109話 side02 バイト楽しいかも
今日は土曜日。
ということは、バイトの日――部屋の清掃と、ベッドメイキングの日。
火曜と木曜はレストランで皿洗いとか清掃で、合計週3回。
正直、ちょっと忙しい。けど、これは私がやりたいって言ったことだし、恭くんのためでもある。
最初に「ホテル経営する」って言われたときは、ほんと意味わかんなかった。
中学生でオーナー?なにそれドラマ?って思ったけど、いまは少しずつ分かってきた。
こうして、恭くんのことを考えてるだけで一日が終わりそうになるけど――今日は土曜。
そろそろ現実に戻らなきゃ。バイトの時間だ。
制服を着て、タイムカードを押すと、ちょっとだけ背筋が伸びる気がする。
働いてるんだな、私――なんて。
でもまあ、バイトのぶん、恭くんと一緒にいられる時間はちょっと減っちゃった。
それでも、同じ高校に入れてよかった。しかも、隣のクラスだし。
最初はクラス替えで少し残念だったけど、今ではむしろ……うん、安心。
恭くんクラスにいる友達にさりげなく聞いたけど、「葛城の周り、変な女いないっぽいよ」って言ってた。
よしっ。
私もお昼休みとか、ちょっとだけ様子見に行ってるけど、今のところ問題なさそう。
大丈夫。たぶん。
……と思ってたんだけど。
この前、「掃除ロボの実験見に行く」って恭くんが言ってて、一緒に春日部の研究施設に行ったとき――
出迎えてくれたのが、まさかの、超きれいな人。
「こんにちは、ようこそいらっしゃいました」
安藤さん。30歳くらい。スーツがめちゃくちゃ似合う。
落ち着いた雰囲気で、声もきれいで、しぐさまでキレイ。
――あれは、完全にできる女の人。
そのときの恭くんの顔、見逃さなかった。
なんかこう……ほんの一瞬、頬の筋肉がゆるんだの、私は見逃さなかった。
無意識っぽかったけど、私には分かる。あれ、憧れの表情だ。
やば。
なんでクラスメイトには勝てたと思ったのに、いきなり“大人の女性”って新ジャンルが出てくるの。
対抗心めちゃくちゃ湧いた。
だから帰りは意味もなく、「駅まで歩いて帰ろ」って言って、強引に恋人つなぎした。
……ちょっと勝った気がした。地元じゃあんなの出来ないし。
「白石さーん、次の部屋行くよー」
「はーいっ」
現実に戻る。
いまはホテルの清掃中。
ペアはいつもの三浦さん。50代くらいの女性で、見た目より若くて元気。
ベッドを整えて、バスルームの水気を拭き取って、アメニティをチェックして――
やることは多いけど、慣れてくると流れ作業みたいにサクサク進む。
そのとき。
ぶぶっ……
制服のポケットに入れてるケータイが震えた。
ポケットからさっと出して画面を見ると――
【From 恭くん】
バイトいつまで?
俺もホテルいるから終わったら一緒帰ろ
あとなんか食べよ
ふふっ……
こういうの、嬉しいんだよね。仕事中でも元気出るっていうか。
「あら、どうしたの?」
三浦さんが訊いてきた。
「いえ、この後、知り合いと一緒に食事して帰ろうって言われて……」
「知り合いって、彼氏でしょ?」
「え……はい」
「いいわね~、青春って感じじゃないの」
三浦さん、なんだかんだで理解ある。
っていうか、分かりすぎてる。
「あ、はい…」
「じゃあ、早く終わらせないとね」
急いで終わらせて、バイトから戻る。
掃除終わりのモードから、ちょっとだけ「デート前の女の子」スイッチに切り替える。
ロッカーに戻って、着替えて、荷物をまとめて――
さあ、あとはロビーで待ち合わせ……って思ってたのに。
通路の角を曲がったら、そこにいたの。
――恭くんが。
えっ、えっ!? なんでここに!?
てか、よりによって、従業員用の通路の椅子に堂々と座ってるんだけど!?
そこ、スタッフが小休憩に使うとこなんだけど!?
「おう、澪。バイトお疲れ」
普通に声かけてくるし!
いや、嬉しいけど、でもさ、でもさ! 心の準備がまだ!!
「な、なんでここにいるの?」
「どこで待ち合わせるか決めてなかっただろ?ここなら絶対通ると思って」
「ねぇ、恭くん、もうちょっとこっそり来てくれたらよかったのに……」
「ん? なんで?」
「なんでって……」
そのとき、後ろから三浦さんが現れる。
やば、タイミング完璧すぎる。
「あら、白石さんの彼氏?」
「あっ、えっと、はい……」
隣で、恭くんがすっと立ち上がって、頭を下げる。
「葛城といいます。澪がいつもお世話になってます!」
……え、まじで? こんなちゃんと挨拶すると思わなかったし。
「澪」って呼んでるし、「彼氏です」って空気出しまくってるし。
「あらまぁ、学校で彼氏作ったんじゃなくて、ここで作ってたのね。白石さん、やるわね~」
ちょ、違います! もともと付き合ってて……!
