これは将来的に外国人宿泊客に配る「周辺グルメマップ」にする予定だ。


「オーナー、お疲れ様です」


「「お疲れ様です」」


 部屋に入った瞬間、なぜか総務部の全員が立ち上がった。

 みな笑顔でこちらを見ている。


(え、なにこの歓迎ムード)


 総務部長が一歩前に出る。


「オーナーのご厚意で、社員全員に臨時ボーナスを頂けることになりました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます」


 ……ああ、そういうことか。

 まさかこんな大層な感じを出されるとは思ってなかった。


「いえいえ……みなさんが安心して働けていること、それが一番ですから」

 とりあえず笑顔で返す。


 本音を言えば、ボーナスを出したのは感謝と同時に、モチベーション維持のためでもある。

 ホテル業務は体力も気力も使うし、特にうちは24時間交代勤務だから、やる気が下がると一気に雰囲気が悪くなる。


 逆に「この会社は社員を大事にしてくれる」という空気があれば、多少の忙しさやトラブルも乗り越えられる。


「いやあ、オーナー、やっぱり若いのに器が違いますなあ」


 総務部長がにこにこしている。


 その背後では、社員がこっそり「二十万円って……すごいな」「高校生でオーナーってだけでもすごいのに」なんてひそひそ声を交わしていた。


 作業に取りかかる前に、総務部長が再び話しかけてきた。


「そういえば、今回のボーナスの件、経理が“こんなオーナー見たことない”って言ってましたよ」


「そうなんですか、経理さんにもお礼言わないとですね」



冗談半分に返すと、部屋の空気が和らいで笑い声が広がった。

少し間を置いてから、俺はふと思いついて言葉を足した。

 

「これはまだ公表していませんが、来年度からは給料の方も上げていく予定です」


一瞬、場が静まり返る。次の瞬間、ざわっとどよめきが起きた。


「おおっ、それは……ありがとうございます!」




「いえいえ、経営は非常に順調ですから。社員の皆さんに還元するのは当然のことです」


言いながら、少しだけ胸が高鳴った。

あ、カッコいいこと言えたかも。



周囲のスタッフが誇らしそうにこちらを見ている。その視線に、背筋が自然と伸びる。


(やっぱ良いことをしたな……)



 さて、翻訳作業を始めるか――


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