13話 もう少しだけ話したくて
「……よし、これで完璧っと」
翻訳サイトの自動化も完成。
送信テストもバッチリクリア。
パソコンを閉じたあと、俺は大きく伸びをした。
これで、翻訳依頼が来ても――
勝手に翻訳して、勝手に返信してくれる。
あとは、オレが寝てても、勉強してても、遊んでても、ちゃんと回る。
「ふふ……未来感すごいな、オレ」
15時ちょうど。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、教科書と参考書をぎっしり抱えた澪が立っていた。
「おじゃましまーす!」
「よく来たな、受験戦士」
「えらい言い方だなぁ……」
笑いながら、澪は部屋に上がった。
勉強会は、わりと真面目に始まった。
英語の問題集を広げて、
数学の公式集をテーブルに並べて、
時々お菓子をつまみながら。
「ねぇ、恭一」
「ん?」
「やっぱり英語、全然わかんないんだけど……」
「どれどれ?」
澪の指差した問題を見ると、単語の並べ替え問題だった。
(Are / going / we / to / the / park / tomorrow)
「“俺たちは明日公園に行きます”って意味だから、こう並べる」
「We are going to the park tomorrow.」
「おおー……なるほど」
「英語はね、感覚じゃなくてパターンで覚えるといいよ。“主語+動詞”の基本を意識すればだいぶ楽」
「うわー……やっぱ恭一、頭いいなぁ……」
「まぁな」
自慢っぽく言って、ちょっとだけ照れた。
そんな感じで、英語の問題を一緒に解き進めていく。
澪は相変わらず苦手そうだったけど、
一つ一つ丁寧に教えると、ちゃんと理解してくれるから教えがいがある。
ふと、澪がペンを止めて、こちらを見た。
「ねぇ、恭一」
「ん?」
視線を向けると、澪はペン先をくるくる回しながら、ちょっとだけいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「受験、どこの高校受けるか決めた?」
突然の質問に、俺は軽く眉を上げた。
「……まぁ、だいたい」
「えー、なにそれ。教えてよ」
澪は机に身を乗り出してくる。 顔が近い。近いって。
俺は少しだけ考えてから、静かに答えた。
「B高校にするつもりだよ」
その言葉に、澪はぱちりと瞬きした。
「B高校……?」
声にほんの少し驚きが混じる。
俺は軽く頷いた。
澪は少し目を丸くしたあと、ふわっと笑った。
「……そっか。じゃあ、私もそこにする」
「え?」
思わず、間抜けな声が出た。
「だって、せっかく一緒に頑張ってきたんだもん。また別の学校行っちゃうの、寂しいもん」
そう言って、澪は悪戯っぽく笑った。 その笑顔が、何よりも自然で、何よりも強かった。
「……そっか」
俺は少しだけ顔をそらしながら呟く。
A高校とB高校。 偏差値だけ見れば、もちろんA高校の方が上だ。 B高校は三科目受験で、英語・国語・数学だけでいい。 正直、俺にとってはあまり努力しなくても受かるレベルだ。
でも――
それでもいいんだ。
今回はB高校でスローライフをする。
転生前は澪と高校が別になって疎遠になった。
それよりは同じ学校に行って、楽しいスクルールライフを送りたい。
「じゃあ、B高で一緒な」
「うん、一緒!」
小さな約束だけど、その言葉が、妙にあたたかく胸に響いた。
「でもさ……私、そんなに頭よくないから、受かるか不安なんだけど」
澪が、手元のノートを指でいじりながら、ぽつりと呟く。
普段は明るくて元気なのに、こういう時だけ、ちょっと弱気になる。
「大丈夫だろ」
俺は即答した。
「英語と国語は、春休みで結構頑張ったじゃん。それに、数学だって一緒にやるし」
「え、数学……苦手……」
途端に、澪の顔が曇る。
「うん、知ってる」
にやりと笑いながら言うと、澪はむっとして、ほっぺたをぷくっと膨らませた。
「ひどっ!」
その顔があまりにも子どもみたいで、俺は思わず吹き出してしまった。
「でもさ、俺が教えるから。だから、心配すんなって」
そう言うと、
澪は少し照れたように笑いながら、ピシッと敬礼してみせた。
「……うん、頼りにしてるね、先生!」
ふざけた調子だったけど、そこにはちゃんと、信頼がにじんでいる気がして、なんだかこそばゆかった。
まったく――
こいつといると、本当に退屈しない。
「……よーし、じゃあ英語、もう一問な!」
「えぇぇぇ~!? もう頭から煙出そうなんだけど……」
澪が机に突っ伏しながら、わざとらしく呻く。
「出せ出せ、知識の煙だ!」
俺がノリノリで返すと、
澪は顔を上げて、呆れた顔で俺を見た。
「変なノリ!」
でも、その口元はしっかり笑っていた。
―――――――――
「ねぇ、恭一」
澪が、ふと横から話しかけてきた。
「ん?」
「そういや、ウチのお母さんから聞いたんだけどさ」
「うん?」
「……恭一、ネットでお小遣い稼ぎしてるって本当?」
ピタリ、と足が止まった。
「……え、バレてる?」
「バレてる、っていうか……うちの母さん、なんか恭一のお母さんから聞いたらしいよ?”ウチの恭一がパソコンでなんかやってるらしい”って」
「あー……それなら、まぁ……本当だよ」
俺は頭をかきながら、白状した。
「レシピサイトとか、翻訳サイトとか作って、小銭稼いでる」
「すごーい!」
澪が目を輝かせた。
「なになに、それ! どんな感じなの?」
「えっとな――」
俺はちょっとだけ照れながら、なるべく分かりやすく説明してみた。
「レシピをホームページに載せてるんだ。 簡単に作れる料理を、分かりやすくまとめたサイト。
んで、そこに広告貼っておくと、見に来た人がクリックしてくれたら、ちょっとだけお金がもらえるって仕組み」
「へぇぇぇ……! なんか、めっちゃちゃんとしてるんだね」
「いや、そんな立派なもんじゃないけどな。まだ月2000円とかだし」
「それでもすごいよー! 自分で稼いでるんだもん」
澪は心から感心したように言ってくれた。
純粋な反応が、なんかくすぐったい。
「来月くらいには、最初のお金が入る予定なんだよな」
「おぉー!」
「だから、入ったら……そのお金でマック行こうぜ」
ふいにそう口にして、
言ったあと、自分でもちょっと驚いた。
けど――
澪は、ぱっと笑って、
「うん、行こ!」
と、嬉しそうに答えてくれた。
なんだか、それだけで救われた気分だった。
俺が頑張ってることを、ちゃんと喜んでくれる人がいる。
それが、こんなにも、あったかいなんて。
「じゃあ、レシピ、もっといっぱい増やさなきゃな」
「うん、楽しみにしてる!」
「今度は“マックっぽいメニュー”特集でも作るか?」
「チキンナゲット再現レシピとか?」
「いいな、それ」
笑いながら話していると、胸の中がどんどんあったかくなっていく。
こんなふうに、頑張ったことを誰かと一緒に喜べるなんて、思ってなかった。
そのあと澪が帰る時間になったので、俺もコンビニに行くと言って出てきた。
短い距離だが。ふたりでわいわい話しながら、帰り道を歩く。
「じゃあ、またね」
「ああ、また」
澪の家の前まで来て、分かれる。
俺はのんびりとコンビニに向かった――何も用事はないが。