11話 ハッキング
翻訳サイトが上手く進んだから、この調子で行けるなって思いながらレシピサイトを開いた。
――画面に映ったのは、見慣れたトップページじゃなかった。
真っ黒な背景。
その真ん中に、赤い文字が踊っていた。
「Hacked by DevilCat」
「……は?」
声が漏れた。
冗談みたいな演出。でも、ページを何度リロードしても、それは消えなかった。
頭の奥がジンジンする。
ハッキングだ。
やばい、やばいやばい、なにこれ、どうしよう――!
震える手で、ブラウザを閉じて、もう一度開いて。
パソコンを再起動して。
でも結果は、変わらない。
「……俺の……サイトが」
小さなノートパソコンの画面に映る、黒と赤の悪意。
誰かが、俺の作ったものを壊している。
その事実に、胸がぎゅっと締め付けられた。
「……ChatGPTに、聞こう」
そんなとき頼れるのは、やっぱりあいつだった。
必死にタイピングする。
>レシピサイトが変な画面になった。どうすればいい? 助けて。
【ChatGPT】
《サイトのデータが書き換えられた可能性があります。
まずは、元のデータをパソコンに保存していないか確認してください。
保存してあるなら、それをアップし直してみてください。
パスワードも変更しましょう。》
「あ……バックアップ、あった」
胸に少しだけ希望が灯った。
前に一度、サイトを作ったとき、怖くてパソコンにコピーしておいたんだ。
「よし……!」
落ち着け。落ち着いて順番にやろう。
まず、サイトにログインして、パスワードを新しくして。
それから、元のファイルをアップし直して。
一つ一つ、手順を確認しながら作業を進める。
そして――
ブラウザを更新した瞬間、
見慣れた、あの白いページが戻ってきた。
「……っしゃ!」
思わず、机を軽く叩いた。
胸の奥が熱くなる。
壊されたものを、ちゃんと取り戻せた。
それだけで、涙が出そうなほど嬉しかった。
でも。
完全に元通りになったわけじゃない。
俺の心の中には、静かに残っていた。
あのとき画面に映った、黒と赤の不気味な文字。
それが、ずっと奥の方で、刺さったままだった。
「ネットって……怖いんだな」
家にいるだけじゃ、テレビを見てるだけじゃ、絶対に気づかなかったこと。
この広い世界には、優しい人も、助けてくれる人もいるけど――
同時に、壊そうとする人も、面白半分で傷つける人も、いるんだ。
サイトを元に戻したあと、
俺はしばらくパソコンの前でぼーっとしてた。
正直、疲れた。
すごい疲れた。
でも――負けたくないって気持ちだけは、消えなかった。
「……さて、ここからどうするかだよな」
レシピサイトは戻った。
でもまた同じことが起きたら、さすがに心が折れる。
「ちゃんと防御力、上げないとダメだな……」
というわけで、いつものアレ。
パソコンに向かって、タイピング。
>個人サイトを守るために、初心者でもできる対策を教えてください!
【ChatGPT】
《以下の対策をおすすめします:
・パスワードを強くする(数字・英字・記号を混ぜる)
・ファイルをこまめにバックアップする
・知らないファイルやリンクを触らない
・サイトの管理画面のURLを推測されにくいものにする
まずはこれだけでも効果があります。》
「……よし、できる範囲でやろう」
まず、パスワード。
今までは「recipe123」とか、超絶バレバレなやつ使ってたけど、
ChatGPTに言われた通り、英語・数字を混ぜたやつにした。
「53ekb09mtre2 」
――キーボードで適当に”ガチャガチャ”やったらこれになった。
これを紙にメモして、机の引き出しに入れる。
次、バックアップ。
これまではたまにしか取ってなかったけど、
「更新したらすぐバックアップ」をクセにすることに決めた。
「パソコン内の“レシピサイト”フォルダ、ちゃんと作って、日付ごとに保存っと……」
ファイルをコピーして、名前を「2005-04-07_backup」みたいにしておく。
これだけで、もしまた何かあっても、すぐ復旧できる。
「過去の俺、グッジョブ」
思わず自画自賛。
それから、サイトの管理ページのアドレスもちょっと変えた。
わかりやすい「/admin」じゃなくて、意味不明な英単語に。
「/orange_cactus_72」とか、誰も想像できないようなやつに。
「これでちょっとはマシ……だよな、多分」
全部の対策が終わったころには、窓の外がすっかり夕暮れ色に染まっていた。
パソコンを閉じて、椅子に深くもたれかかる。
(……ほんと、色々あったな、今日)
Chat GPTを使えば無敵だと思ったが、そうでもなかったな。
22世紀の道具を使っても失敗するのび太みたいだ。




