104話 このアイディア良くない?
「人件費が高いなら、ロボットを使えばいいじゃない?」
誰に向かってでもなく、俺はぼそっと呟いた。
しかも、ホテルの廊下ってだいたい一直線。
部屋のドアが並んでて、壁も天井も真っ平ら。
障害物なんて、せいぜいランドリーワゴンくらいじゃない?
「……これ、制御機構もシンプルでいけそうじゃん」
よし、俺はいつも通りパソコンを開いた。
──ChatGPTだ。
パソコンの前に座って、軽く深呼吸。
カチカチとキーボードを叩いて、画面に入力する。
>ルンバの制御モデル作れる?
ちょっと間を置いてから、画面に文字が流れ始めた。
【ChatGPT】
「ルンバのような自律移動ロボットの基本的な制御モデルは以下のようになります……」
……きたきた。
ほんと頼りになるな。
ChatGPTが出力した内容は、センサー情報に基づいて自己位置推定して、障害物を避けながらマッピングと移動を繰り返すという内容。
「壁をなぞるように動く」「Uターン時のアルゴリズム」「エッジの検出」など、要点がざっくりまとまっていた。
「うーん……なるほどな」
でも、待てよ。
ルンバをそのままホテルで使うのは、ちょっと違う気がする。
家庭ならランダムに部屋中を動き回ってもまあいい。
けど、ホテルの廊下って一直線。両側に客室のドアがずらーっと並んでる。
同じところを何度も往復されたら邪魔だし、そもそも掃除ルートが決まってるほうが効率いいはずだ。
「じゃあサイズは、台車くらいだな。幅60cm、奥行き80cmくらい。高さは……よし、1メートルにしよう」
「端から端まで行って、Uターンして、また端まで行って……って感じだよな」
単純な往復運動だけど、 Uターンのタイミングをどうやって判断するかが難しい。
この時代(2006年)のセンサーって大丈夫なのか?
俺が桐原に教えた人検知技術を応用すればいいのか?
「……うーん、やっぱChatGPT だな」
PCの前に戻って、入力。
> ホテルの廊下を掃除するロボットのルート管理を効率化するには?
いつものように、すぐに回答が返ってくる。
【ChatGPT】
廊下にQRコードを一定間隔で貼り、ロボットがコードを読み取ることで現在地を把握する方式が有効です。特定のQRコードに達したらUターンする、などの指示も……」
「おぉっ……!」
それ、めっちゃいいじゃん。
つまり──
• 廊下の壁に、番号付きのQRコードを貼っておく
• 掃除ロボットは走行中にQRコードをカメラで読み取り、自分の現在地を把握する
• 「QR-10を読み取ったらUターン」みたいな指示をあらかじめ入れておけば、正確な制御ができる
QRは目立たないように、高さ20cmくらいの位置に貼ればいい。
お客さんの目には入らないし、掃除ロボのカメラにはしっかり映る。
「しかも、QRコードなら印刷するだけでタダ同然だしな」
コストもかからず、設置も楽。
レーザーセンサーより簡単で、トラブルも少ないはず。
なんか──
「これ、本当にいける気がしてきたぞ」
QRの読み取りと進路制御に使うプログラムも、ChatGPTに頼めばベースは出してくれる。
問題は、掃除ロボットの作成と清掃ユニットの作り方か。
これは全部桐原に任せよう。
制御プログラムをこっちで提案したら作ってくれるだろう。
この掃除ロボット、桐原の工場でも使えそうだし。
──それにしても、どうせなら見た目も面白くしたいよな。
俺はデスクに肘をついて、画面を眺めながら考え込む。
ただの掃除ロボットじゃつまらないし、スタッフも愛着わかないかもしれない。
だったら、いっそ──
「いっそ、猫の顔……付けちゃうか?」
ファミレスでよく見た、料理を載せて運んでくる、猫型の配膳ロボット。
ディスプレイに顔が出て、にゃーにゃー言いながらテーブルまで来てくれるやつ。
初めて見たときは衝撃だった。可愛いし、動きも滑らかでなんか癒される。
あれを掃除ロボに応用すれば、ホテルの雰囲気も和むんじゃないか?
ただ廊下を走るだけじゃなくて──
「本日もご宿泊ありがとうございます」「にゃん♪」とか言いながら動いてたら、子ども連れの客にも喜ばれるかも。
「……いや、絶対ウケるでしょ、これ」
顔の部分は丸いディスプレイにして、そこに猫の表情を出す。
目をパチパチさせたり、ゴミを見つけたときに「にゃっ」と言って掃除を始めるとか。
「うわ、想像しただけでやる気が出てきた……!」
やることはいっぱいある。
だけどやろうと思えば、全部 ChatGPT に聞けばなんとかなる気がする。
「……よし、やってみるか!」
PCのウィンドウを開いて、キーボードに手を置く。
> ホテルの廊下掃除用ロボットの制御プログラムを書いて。QRコードで場所を把握して、Uターンするようにして。
送信。
数秒後、画面にコードがズラッと出てきた。
「うぉぉぉ……!テンション上がってきた!」
明日は日曜日だし、1日かけて設計してみるか。
それにしても、こうやって新しいことに挑戦するのは本当に楽しい。
「観光客をどう増やすか悩んでたけど、こういう「ちょっとしたアイディア」から道が開けることもあるんだ。
澪の言葉がなかったら、たぶんずっと「どうしよう……」って悩んでただけだった。
現場で働いてくれるってのは、やっぱり大きい。
そう思って、携帯を手に取る。
まだ起きてるかな……いや、メールにしておこう。
【To:澪】
澪のおかげで、革新的なアイディアが出そう!!
送信。
明日きちんと話してみよう。




