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131話 Side 恋の予感

葛城恭一ってやつがいる。俺の友達だ。


クラスが同じで、最初はただ一緒に昼飯食ったり宿題の答えを見せ合ったりする程度だったんだけど、気づいたら一番気楽に話せる相手になっていた。

正直に言えば、入学したばかりの頃は結構ビビってた。


俺はこの高校まで電車でちょっと距離があるから、中学の知り合いはほとんどいなかったんだよ。

だから「俺、ぼっち確定じゃね?」なんて思ってた。けど、葛城がいたおかげでその心配は杞憂だった。


まあうちの高校、基本は普通だ。

アニメみたいに謎の転校生がやってくるとか、ローラースケートで廊下を突っ走るやつがいるとか、そういう奇抜なことは一切ない。


制服も平凡、校舎も築二十年って感じの小ぎれいさで、特別なことはない。


ただ、一つだけ中学の頃と大きく違うことがある。みんな、やけに色気づいてるのだ。

「彼氏がどうした」「気になる人がいる」だの、休み時間の雑談が恋バナばっかり。


おいおい、高校入ったら急に世界が進化したのかよ。俺なんかまだ成績と部活で精一杯だぞ。

……いや、俺だって彼女は欲しいさ。


夏になったら浴衣デートとか、海辺で花火とか、そういう甘酸っぱいイベントをやってみたい。


だけどさ、現実は厳しい。


クラスの女子とちょっと話しただけで分かっちゃった。

「あ、こいつ私の恋愛対象には入りません」って空気が漂ってくる。

地味に心に刺さるんだよ、あれ。


けどまあ、まだ諦めたわけじゃない。仲良くなればワンチャン……そう思って日々アンテナを張ってる。

そんなある日だ。駅の改札で定期券を出そうとしたとき、声をかけられた。


「すみません、これ落としましたよ」


振り返ったら、財布を差し出してくる女子がいた。四人組のひとりで、見覚えのない顔。けど制服は間違いなくうちの高校だ。


……え、かわいい。


マジで一瞬で見とれた。リボンの色で同学年って分かるし、ちょっと困ったように笑ってるのが天使みたいに見えた。去っていく後ろ姿を見送りながら、俺の心臓はドキドキ鳴りっぱなし。


次の日、その子が自転車で登校してくるのを見かけた。

なんだよ、隣のクラスじゃん。廊下の窓からさりげなく中を覗いたら、席は後ろの方らしい。


俺はその日から、意識せずにはいられなかった。

後から隣のクラスの知り合いに聞いた。名前は白石澪さん。

やっぱり人気者らしい。


聞けば、そいつのダチが白石さんに告白したことがあるらしいんだけど――「彼氏がいるから」って断られたそうだ。


でも、その“彼氏”とやらの影は一切見えない。クラスの男子は「体よく断っただけだろ」って言ってるけど、真相は分からない。


……そんなときだ。葛城が白石さんに体操服を貸しているのを見てしまった。


おいおい、なんで白石さんに? って思ったら、幼馴染なんだと。

いやいや、そんなベタな設定ある? アニメかよ。


気になって「彼氏いるのかな」とか「告ったやつがいたらしいぞ」とか、探りを入れてみたんだけど、葛城は全部スルー。


幼馴染って言っても、なんでもかんでも教えてくれるわけじゃないんだな。

ただ――俺は見逃さなかった。


告白の話題を出したとき、葛城の顔が一瞬ムッとしたんだよ。

不愉快そうに。


あれは間違いない。

あいつ、白石さんのことをただの幼馴染だなんて思ってない。


……やっぱりな。白石さんクラスの可愛さ、そりゃそうだ。


しかもだ。白石さんが着た体操服。

それを葛城が返してもらうんだろ?


いやもう、それは聖遺物だろ。

――この時点で、俺はもう葛城への敗北を悟っていた。


それでも、見届けるしかないんだ。

そう思っていた矢先のことだ。


ある日の朝、教室の窓から校門を眺めていたら――見えたんだよ。

葛城が、あの白石さんと一緒に歩いて登校してきたのを。


いやいやいや、待て。なんで白石さんと?

2人ともいつも自転車で来ているのにどうした?


普通に会話しながら歩いてきてるし。仲がいいってレベルじゃない。俺たちの教室は二階だから、誰が来たかはすぐ分かるんだよな。


で、さっそく教室に着いた葛城に聞いてみたんだ。


「なんで白石さんと登校したんだ?」


そしたら返ってきた答えはあっさりしていた。


「幼馴染だから」


……はい出ました、最強ワード。


いや、俺だって前に聞いたけどさ、本当に毎朝一緒に登校するほどの幼馴染なのかよ。


そんなイベント、アニメか漫画の中だけだと思ってたのに。

で、驚いたのは次の日だ。


なんと手を繋いで学校に来たんだよ。


ちょ、待て。

しかもだ、白石さんの方が葛城に体を預けるみたいに重心を傾けてて――もう好きなのが遠くからでも分かるんだよ。


なんだこれ!?


