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105話 自己位置推定技術

 日曜日の午後4時、ようやく資料が完成した。

 

構想は単純なのに、図にするのが意外と面倒だった。


QRコードを廊下の壁や床に貼り、ロボットがそれを読み取って自分の位置を認識し、目的地や行動パターンを判断する――それだけの話。


でも、その「分かりやすく伝える」が意外と厄介だった。


 QRコードの技術自体は桐原自動車の開発によるものだし、運用ノウハウも当然、向こうの方が詳しい。だったらそこは、頼るべきところに頼る。


 俺はケータイを手に取って、担当の安藤さんに連絡を取ることにした。

 ワンコール、ツーコール。


『はい、安藤です。どうかされましたか?』


「こんにちは。ちょっと相談がありまして……実はホテルに掃除用ロボットを導入したいと思っています」


『……掃除ロボット、ですか?』


 電話の向こうが一瞬、言葉を探している気配。


「はい。ルンバのように、自動で廊下を清掃するやつです。人件費の削減にもなりますし、話題性もあります。これを、桐原の技術部に協力していただけないかと思ってます」


『ええと……桐原でルンバのような自動掃除ロボットを一から開発するというお話でしょうか?』


 電話の向こうで、安藤さんが明らかに言いよどんでいるのが分かった。


『一応、上に相談してみますけど……今、開発部もかなり立て込んでいて、人員を割けるかは正直分かりませんが……』


ん?なにか誤解してないか。


『ルンバの自動掃除機能なんて、その会社のトップシークレットでしょうし、我々がすぐに作れるわけでは……』


「あ、ルンバのような制御アルゴリズムについては大丈夫です」


『え?』


「プログラムはもう僕が作りました。あとは機械があれば動きますよ」


『え、葛城さんが作られたんですか!?』


「え、はい、作りました」


『すごい……桐原には“掃除機ユニット”だけをお願いしたい、ということですか?』


「はいそうです。説明が足りなくて申し訳ありません」


『いえいえ。なら、桐原側には掃除ユニットを作るだけという形で確認を取ってみますね』


「お願いします」


『……分かりました。正直驚きましたけど……なんだか、楽しみになってきました』


「ありがとうございます。資料もすぐ送ります。あと……ロボットにディスプレイをつけて、猫にするつもりです」


『……猫?』


「はい、ディスプレイに顔を表示して、“ゴミ発見!”とか、“掃除完了にゃ~”ってしゃべるやつ。

 名前はまだ決めてないんですが……子どもが喜んでくれると思って」


『面白そうですね……』


「ありがとうございます。正式な資料は今夜中にメールで送っておきますね」


『ええ、お待ちしてます』


 通話を切って、俺は思わず小さく息を吐いた。

 誤解は解けた。協力の道筋も見えた。あとは、ちゃんと“動くもの”を作るだけだ。



 * * *



 後日、俺は桐原自動車の東京オフィスを訪れていた。

 技術部の打ち合わせ室に通されたのは午前十一時。


「ようこそ」


 入ってすぐ、牧原さんが立ち上がって笑顔で迎えてくれた。


「こちらが技術部の岡村さんと、伊藤さん」


 二人の技術者が軽く頭を下げた。一人は白髪交じりのベテラン、もう一人は若手らしいフレッシュな印象。彼らの視線が俺に注がれる。自分がまだ15歳だと思うと、やっぱりちょっと緊張する。


「じゃあ、早速見せてもらえるかな?」


「はい。これが、ホテル廊下用の清掃ロボットに使う制御プログラムです」


 俺はノートPCを開いて、あらかじめ準備しておいた動作シミュレーションの画面を表示した。QRコードでマッピングされた廊下の図、その上を移動するロボットの軌跡がアニメーションで再現されていく。


「こちらが各コードに割り当てたIDです。QR-01が廊下の起点、等間隔にコードを貼っていって、QR-10でUターン。コードを読み取って、ルールに従って動くだけです」


