表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/144

130話 ある夏の話

「宅配便でーす!」


 インターホン越しの声に、玄関まで行く。

 

ドアを開けた瞬間、見えたのは腰まである段ボール箱――いや、箱というより、ほぼ壁だ。

 配達員さんが汗を拭きながら笑っている。


「ビール缶10ケースでーす」


「……10ケース!?」


 そりゃ重いはずだ。よくこんなに来るもんだ。

 中身は350mlの缶ビールがぎっしり。これだけあれば、居酒屋を一晩で開けそうだ。


 ふと、頭に浮かぶ。

 ――そういえば、俺が書いたレシピにビール煮込みがあったな。


 確か北フランス料理の「カルボナード」。

牛肉をビールで煮込むやつだ。


 よし、これは母さんに作ってもらうか。


 ちなみに昨日は和牛5kgが届いた。

 熨斗のしには、こう書かれている。


『 Verdandy KK 開発者様へ』


 ……まあ、そういうことだ。


 今は夏休み。お中元シーズン真っ盛り。

 これらの品は、俺と叔父さんが作った「Verdandy KK」の会社宛に届けられている。


 理由は単純だ。

俺が新規募集を停止したからだ。


 Verdandy KKのAIサービスは、月10万円で使えるとは思えないほど高性能。

 そんなサービスの新規受付が突然止まった。


 既存ユーザーは「次は今使えている分も停止されるんじゃないか」と戦々恐々らしい。


 まあ、今のところ停止するつもりはない。


 でも、叔父さんは何か聞かれたら「開発者次第」とだけ言って、細かい説明はしていない。


 しかも、俺は表に出ない。だから、使っている会社からすれば「開発者が何を考えているか全く分からない」わけだ。

このAIを使っている会社としては、関係維持をしたいんだろう。


 その結果――こうなる。


 プリン、ゼリー、洋菓子、フルーツ、肉、海鮮、ハム。

 うまそうなものが、山のように届く。


会社に届いたものを、俺の家に転送してもらってる。


 しかも個人のお中元と違って、企業は膨大な予算を使うからケチらない。

 下手すると、高級メロンが10玉まとめて入ってたりする。


「送る側は、開発者が1人とは思わず複数人でシェアすると思ってるかもしれないが。


 ……とはいえ、うちだけじゃ食べきれない。



 というわけで、俺はおすそ分け作戦を決行することにした。


 家にあった台車を引っ張り出し、ビール1ケース、ゼリー詰め合わせ、プリンセット、缶ジュースのギフト、冷凍のうなぎ、ハム、そして肉の塊を積み込む。


 積み上げたら、ちょっとした屋台の荷台みたいになった。

 そのまま台車を押して澪の家へ向かう。


澪の家に着き、インターホンを押す。

 玄関から出てきたのは、エプロン姿の澪のお母さんだった。


「あら、恭一くん? ……まあまあ、何これ!」


「お中元のおすそ分けです。食べきれなくて」


 お母さんの視線が台車の山に吸い寄せられる。

 ビール、ハム、うなぎ……と一通り見たあと、ぱっと笑顔になった。


「まあ、なんて豪華なの! ありがとう、助かるわ」


「冷凍もあるんで、すぐ冷凍庫に入れてください。あとビールは重いので気をつけて」


「うちの冷蔵庫、こんなに入るかしら」


玄関先に1つずつ置いていく。


「はい、これで全部ですね」


「ねえ、今日はうちで食べていかない? こんなにもらっても、お礼できないから」


 澪のお母さんがそう言ってくれたのは、荷物を運び込んで一息ついたときだった。

 ……まあ、断る理由もない。何より、さっき台車から下ろしたうなぎやハムのが旨そうだ。



 * * *



 夕方、改めて澪の家に向かう。

 玄関を開けると、奥から低めの笑い声が聞こえてきた。澪のお父さんだ。


「おお、恭一くん! 今日はありがとうなあ。ビールまで!」


 手にはすでに冷えた缶ビール。まだ開けてはいないが、明らかに上機嫌だ。


「いえ、うちだけじゃ食べきれないので……」


「いやいや、こんな豪華なもの、滅多にもらえないぞ」


 そう言いながら、居間に案内される。テーブルの上にはハムの盛り合わせ、鰻の蒲焼き、ステーキ用の分厚い肉が鎮座していた。

どう考えても三人家族+俺一人で食べきれる量じゃない。


椅子に腰を下ろすと、お父さんがグラスを手にこちらを見た。


「いやあ、これは飲まずにいられん」


 お父さんの笑い声が響き、澪とお母さんもつられて笑う。


「お父さん飲みすぎないでね」 

 

