127話
部屋に入ってさらに驚いた。
広い。いや、広すぎる。
キングサイズのベッドに、ソファセット、そして大きな窓からは一面の海が広がっていた。天気は少し曇っていたけれど、それでもこの眺望は贅沢だった。
「……これ、一人で泊まるのもったいないな」
思わずつぶやきながらベッドに倒れ込む。
ふかふかだった。
少し休んでから、ホテル内を探索することにした。
館内案内を見ていると、夕食の選択肢はかなり多かった。
イタリアン、鉄板焼き、バイキング、そして寿司。
やはり福岡に来たのだから、魚だろう。寿司屋の場所を確認しておく。
それからロビーを抜けて、ホテルのショッピングフロアに向かう。
土産物屋や雑貨屋、服飾店まで揃っていて、まるでちょっとしたモールのようだった。
中でも目を引いたのは、博多名物を集めたセレクトショップのような店。
明太子、博多通りもん、ラーメンセット。
さっき食べたばかりなのに、また食べたくなるから不思議だ。
それにしても……このホテル、すごいな。
建物、内装、スタッフ、全てが高水準でまとまっている。
リゾートとしての「体験」が作り込まれていて、どこにいても特別感がある。
部屋に戻ると、まずはベッドの上に寝転がって、今日の行動をメモにまとめた。
・ロビーフロアが広い。中央の吹き抜け構造が特徴的。
・接客レベルが高い。高校生一人でも丁寧。
・部屋が広く、オーシャンビュー。
・ショッピング施設が豊富。土産物が多い。
「……よし、記録はこれでいいか」
こうしてメモを残しておけば、将来自分のホテル運営に活かせる。
でも、気がついてしまった。
――やることが、ない。
ホテルが悪いわけじゃない。むしろ完璧すぎて、最初の感動が落ち着いた今は、急に時間が空いてしまったのだ。
今ならスマホで動画でも見ているところだが、この時代の携帯はネットが遅く、画像も動画もまともに見られない上にパケット代も高い。
試しにテレビをつけても長くは持たない。
「……だめだ、飽きた」
仕方がない。こういう時の最終手段――漫画だ。
旅行カバンの中に一冊だけ入れていた小説は、すでに読破済み。
どこかに本屋はないかと、ガイドブックやフロントの案内を確認するが、徒歩圏内には見当たらない。うーん、ちょっと郊外だからなのか。
「よし、タクシーで行くか」
行動は早い方がいい。部屋を出て、ロビーからタクシーに乗り、車で10分の商業施設まで向かった。
本屋に入ると、まずは平積みされている漫画を物色する。
読みやすそうな短編集も数冊購入。ホテルの広い部屋でゆっくり読むことを考えると、安いものだ。
ホテルに戻る頃には日が沈んでいた。窓の向こうには博多湾の夕景が広がっている。
ライトアップされた福岡ドームが、近未来的なシルエットを浮かび上がらせていて、なかなかに映える。
漫画をベッドに並べ、一息ついたところで、時計を見るともう夕飯の時間だった。
「さて、寿司だな」
ホテル内にある寿司店は、宿泊客向けの落ち着いた雰囲気の店。
カウンター席に案内されると、大将らしき男性が柔らかく微笑んだ。
「お一人様ですか。お好きなネタからどうぞ」
とりあえず、おまかせで頼む。
イカ、真鯛、ブリ、ウニ、ヒラメ……どれもレベルが高い。
白身系がおいしい。この甘い醤油によく合う。
「……やっぱり、福岡の海鮮は強いな」
海の近くだからか、どれも新鮮で味にキレがある。
関東で食べる寿司とはまた違う、力強さと繊細さが同居している。
一通り堪能して、お茶を飲み干す頃には、もう満足感でいっぱいだった。
部屋に戻り、持ち帰った漫画をめくりながら、ゆったりと時間を過ごす。
テレビではお笑い番組が流れていて、懐かしい空気が漂っていた。
「……やっぱ、ホテルって“泊まる場所”以上の何かが必要だな」
そう思いながら、オーシャンビューの窓際に座り、夜の福岡の街をぼんやりと眺めた。
翌朝、目覚ましもかけていないのに、自然と目が覚めた。
窓から差し込む柔らかな光に包まれながら、静かにストレッチをして起き上がる。
せっかくだから、ホテルのモーニングビュッフェを体験しておこう。
フロントで場所を確認して、朝食会場のレストランへと向かう。
案内された席に着いて、まずは周囲を見渡す。
思わず「うわ」と声が漏れた。さすがはリゾートホテル。規模が違う。
中央のビュッフェ台には、和洋中の料理がずらり。
洋食コーナーはふわふわのスクランブルエッグにカリカリのベーコンなどなど。
和食コーナーには焼き魚や明太子、博多名物のがめ煮まで並び、どれも手を伸ばしたくなる。
「……これは、選ぶのに時間かかるな」
洋食系、和食、デザートとまんべんなく料理を取る。
(うん、美味い)
一般的な朝ごはんのものは全部ハイクオリティだ。
グレープフルーツジュースも濃くておいしい。
(やはり、このホテルは素晴らしいな)
そう言って、あっという間に食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした」
軽く一礼して席を立つ。最後の最後まで、満足度が高かった。
チェックアウトもスムーズに終わり、タクシーで福岡空港へと向かった。
道中、車窓から見える景色はやや曇りがかっていたけれど、それがかえって旅の余韻を引き立てるような気がした。
空港に着いて、早速お土産売り場へと足を運ぶ。
「さて……何買えばいいんだ?」
案の定、どれを買っていいかわからない。
明太子だけでも何種類あるんだってくらい並んでいるし、ラーメン、お菓子、スイーツ、地酒までよりどりみどりだ。
とりあえず、家族には明太子。種類が多すぎるので、試食して一番美味しかったものを選んだ。
澪には……うーん、甘いものが好きだったよな。博多通りもんにするか。
人気ナンバーワンらしいし、日持ちもする。
自分用にも、あまおうのゼリーと豚骨ラーメンのセットを購入。ちょっとした福岡再現セットだ。
気がつけば、紙袋を二つも提げていた。
「まあ、こういうのも旅の醍醐味だよな」と、にやりと笑う。
搭乗ゲートに向かいながら、ふと考える。
今回の旅で得たのは、単なる観光の思い出だけじゃない。
一流のホテルがどんな空間を作っているのか、その雰囲気、スタッフの振る舞い、施設の設計、そして朝食に至るまで……すべてが学びだった。
自分のホテルにも、もっとできることがある。
福岡での経験を、次の改善に活かせるようにしよう。




