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117話 side  次はおたんじょう日ね!

とあるタイヤメーカー社員――


今日は、ホクシン自動車との打ち合わせだった。


 うちの会社は大手タイヤメーカーで、ホクシンとはもう長い付き合いだ。


 会社そのものは桐原に買収される流れだけど、ホクシンの名前はブランドとして残ると聞いている。

 長年作ってきたホクシンの車に、自社のタイヤを履かせる誇りは、今も変わらない。


 応接室の空気は穏やかで、互いの近況や今後の方針について前向きな会話が続いていた。

 そう、いつものように。


「高橋さん、そういえばご存じですか?」


 打ち合わせ終わりに、担当の若手社員が話しかけてきた。


「この2ブロック先のホテル、うちのグループ傘下なんですが、今日から配膳ロボットが導入されたそうなんですよ」


「へえ、そんなのがあるんですね」


「“ミケちゃん”って名前で、デザートを運んでくれるらしいですよ。お時間があればぜひ、帰りに寄ってみてください」


 興味本位で、足を運んでみることにした。

 昼飯もまだだったし、せっかくだからその“ミケ”とやらも見てみたい。


 ホテルの2階にあるレストランは、ちょっと高級感のある造りだった。

 まあ、ランチにしてはやや値が張るが、たまにはいいだろう。

毎日コンビニ弁当か、吉牛だもんな。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「ああ、カレーライスをください」


 注文した料理は、普通に人のスタッフが運んできた。

 あれ? ロボットって聞いたんだが……今日は休みか?


 そう思ってスプーンを手に取ったときだった。


「行ってくるにゃ〜ん!」


 遠くから、妙に愛嬌のある音声が響いた。


(えっ、今の……?)


 視線を向けると、厨房の奥から、円柱型のロボットが近づいてくるのが見えた。


 表面には猫の顔をしたディスプレイがついており、画面がまばたきしている。

 その下のトレイには、小ぶりのケーキが乗っていた。


 ロボットは、二つ隣のテーブルで止まった。


「着きましたにゃ〜ん」


 客の女性が笑いながら、トレイからケーキを手に取る。

 猫ロボは一瞬静止し、くるっと向きを変えてゆっくりと引き返していった。


(……なんだ、こりゃ)


 驚きと感心が入り混じったような声が、思わず心の中で漏れた。


 隣の席にいた二人組の女性も、スタッフに声をかけていた。


「あの猫、なんなんですか?」


「あれは配膳ロボの“ミケちゃん”です。甘いものが好きでしてデザートだけ持ってきてくれんです」


「へぇ~、可愛いですね!」


(そんな設定まであるのか……)


ただの機械じゃない、“愛される存在”として作られていることが伝わってきた。

 思わず、こっちまで頬が緩んでくる。


 俺は、黙ってカレーライスを食べ終え、席を立った。


 レジに向かう途中、ポスターが貼ってあるのが目に入った。


 そこには“ミケちゃん、配膳中!”という文字と共に、あのロボットがケーキを運んでいる写真。

 その横には、掃除中の“猫型清掃ロボ”の紹介も載っていた。


(掃除もやるのか……)


 なんだか、うちの娘に見せたら絶対に喜ぶだろうな、と思った。


(あれは宿泊者しか見られないのか?)


 まだ小学生で、猫とアニメが大好きだ。

 最近は遊園地に連れて行けていないし、ここに一泊して一緒にレストランで食事するのも悪くない。





 よし、今度の休みにでも、連れてきてやろう。







 家に帰ると、妻がいつものように台所で夕食の支度をしていた。


「あら、おかえりなさい」


「ただいま。なあ、今週末って何か予定ある?」


「ううん、特にないわよ。美咲も確か、友達と遊ぶ約束とかはなかったはずだけど」


よし、と心の中で小さくガッツポーズ。


「週末に、ちょっと面白いとこ見つけたから、家族で泊まりに行かないか?」


「へえ、どこ?」


「笹塚だ」


「……笹塚?」


 妻がきょとんとした顔をするのも無理はない。


 うちは国分寺に住んでいて、電車で一本、わずか30分ほど。

 観光地でもないし、温泉があるわけでもない。


「まあ近いっちゃ近いけど、そういうのもいいだろ? のんびりできそうだしさ。でな、そこに“猫ちゃん”がいるんだってよ」


 この一言で、奥の部屋からパタパタと足音が聞こえてきた。


「猫ちゃん!? 猫がいるの?」


 美咲だ。小学校二年生。猫が大好きで、もう何度“猫飼いたい!”と懇願されたかわからない。


 でも、今のアパートじゃ動物は飼えない。

 その代わり、動物園や猫カフェ、図鑑や絵本を通じて、猫への愛情を育んできた。


「猫がいるホテルに泊まれるの!? やったぁ〜!!」


 両手を広げてくるくる回りながら喜ぶ姿に、こっちまで笑顔になる。


「ただの猫じゃなくてね、ちょっと変わった“猫ちゃん”なんだよ。まあ、それは行ってからのお楽しみってことで」


 