それから、4人で雑談をしながらご馳走を食べていく。



だが、缶ビールが3本目に差し掛かった頃、お父さんの表情が少し変わった。

冗談混じりだった口調が、ふと落ち着きを帯びる。


「それで、恭一くんは将来、どうしようと思ってるんだ?」



……急な質問だな。


 確かに、ちゃんと考えたことはなかった。1年前までは「普通に大学に行く」つもりだったけど、この1年で状況は激変した。

ホテルのオーナー、桐原と作った掃除ロボの会社の役員候補、技術者……正直、進路はもう一般的なルートから外れている。


「一応、このまま大学に行こうかなとは思ってます」


 そう答えると、お父さんは「ほう」とうなずいた。


「いいな。どこに行きたいんだ?」


「今の高校はMARCHへの指定校推薦枠があるので、そのどこかに」


「おお、それは立派だ。……ちなみにだな、澪とも話したんだが、澪は恭一くんの行くような大学へは行けないと思うぞ」


「はあ……」


 まあ、それはなんとなく分かっていた。

 澪は今の高校にも、合格ラインの半分くらいで滑り込んでいる。


定期テストも平均点に届かないことが多いし、放課後はバイト漬けだ。

俺としてはちょっと申し訳ない気持ちになる。


「そこでだ」


 お父さんが真剣な顔になった。


「一緒の高校にいるからこそ、今の二人の関係があるのも分かる。もちろん、俺も君たちが付き合ってるのは知っている」


バレてる……


「ちょっ……お父さん!」


 澪が横から抗議するが、お父さんはさらっと受け流す。


「澪が不安に思ってることがあるのは分かるか? ここ八王子は東京とはいえ、山に近い田舎だ。だが、MARCHに行けば全国からいろんな子が集まってくる。金髪で都会育ちの子だって珍しくない」


「は、はい」


軽く横目で澪を見たら、少し下をみた。

本当にそう思ってたのか……


「それで恭一くんが、そういう子たちの方になびかないか――ってことだよ」


 ……確かに。俺が逆の立場なら、同じことを考えるだろう。

 高校までは同じ教室で過ごせても、大学に進めば生活は別。環境が変われば、人間関係も変わる。


「親としてもな、君みたいな子は澪の周りに――いや、全国探してもなかなかいない。桐原に技術提供して何億も稼ぐような秀才なんて」


 やけに直球で褒められて、こっちが照れる。


「笹塚の近くにアパートを借りたのは知っている。MARCHなら基本は都内にあるし、それに使う予定なんだろう?」


 あ、そういえば……そこまで深く考えてなかった。


「あ、いや……ホテルに通いやすくするためで、大学用とは考えてませんでしたけど」


「ふむ……じゃあ冗談半分だが――澪もそこに住まわせてくれたら安心だな」


 ……え?

 今、この人、「澪と同棲」って言った?


「お父さん何言ってんの!!! バカ!!」


 隣で澪が真っ赤になって叫ぶ。


「あなた……」


 お母さんも呆れ顔で夫を見る。


 でも、正直――それ、悪くない話じゃないか?

 通学も楽になるし、ホテルにも近い。何より……いや、そこはあえて口に出さないでおこう。


「はい、もちろん。その時はこちらから正式にお願いします」


 俺は姿勢を正して頭を下げた。


「おお、いい! 良かったな、澪!!」


 お父さん、完全に乗り気だ。

 この人、勢いで全部決めそうで怖い。

「よし、景気づけにビールもう一本いっとくか!」


 そう言って、冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを取り出し、プシュッと開ける。

 ゴクリと一口飲んだあと――


「ついでに高校卒業したら、澪と結婚したらいい。うん、実際もう結婚できるしな」


 ……いや、確かに法律上は可能だけど!

 何その急展開。


「お父さん!!!!!!もうあっち行ってて! 恥ずかしい!」


 澪は耳まで真っ赤になって、ほぼ悲鳴。

 お母さんも「あなた、もうやめなさいよ」と背中を押す。


 お父さんは食事の途中だったが、渋々自室へ退散。

 どうやら、この場に残っていたら更なる失言を繰り返すと判断されたらしい。


リビングに残ったのは、俺と澪、それにお母さん。

 さっきまで賑やかだった空気が、少し落ち着く。


「……ごめんね、恭一くん。あの人、お酒が入るとああなのよ」


 お母さんが申し訳なさそうに笑う。


「いえ、むしろ面白かったです。なんていうか……勢いがあって……」


「勢いって……あんなの困るに決まってるでしょ」


 澪はまだ頬を赤くしたまま、ハムをフォークで突き刺している。


「でもさ、もし大学行くなら、笹塚のアパートから通うのは普通にアリだと思うぞ」


「……そうかもしれないけど。同棲とか結婚とかは、まだ早いからね!」


「分かってるって」


 心の中では「ちょっとくらい考えてもいいのでは」と思っているが、さすがに口には出さない。

 お母さんがうなぎの皿を差し出してきた。


「これ、温かいうちに食べちゃって。お父さんが言ったことはさておき、私も恭一くんのことは信頼してるわ。あの人、ああ見えて家族思いだから」


「ありがとうございます」


 そう言って一口食べる。甘辛いタレの香りが鼻に抜け、口の中でふわっとほぐれる。


「……美味しいな」


 思わず漏れた感想に、澪も少しだけ笑った。

 その笑顔を見て、俺はふと「将来」の二文字を頭に浮かべる。


 ――まあ、今はまだ先のことだ。

 でも、今夜のこのやりとりは、たぶん忘れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
早くも外堀が埋められてしまいましたねw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