おとといまで俺と「彼女欲しいな〜」とか言い合ってたのに、どうしてこうなる? 


どこをどうやったら、昨日は隣を歩いて、今日は手を繋いで登校する流れになるんだ?


葛城はドラゴンボール全部集めたのか?? 

神龍に願いを叶えてもらったのか??


じゃなきゃ説明つかない。


しかもさらに驚くのは、構内の廊下でも堂々と手を繋いでることだ。

いやいやいや、高校の廊下で手繋ぎカップルとか、リアルでもドラマでもアニメですら見ねえよ。


正直、羨ましいを通り越して恥ずかしくなってくる。

だから聞いたんだ。俺ははっきり聞いた。


「で、付き合ってるの?」

そしたら葛城、あっさりと頷きやがった。


「ああ、付き合ってる」


マジかよ……


「いつから?」


「中三の半ばから」


……なんだと!?


そんな前から?

俺が「白石さん可愛いな」と思ってたときには、すでに葛城の彼女だったってことかよ。


もうこれは、ミステリー小説で犯人が最初から目の前にいたときの気分だ。

いや、叙述トリックにやられたような感覚だな。


全部の伏線が「幼馴染」って言葉で片付いてたんだ。


「いや、なんで言わなかったんだよ」


「なんとなく」


なんとなくって、お前なあ!


俺だったら白石さんみたいな彼女がいたら、毎日自慢してるわ。クラス中に触れ回るわ。旗でも作って「俺の彼女です!」って掲げながら登校するレベルだぞ。


……それを、こいつは涼しい顔で「なんとなく」。


なんかもう、勝てる気がしない。

今日はもう、授業なんてほとんど頭に入らなかった。


黒板の文字を写してるふりをしても、心の中はぐるぐるしてる。

――普通の失恋じゃない。


だって、俺は白石さんに告白したわけでもないし、直接フラれたわけでもない。


それなのに、気づいたら「好きな子にはもう彼氏がいて、それが身近な友達だった」という、なんかバグったみたいな状況になってた。


ため息つきながら電車に乗って、座席に沈み込んだときだった。


「あ、恭く……恭一の友達でしょ?」


顔を上げたら、白石さん本人が目の前にいた。隣には女の子が一人。


「え、あ、うん……」


「たまに恭一から聞くよ。ちょっとお話しよ。ミキもいい?」


「うん、いいよ」

隣にいたのは「ミキちゃん」って呼ばれていた。髪は肩までのふわふわした感じで、物静かそうな子だ。


それにしても――白石さん、やっぱり近くで見ると本当に可愛い。シャンプーの匂いなのか、ふわっといい香りがして、心臓が一瞬止まったかと思った。


でも、話題はやっぱり葛城のことが中心だった。

「恭一ってさー、クラスではどんな感じなの?」とか「家近いとやっぱり便利だよね」とか。


俺としては、白石さんと普通に会話できただけでも嬉しいんだけど……結局、全部が「葛城ありき」なんだなって思い知らされる。


それでも、ちょっとしたことも知れた。

白石さんは駅からさらにバイト先へ向かっているらしい。俺と同じ沿線だから偶然乗り合わせたんだな。


でもなんでわざわざ、こんな遠くの街までバイトしに来てるんだ? 八王子に住んでるはずだから、もっと近くでも良さそうなのに。


……その辺も、きっと葛城が知ってるんだろうな。


気づけば、会話の合間に隣のミキちゃんが、何度か優しく相づちを打ってくれてた。大人しそうなのに、空気を和ませるように笑う顔が印象に残った。


そして次の日の朝。

電車に乗ったら、今度はミキちゃんが一人で座っていた。


「あっ」


自然に目が合う。


「おはよう」って声をかけたら、ミキちゃんも少し驚いた顔で、それからふわっと笑ってくれた。


「1人なんだ」


「うん……澪ちゃんは八王子だから、朝は電車じゃないんだよ」


「ああ、なるほど」


そこから、自然に会話が広がっていった。


「昨日の英語の授業、難しくなかった?」


「うん、でも先生の発音がちょっと面白くて……」


「わかる! あれ、ちょっとクセあるよな」


二人で思わず笑い合う。


昨日は緊張してろくに喋れなかったけど、今日は違った。授業のこと、部活のこと、好きな本の話まで出てきて――意外と趣味が合うことが分かった。


「えっ、ミキちゃ……ミキさんもあの作家好きなの?」


「うん……小説読むの、結構好きで」


「まじか。俺も読んでる」


そんな偶然が嬉しくて、話がどんどん弾んでいった。

ミキちゃんは大人しくて、声も少し控えめ。


けれど、話すと意外とよく笑うし、相槌も柔らかい。ふわっとした雰囲気なのに、ちゃんと自分の考えを持っていて、一緒にいると落ち着く。

白石さんに向けてた気持ちとは、なんか違う。


ドキドキとか憧れの強烈さじゃなくて、もっと自然で――隣にいると安心できる。

気がついたら、俺はミキちゃんの笑顔に引き込まれていた。


――やっと高校生活が始まって、本当の「恋の予感」ってやつが来たのかもしれない。



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