 * * *




週末、家族で笹塚へ向かった。

 駅から徒歩でホテルに到着する。外観はごく普通のシティホテル。けれど、中に入るとロビーの壁に飾られた猫のポスターが目を引いた。


『お客様に癒しをお届け♪ お掃除ロボ&配膳ロボ「ミケ」稼働中!』



チェックイン時間前だが、荷物を預けるためにフロントに行く。


「こんにちは、本日予約していた高橋です」


 フロントの女性スタッフがにこやかに対応してくれた。


「ありがとうございます。ご宿泊ですね? 本日はお子様もいらっしゃいますし、ミケちゃんをご覧になりますか?チェックイン前でもロボット見学が可能です」


「おお、それはよかった」


「はい、ご希望の方にはカードキーを先にお渡ししております。現在、7階の廊下を清掃中でして、あと10分ほどでロボットがそのフロアに到着する予定です」


 カードキーを受け取り、さっそく6階へ向かった。

 エレベーターの扉が開くと、右手の壁に掲示があった。


『猫型清掃ロボ・ミケは、ただいま14階から3階まで順に清掃中!

 この6階には、12時20分頃に到着予定です。お楽しみに!』


 現在の時刻は12時10分。まさに、絶妙なタイミング。


「ねえ、もうすぐだね!」


 美咲がそわそわと足踏みをしている。


「うん、もうちょっとだな。あ、あそこで待とうか」


 エレベーターホール脇のソファに腰掛け、家族三人で猫ロボを待つ。

 なんだか、遊園地のパレードを待っているような気分だった。


 ふと横を見ると、妻もケータイを構えていた。


「動画、撮る気満々だな?」


「もちろんよ。美咲にとって思い出になるもの」


「うん! あとで学校のみんなに見せるんだ〜!」


 なんて無邪気な笑顔だろう。





遠くで「にゃーん」という声がする。


「……来た」


 小さな足音と電子音が交じるように、コロンとしたフォルムの猫型ロボットが廊下をゆっくりと進んできた。

 顔のディスプレイには大きな猫の目、口元が描かれていて、まるでアニメのキャラクターのようだ。


「にゃ〜ん、お掃除に来たにゃ〜ん♪」


 その声に、娘がぴょんっと立ち上がった。


「うわ〜! ねこちゃんだ!! ほんとにしゃべった!! お掃除してる!!」


 喜びを隠しきれない様子で、手を振っている。

 ミケはスルスルと進みながら、カーペットの隅や壁際を丁寧に掃除していく。

 それもただ動くだけではなく、止まったり、Uターンしたりしながら、まるで“考えて”動いているようだった。


「お仕事中にゃ〜。通りますにゃ〜♪」


 道を開けると、ちょこんとお辞儀のように頭を下げてから、またゆっくりと進み始める。


「かわいい〜! お掃除もできるなんて、すごいねこの子!」


 娘は目をキラキラさせながら、夢中になって見つめていた。


「パパ、今度おうちにも連れてきて!」


「いやいや、さすがにこれは持って帰れないよ」


「えぇ〜〜」


 ふくれっつらになったが、それもまた嬉しそうだった。

 少しのあいだ見学して、清掃ロボが次のフロアへと進んでいったのを見送ると、「お腹すいた~」と娘が言い出した。


「よし、じゃあレストランに行こう!」


 ホテルの2階にあるレストランは、ちょっと落ち着いた雰囲気。

 窓際の席に通され、ランチメニューを開くと、カレー、オムライス、パスタ……どれも美味しそうだ。

 妻はパスタ、俺はチキンカレー、娘はお子様ランチを頼む。


 そして食後、メニューをもう一度開く。

……ここからが本番だ。


「あの猫ちゃんは甘いものが大好きで、デザートを運んでくれるんだ。」


「え、そうなの?」


「ああ、この“ネコネコパンケーキ”っての食べる?」


 メニューには、肉球型のパンケーキとフルーツ、チョコレートソースが盛りつけられた可愛いスイーツが写真付きで紹介されていた。


その下には『スイーツ大好きミケちゃんが運んできます☆』の文字。


「わ〜〜!! それがいい!!」


 注文を済ませ、雑談をしてると、レストランの奥からまたあの声が聞こえた。


「行ってくるにゃ〜ん♪」


 あの掃除ロボみたいな猫型ロボットが、今度は小さなトレイを乗せて、ゆっくりとこちらに向かってくる。

今日はリボン付きで、ちょっと特別仕様らしい。


「ネコちゃん来た〜!!」


 娘が立ち上がり、手を振る。


 ロボットはテーブルの横で止まり、「デザート、持ってきたにゃ〜ん♪」と鳴いた。


 トレイには、例の“ネコネコパンケーキ”。

 肉球の形がくっきりしたふわふわのパンケーキに、ホイップと苺、バナナ、チョコソースまで乗っていて、見た目も完璧だ。


「すごーい! ねこちゃんが運んでくれたー!」


 娘は目を輝かせながらパンケーキを受け取った。



 その姿に、レストランのあちこちからも小さな歓声が上がっていた。


「パパ、このホテル、だいすき! また来たい!!」


 その言葉だけで、今日ここに連れてきた意味があったと思えた。


(……よし、次は誕生日にでも、もう一回連れてきてやるか)

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