 個々の技術的な説明は、省略する。時間がもったいないし、仕様書を見てもらえばわかる内容だ。

 でも、ひと通りの動作を見せ終わったところで、若手の伊藤さんが目を丸くした。


「……これ、SLAM技術ですよね? 実用化してたとは……」


 伊藤さんが目を見開いた。


 SLAM――Simultaneous Localization and Mapping

 カメラやセンサーを使って“自分がどこにいるのか”を推定しながら、同時に地図を作り上げていく技術だ。


自動運転やロボット開発の分野では「夢の技術」と呼ばれていて、研究室レベルの実験はあっても、安定した実用例はまだ少ない。


 つまり彼らにとって、目の前のプログラムは“未来が前倒しで来た”ようなものだった。

まあ今回の仕組みは、「マーカーベース自己位置推定」と「SLAM技術」を組み合わせているがな。


「これなら誤差も少なく、既存のセンサー制御よりも圧倒的に安定しますよ……!」


 伊藤さんの声が興奮を帯びていく。


「……すごいですよ、これ」


 ベテランの岡村さんも思わず声をもらす。


「これ、決まった範囲内しか動かないなら、家庭用のルンバよりむしろ“工業用”だよ。

 工場の指定エリア内を自動で巡回させたり、定期清掃させる用途にぴったりだ。センサーだけじゃなくてQRで制御するなら、誤作動のリスクも少ないし……」


「ホテルで使おうと思ってたんですが、そんな応用もできるんですね」


二人が意気込んでいる。


「できるどころか、うちの第3工場でもそのまま導入したいくらいだよ」


「販売することを視野に入れたら、相当な利益が出ると思います。しかも、制御アルゴリズムがすでにあるというのには驚きですね」


 牧原さんが言葉を挟んだ。


「もう作ってあるの?」


「はい、先週考えておきました」


 静かに、けれど確信を持って答える。


「じゃあ、あとは廊下の寸法データを入れるだけでいいってこと?」


「はい。長さ、分岐、QRの配置座標を入力すれば、初回のマッピングは不要です。あとは既定のパターン通りに動きます」


 伊藤さんが思わず、すごいな……と呟いた。


「ちなみに、このQRコードって、どこに貼る想定ですか?」


「壁の下、廊下沿いの目立たない位置に貼ろうと思ってます。床じゃなくても読み取れるカメラ角度にしてますので」


「設置は比較的簡単そうですね」


「そうですね、問題はむしろ――エレベーターです」


「エレベーター?」


 牧原さんが意外そうな顔をしている。


「このロボット、ホテル内の“全客室階”で稼働させたいんです。できれば、従業員用エレベーターに乗って、自分で移動する形にしたいです」


「……え、それは革新的だな……」


 伊藤さんも驚く。


「QRコードの配置だけでエレベーター内でも位置認識できる?」


「はい。エレベーター内にひとつ、各階の扉近くにもひとつずつ貼れば十分です。

 上下階への移動タイミングも、QRコードで制御できます。あとは人間の代わりにボタンを押す機構が必要ですが、それはスマートスイッチで後付けできます」


「えっ、もうそこまで想定してるの……?」


「まあ、一応、ですけど」


 牧原さんがくすっと笑った。


「やっぱり、ただの“ホテル掃除ロボ”じゃないな、これは」


 技術者たちの目に、純粋な好奇心と興奮の色が宿っていた。



「ありがとう、恭一くん。やっぱいつも我々が想像した以上のものを出してくるね」



 掃除機のユニットに関しては、俺は正直まったくの素人だ。

 吸引力がどうとか、静音設計がどうとか、そんなの分かるわけがない。だからそこは、丸ごと桐原の技術部に任せることにした。


 実際、話し合いの最後には「ここからは俺たちに任せてくれ」と、頼もしい言葉をもらった。

 それなら、俺の仕事は一つ。

 制御アルゴリズムを書くことだ。


 ホテルの各階の廊下にどうQRコードを貼るか、どの距離でUターンするか、どこで減速するか。

 それらは桐原側で実地に測量して、マッピングしてもらう手はずになっている。


 俺はそのデータが届き次第、アルゴリズムに組み込んでいけばいい。



 まあ、こっちは高校も始まってるし、細かい現場仕事までは全部見きれない。

 任せられるところは、ちゃんと任せる。

餅は餅屋ってやつだ。

 

「あ、あと掃除ロボにディスプレイを付けられますか?」


「ディスプレイ?もちろんできるよ」


そこで、俺はファミレスのような猫のディスプレイのアイディアを話した。


「なるほど、それは面白いですね」


「うん、恭一君、そりゃいいよ。可愛さも必要だよね」


おお、皆からも高評価で良かった。

 

 ついでに、掃除が終わったあとは「自分で自分を褒める」モードにしてもいいかもしれない。


『今日も一生けんめい、掃除したにゃ!』


 ……うん、こんな感じでいこう。

SLAMスラム技術

移動体が自己位置を推定しながら、同時に周囲の環境地図を作成する技術の総称です。

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― 新着の感想 ―
特許出願したのかな主人公?
かわいい!
ルンバにもある自動充電機能とゴミ捨て機能も欲しいですねえ。 あ、人を避ける機能も。
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