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115話  その手紙って……


テレビを見ながら、ソファでのんびりしていた。

ニュースはもう終わって、天気予報から朝の情報番組に切り替わっていた。


「ワンセグ対応ケータイが人気急上昇」とか言ってる。

ああ、2006年って感じだな……と、妙な懐かしさに浸ってたそのとき。


トン、トンと階段を降りる足音。

時計を見ると、7時40分。


「あ、澪かな」


リビングに現れた澪は――おお。

いつもの制服姿なんだけど、どこか違う。


……あ、メイク、してる?


ほんのり目元に色がついてて、いつもより輪郭が引き締まって見える。

それだけで、ちょっと大人っぽい。


「おはよ」


「お、おはよう」


なんだこの緊張感。朝から告白された気分。


「ねえ、今日……一緒に歩いてこっか」


その一言に、なんか喉が詰まりそうになった。


「え、うん、もちろん」


うちの高校までは約2キロ。

いつもはお互い自転車で行ってるけど、今日はなぜか徒歩。


気温もちょうどよくて、朝の風が気持ちいい。

澪がちょっとふくれた顔で言う。


「もー、今日は驚いたんだからね?」


「ごめんって」


「寝起きの私、見た?」


「いや、ちょっとだけだし、全然」


「えっ!? 嫌だったの!?」


「いや、違う違う! “嫌”って意味じゃなくて……」


慌てて手を振る俺に、澪がくすっと笑う。


「あー、恭くん動揺してるー」


「そりゃ動揺するだろ。寝起きの澪、ある意味レアだし」


「失礼なっ!」


笑いながら歩く道は、なんだかいつもの自転車より短く感じた。

こうやって、くだらない話をしてる時間。


高校に入ってからは、クラスも違うし、澪はバイトもあるし、

一緒にのんびり歩くなんて久しぶりだった。


……楽しいな、やっぱり。


高校近くのバス停まで来たところで、少し気が重くなった。

この先の角を曲がると、もう学校が見える。

駅から来た生徒たちと合流する地点でもある。


そこからは、登校ラッシュの真っ只中。

俺はチラッと横を見て、小声で言った。


「な、なあ澪、こっから分かれて行く?」


「え、なんで? いいじゃん、このままで」


あっさり拒否された。


「いや、その……なんか目立つし……」


「大丈夫だよ。私たち……付き合ってるんだし」


サラッと言われて、言葉が詰まる。

……まあ、確かにそうなんだけどさ。


案の定、通学路には生徒がわらわらといて、

こっちをチラチラ見てくる。


“男女ペア”で登校してる奴なんてほとんどいない。

完全にカップル認定されてる空気が漂っている。


めちゃくちゃ恥ずかしい。

けど、ふと横を見ると――澪もちょっとだけ顔が赤い。


あ、同じ気持ちか。

なら、まあ、いっか。


周りの目なんてどうでもいい。

澪とこうやって歩ける方が、よっぽど大事だ。


「そういえば、今日って数学の小テストなんだよね」


「あ、うん。俺のクラスは昨日あったかも。でも範囲そんな広くなかった」


「へーそうなんだ。放物線のやつでしょ? 恭くん得意そう」


「まあまあかな」


「と言っても100点なくせに」


そんな風に軽口を叩きながら、校門をくぐる。

靴箱の前で、俺たちはいつものように並ぶ。


「じゃ、またね」


「うん」


そのまま靴箱に向かった澪が、ローファーを取り出そうと扉を開けた――そのとき。

ひらり。



何かが落ちた。


白い封筒だった。



それは、俺の目の前に舞い落ちて、床に着地した。


「……え?」


封筒の表には、丁寧な文字でこう書かれていた。




『白石さんへ』




明らかな、ラブレター。


「ははっ、これ……なんだろね」


澪は焦ったように笑って、すぐにその封筒をぐしゃっと握りしめて、バッグの奥に雑に突っ込んだ。


「誰だろうね、こういうの渡す人ってー」


その口調は、明るいフリをしているのが分かるくらい、ぎこちなかった。

でも、俺の方は――


一気に、さっきまでの高揚感が冷めていくのを感じていた。

澪が誰かに想われてる。


そんなの、今さらわかってたつもりだったけど、目の前で“証拠”を見せられると、やっぱりキツい。

……このままじゃ、いけないな。







教室に入った瞬間、いやな予感がした。


「おい葛城」


やっぱり。

振り返ると、柴田と坂本。

驚いた顔でこっちを見ている。


「今日、白石さんと登校してたよな?」


「……え?」


「お前、教室から見てたけど、玄関前で並んで入っていったじゃん。ちょっとした騒ぎだったぞ」


あー、やっぱ見られてたか。

うちの教室は二階の窓際にある。玄関が丸見えなんだよな。


「ほかの男子も言ってたぜ。『白石さんと一緒に登校してた男子いたぞ!』って。まさか、そいつが……お前とはなああ!!」



うるせえな!


「いや、その……たまたま」


「たまたまで一緒に登校なんてするか? てか、お前自転車通学じゃなかったっけ?」


「えっと……その、みぉ……白石のお母さんに会ってさ。なりゆきで」


「くっそ〜やっぱ幼馴染は強いのか!」


坂本が机に突っ伏しながら叫ぶ。


「白石さんと幼馴染って……人生勝ち組じゃん……」


「だよなあ。先週なんて、三年のサッカー部のイケメン先輩が告白したって噂あったのに」


「マジで? それでどうなったんだっけ?」


「振られたらしいぞ」


マジかよ。

澪、そんなにモテてたのか。


てか、そんな状況で俺と付き合ってくれるとか奇跡では?

……いや、そういう考えはやめよう。


比べてもしょうがない。

でも、人気の現実を突きつけられると、やっぱり動揺する。


俺の中で、「早く手を打たないと誰かに取られるんじゃ」って警鐘が鳴りまくってる。


午前中の授業は、何ひとつ頭に入ってこなかった。


徹夜明けってこともあるけど、澪との朝、男子たちの視線、そしてラブレターを……

それらが交錯して、もう脳がフリーズしてた。


(どうすればいい?)


正直、分からなかった。



キーンコーンカーンコーン



昼休みのチャイムで目が覚めた。

……って、いつ寝た? てか寝落ちしてた?


教科書にはよだれの跡がうっすら……これは見なかったことにしよう。

ふと、意味もなく隣のクラスの廊下を通ってみる。


澪のクラス。


後ろの窓際、いつもの席に澪がいる。

友達と談笑しながら、お弁当を食べていた。


その笑顔が、なんか眩しかった。


……あれ、前の方の男子がチラッと後ろを見た。


その目線の先は――澪。

あー、もう、なんとなく分かるな。

澪のこと、気になってる男子、絶対多い。


むしろ、なんで俺なの?って気にもなる。


(同じクラスだったら……よかったのか?)


でも、クラスが同じでも、注目されるのは変わらない気もする。


――いっそ、ラプンツェルみたいに塔に閉じ込めたくなる。


いやいやいや。

それやったら俺、ただのヤバいやつじゃん。

映画でもあの魔女、普通に悪役だったし。


落ち着け、俺。

そんな妄想をしていたら、気づけば放課後。


俺は澪に声をかけることもなく、そのまま一人で家に帰った。


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