123話 配当の使い道
おぉ……
銀行の自動通帳記入機にカードを差し込むと、ガーガーと音を立てて記帳が始まった。
そして表示された金額に、思わず小さく息をのむ。
【+18,073,200円】
そう、今日は年に2回のうちのひとつ、配当金支給日だった。
この金1800万円は、72億持っているホテルの株式の配当だ。
「ふふ……ありがたくいただきます」
ATM前でニヤけるわけにもいかないので、通帳をスッと仕舞い、さっさと銀行を出た。
今のところ、俺の現金での資産はざっくりこんな感じだ。
・桐原の顧問契約で、税引き後に約3億円
・人検知技術の約80億円の残りが8億円
・Verdandy KK(資産管理会社)の月間:2000万円超 → 合計で約2億円
・ホテルの株式配当が1800万円
・掃除ロボットの会社の配当(予定)
「……正直、十分すぎる」
高校生の身分で、ここまで資産を持っていても、日常生活での使い道は限られる。
未来の知識を使うなら、今こそ“仕込み時”だ。
Amazon、Google、Apple、Microsoft——いわゆるGAFAMやFAANG の株をこのタイミングで買っておけば、15年後には資産が50倍になっていてもおかしくない。
「……うーん、やめとこうかな」
一瞬、胸がざわついた。
たしかに大金を稼ぐチャンスはある。でも、それって「ただの賭け」でもある。
未来を知っている自分が、あまりに露骨な動きをすると、いずれ必ず“誰か”の目に留まる。
「本気でやるなら、ChatGPTを使ってブロックチェーンの論文でも書いて、自分がビットコインを発明するって手もあるけど……」
やりすぎだ。
実際、それをやれば2025年には1兆円を超えるような資産を手にできるだろう。
でも、そんな目立つ人生、あまりにも危険だ。
「今でもすでに、使い切れないくらいはあるんだしな」
むしろ、これからはどう“守って”いくかの方が重要になってくる。
そこで俺は、ふとひとつのことを思い出した。
「株……株……あ、そうだ!」
資産を単に持っておくだけじゃなく、もう少し安定した運用先が必要だ。
──そうだ、法人名義の証券口座を作っておこう。
すでに俺は、資産管理会社として「葛城キャピタル」を作っている。
設立時の資本金は1000万円、代表社員は俺自身。
この会社名義で証券口座を開設すれば、今後の株式投資も柔軟にできるし、節税にもなる。
それに、法人投資家向けのIPO枠や債券など、個人口座では触れられない選択肢も広がる。
「よし、やるか」
俺はその足で、Verdandyの登記簿と印鑑証明を持って、証券会社の法人窓口に向かった。
受付で「合同会社の法人証券口座開設を希望します」と告げると、案内係の人が少し驚いた表情を浮かべた。
――まあ、高校生に見えるよな。スーツすら着てないし。
でも、口座開設の要件さえ満たしていれば問題ない。
資本金も法人印も完備しているし、謄本も問題なし。もちろん、口座の用途も明確だ。
「必要書類はこちらになります。ご記入はご本人でお願いします」
「はい、ありがとうございます」
ペンを取り、静かに書き始める。
* * *
それは、ちょうど次の週の水曜日の夕方だった。
テレビをぼーっと眺めながら、ソファでダラダラしていると、階段の下から父さんの声が飛んできた。
「恭一、恭一! ちょっと降りてきてくれ!」
「なにー?」
一階に降りると、父さんがリビングのテーブルに資料を広げていた。
その手には、どこかで見覚えのある株式保有報告書らしき紙がある。
「この葛城キャピタルって……お前が持ってる会社だったよな?」
「ああ、そうだよ。なんで?」
「なんで、じゃない! お前……うちの会社の株を買ったのか!?」
あっ。
思い出した。
たしか2週間ほど前、ChatGPTに相談しながら、「将来性のある日本企業に投資する」というテーマで、いくつかの銘柄を候補にしていた。