……って言いかけたけど、やめた。だって恭くんが、なんかちょっと得意げな顔してたから。
「葛城くんだっけ? どこの部署の子?」
「いやー、経営というか……まあ、いろいろやってます」
「へぇ~、それはすごいの連れてるじゃない。
いいじゃないの、若いうちから仕事してる男の子って素敵よ。
白石さんも見る目あるわ~」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、デート楽しんでね」
そう言って、三浦さんはにこにこしながら去っていった。
…………
なんか……恥ずかしかった。
けど、嬉しかった。
なんか、ちゃんと「私の彼氏です」って名乗ってくれたの、たぶん初めてかもしれない。
学校ではさ、友達以外のクラスの子にはあえて言ってないし、廊下ですれ違っても、普通の顔して通り過ぎるし。
けど今は、あんな風に紹介されて――
ちょっとだけ、私も、胸を張りたくなった。
「……もう、あんな堂々と名乗らないでよ」
「え、なんで? 変だった?」
「ううん、変じゃないけど……なんか、照れるし」
「そっか。じゃあ、ロビー戻るか。何食べに行く?」
荷物を肩にかけて、彼の隣に並ぶ。
さっきまでは“バイトの後”だったのに、いまは完全に“デート前”。
「うーん……恭くんのおすすめがいいな」
――って言った。言ったけど。
まさかホテルのレストランに入るとは思ってなかった!
「ちょ、ちょっと、ここって……」
「支配人に“季節のメニューをリニューアルしたから確認お願いしますって言われてさ」
このレストランは、3月に2人で食べに来たところで、ちょっとおしゃれな雰囲気。
そして私がバイトしてるところ……
そんなところに、私が彼氏と食事しに来てるの、なんか……複雑。
注文に来たのは、小島さんだった。
めっちゃ美人で、たまに話しかけてくれる優しい人なんだけど――
私と目が合った瞬間、完全に“ニヤッ”てした。
うわっ、バレたっ。
「この子、職場に彼氏連れてきてる〜」って顔してる!
来週何か言われそう!
もう、はずかしさMAX。胃がきゅ~ってなるし。
……もう空腹どころじゃない。恥ずかしさで胃が縮こまってくる。
「クラブハウスサンドイッチにする」
とりあえず無難なやつ。軽めでオシャレなやつ。
パスタとかステーキとか、がっつりしたのはムリ。
そして食後――
「なんかデザートも食べようぜ」
「え、今から?」
「うん。パフェとかどう?」
え、パフェ!?
やった、サンドイッチだからまだお腹すいてる。
「いいね!」
パフェ!パフェ!って、ちょっとテンション上がる私。
パフェの注文の時は知らないスタッフさんだったから、ちょっと安心。
――と思ったのに、パフェを運んできたの、小島さんだった。
うそん。またしても小島さん。しかもまた“ニヤニヤ”してるし。
なんかもう恥ずかしさがピークなんですけど!!
で、恭くんはというと……
「この器は……うーん、下が細くて背が高いな。安定性、大丈夫かな……。
ロボットで運んだ時に転倒する可能性があるかも……もう少し底面を広げた方が……」
なんか考察してる。
完全にお仕事スイッチ入ってるし。
私のバイト先でパフェを彼氏と一緒に食べてるって事実に一切無反応。
……もう、どうにでもなれ。
恥ずかしさを乗り越えて、スプーンを手に取る。
一口すくって、口に入れた。
あ、美味しい。
あまっ……クリームふわふわ、チョコのコクとバナナのやわらかさがちょうどよくて……
なんか、気まずさとか恥ずかしさが、じわ~っと溶けてく。
――その時、
「じゃあ、アーンとかする?」
「す、する訳ないじゃん!」
つい思わず声が大きくなった。
バイト先でアーンって、どんなメンタル強いのよ。
「だって前にパンケーキ屋でしたし」
「うっ……あれは、あのときの空気というか……雰囲気があったから!」
あのときは渋谷だったし、誰も知り合いがいないって安心感で、ずっと恋人つなぎしてたし、テンション上がってたし……!
「もう、ここ私のバイト先なんだよ。
誰に見られてるか分かんないし、そんなことできないし」
「……あ、そっか」
なんかちょっと、しゅんとしてる。
ごめん。怒ったわけじゃないんだけどな。
「……でも、また渋谷とか行ったときは、しようね。アーン」
「そうだな、そうしようっか!」
ちょっと笑った顔がかわいくて、つられて私も笑ってしまった。




