120話 翻訳こんにゃく
翻訳機……ドラえもんの“翻訳こんにゃく”みたいなやつ。
翻訳アプリみたいなのをどう作るかだよな……
(あ、そうだ!)
たとえば、フロントのカウンターに機械を置く。
お客さんが「How do I get to Tokyo Station from this hotel?」(このホテルから、東京駅までどうやって行きますか?)と話しかけると、その質問に英語で自動応答する。
これ、ChatGPTで作れないか……?
一瞬、期待が膨らむ。
けど、今のインフラを考えると……うーん。
スマホもない。iPhoneはまだ出てない。
常に持ち歩ける端末も、音声入力の精度も十分じゃない。
現状では、ドラえもん的な“未来の道具”には届かない。
ただ、別のアイディアが浮かぶ。
(Alexaみたいな音声アシスタントなら、逆にいけるんじゃないか?)
お客さんが機械に向かって話しかけたら、適切な答えが返ってくる。
答えるのは全ての事じゃなくて、「ホテル内の定型対応」に特化したもの。
たとえば——
客「Where is the breakfast served?」(朝食はどこで食べられますか?)
→ 音声アシスタント「Breakfast is served on the second floor from 7am to 9am.」(朝食は2階で朝7時から9時までに提供されます)
これくらいなら、事前にホテル情報を読み込ませて、ChatGPTで制御できるかもしれない。
(いける……いけるぞ)
使い方は簡単。
お客さんがボタンを押して話しかける。音声は録音され、ChatGPTに送信。
読み込ませているデータを分析して、最適な英語音声を返す。
「翻訳こんにゃく」は無理でも、「ホテル特化型のAI音声アシスタント」なら作れる!
デバイスは、猫ロボと同じ箱型を小型化して使えるかも。
(名前は……“機械コンシェルジュ”とか?)
端末は普通の四角い機械にするか。
ディスプレイを付けたら近未来すぎるから、マイクとボタンだけにしよう。
「これ……本気で作ってみるか」
まずはロビーで試験運用して、うまくいけば客室にも導入。
お客はボタンを押して話しかけるだけ。スタッフの負担も減るし、外国人観光客の満足度も上がる。
(よし、明日から設計に入ろう)
そう思って、自室でノートに構成案を書き出した。
まずは構成。
端末はシンプルに、マイク、スピーカー、タブレットの3点セット。
スピーカーから発話させるには、何かしらの英語の音声合成ソフトが必要になる。
>英語の音声合成ソフトで、2006年時点でも使えるやつある?
【ChatGPT】
『“Cepstral TTS”というアメリカ製のソフトがあります。XP対応で、音声の速度やピッチ調整も可能です』
アメリカ製のこのソフトは、ロボットっぽさが残るが、十分聞き取れるレベル。速度やピッチも調整できるらしい。
(よし、音声出力はCepstralでいこう)
ユーザーがボタンを押して話しかけると、音声が文字変換され、それがChatGPTに送られる。
内容の制限も必要だ。なんでも答える汎用AIではなく、館内案内・チェックイン補助・周辺観光情報などに特化させる。
「すみません、チェックインは何時からですか?」
「このホテルから新宿駅まではどう行けばいいですか?」
そんな質問に、自然に返答できれば十分だ。
しかも、ChatGPT4が組み込まれている――
となると、情報漏洩の可能性はゼロではない。
(中身の通信は、例の未来暗号で完全に暗号化しておこう)
あの、Verdandy KKを作ったときに使った絶対解けない暗号。これを経由させておけば、誰が覗こうとしても中身は一切読めない。
よし。これで、仕様はまとまった。
あとは、ハードウェアの調達と、ホテルに関するデータを集めて回答パターンをある程度テンプレート化する必要がある。
……とりあえず、安藤さんに連絡だな。
そう思って、俺は安藤さんに電話をかけた。
『はい、安藤です』
「お疲れさまです。今、ちょっと新しい提案がありまして……」
『なんでしょう?』
「館内向けの音声アシスタント、作ろうと思ってます。観光客向けに英語と日本語で案内できる端末。簡単なチェックイン補助や、ホテルの施設、周辺情報のガイド機能を付けようかと」
『え、ちょっと待ってくださいね……』
少し間があってから、俺は端的に説明を始めた。
「まず、桐原の技術部に、タブレット端末とスピーカー、マイクを内蔵したスタンド型のユニットを1台、試作で作ってもらいたいんです」
『なるほど。それなら“どこに○○がありますか?”みたいな質問に対して、端末が的確に返答できるわけですね』
「はい、そんな感じです」
『いいですね。それなら私のほうで、支配人に話してみます。今使ってる館内マニュアルと、周辺ガイドのパンフレットをまとめたものをお送りします』
「助かります」
『観光地の情報って、どこまでカバーします?』
「一応、東京観光の王道スポット……浅草、東京タワー、新宿、渋谷、原宿、あと羽田・成田のアクセスくらいまでを想定してます」
『それなら、観光協会のサイトからデータを拾っても良いかもしれませんね』
「はい、よろしくお願いいたします。」
『こちらこそ、ご提案ありがとうございます。こちらでも準備を進めます』
『あと、レストランの配膳ロボットも、今週から本格稼働に入りました』
電話の向こうから、嬉しそうな安藤さんの声が聞こえる。
『マッピングについても、葛城さんから共有されたアルゴリズム通りで、問題なく動作しているようです』
「ありがとうございます。それはよかったです」
俺は、安藤さんとの通話を終えて、ケータイを置いた。
今回の配膳ロボットは、「デザートのみ」を運ぶ仕様にしている。
これは、単に台数が足りないという事情だけじゃない。もっと深い狙いがある。
もし、すべての料理をロボットに任せたら、ホールスタッフの仕事がどんどん奪われてしまう。
だが、デザートだけなら話は別だ。
メインディッシュを食べた人が「デザートは猫が運んでくれるんだって」と言って追加注文をする。
つまり、客単価が自然に上がる。
そんな噂を聞きつけて来る客は、最初からそれ目当てだし、注文することが前提になる。
子連れやカップルなら、確実に「見たいから頼もう」ってなるだろう。
「まあいっか、甘いもの食べたいし」「せっかくだし頼もうか」
そういう軽い気持ちの一押しが、実は売上に効く。
(おまけに、お土産も買ってくれるだろうしな)
このホテルの売店では、すでに「猫クッキー」や「ミケちゃんぬいぐるみ」が並んでいて、観光客に人気だ。
都心の大型ホテルとは違い、このホテルは“体験型”を売りにできる。
(よし、次はこの流れで、館内アシスタントも稼働させよう)
このホテルは、日本語が話せない不安をホテルが解決してくれる。
そんな安心感も提供できたらいいな。
補足
作中に「タブレット」という言葉が出てきますが、この場ではiPadのような端末ではなく、カラオケで使うような選曲用の端末を想定しています。