でもGAFAとかアメリカ株は“ずるい”気がしてやめたし、東証の大型株は知名度も高くて動きが読まれやすい。
そこで思いついたのが、父さんの勤務先である東栄商事 。
時価総額およそ100億円。配当利回りは2%台。業績も堅調で、社内改革も進んでる。
ChatGPTにも読み込ませて、買っても問題ないと判断。
「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」
「どうかしたの!? 社内が騒然となってるぞ!? 正体不明の出資者が、いきなり4%も株を取得したって話で、社内がざわついて法務部とかが調査してる!」
「え、1週間に分けて買ったのに……?」
「それが逆に怪しまれてるんだ。“敵対的買収を避けるために分散買いしてる”って噂が広まってるんだよ……」
「うわ、そっちかー」
確かに一度にドカンと買えば目立つが、それを避けるために1億円ずつ4回に分けたのが裏目に出たらしい。
「で、なんでよりによってウチの会社を買ったんだよ……?」
「えー、配当も悪くないし、将来性もあるし、それに父さんだって役員になりたいでしょ?」
「……いや、それは……まぁ、なれるならなりたいけどさ」
あれ? てっきり喜ばれるかと思ってたけど、微妙な反応。
「そんなに買うつもりなのか?」
「うん。高校生のうちはどんどん買うよ。次の配当金が入ったら、また買うつもり」
「そうか……」
父さんは資料を閉じて、ため息をついたあと、腕を組んで少し考え込んだ。
「……わかった。じゃあ会社には“葛城キャピタルはうちの息子の会社”って説明しておく。ただ……社員はお前が高校生って知ってるからな……」
「宝くじでも当たったと思うんじゃない?」
「……それだと良いんだがな。どうやってこの金を手に入れたと言えばいいか」
「うーん。難しいね」
(もう親の遺産とか宝くじとかしかないよな~)
「それにしても、家族が会社の株を4%も持つなんて……俺の立場が妙にややこしくなるな……」
「えー、父さんのためにやったのに。そんなに喜んでない感じ?」
「……いや、嬉しくないわけじゃないんだ。なんかもう、びっくりしていてな」
父さんは頭をかきながらソファに座り込んだ。
でも、父さんにそこまで言わせるってことは、やっぱり俺の行動は相当インパクトがあったらしい。
しかも、まだこれで終わりじゃない。
──次の配当金、Verdandy KKのが来月に入るんだよな。
これでまた全額買ってもいいかな?
翌朝。
階段を降りると、キッチンから漂ってくるトーストの匂いと、ガタンと椅子を引く音。
リビングに入ると、思わず「え?」と声が出た。
父さんが、勝負ネクタイをしていた。
“ここ一番”でしかつけない、薄い水色のやつ。
髪もいつになく整っていて、ちゃんとワックスまで使ってる。
そして左腕には、俺がプレゼントしたロレックスのデイトナがキラリ。
「……どうしたの、今日は?」
「恭一!!」
いきなり名前を呼ばれて、思わず姿勢が正される。
「な、何?」
「行ってくるぞ!!」
「あ、うん……」
そのまま、父さんは靴を履いて勢いよく玄関を出ていった。
「……なんか、すごいやる気なんですけど」
思わず独り言が漏れる。
ロレックスに水色ネクタイ。
そして、妙に背筋が伸びた後ろ姿。
たぶん、今日の社内会議で何かあるんだろう。
俺が株を4%も持ったことで、会社の空気が少し変わったのかもしれない。
もしかして、“息子が買ってくれた株でやる気出ました”なんてスピーチでもするつもりじゃ――
「まさかな……」
でも、ちょっと嬉しかった。
正直、あのロレックスは父さんが使ってくれるとは思っていなかった。
「こんな高いのいらん」とか言いそうだったし。
だけど、今日の父さんは、明らかに気合が入ってた。
──少しは、力になれたのかもしれない。




