表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/144

101話



「……うーん」


 部屋の椅子に深くもたれながら、俺はノートPCの画面をぼんやり眺めていた。


 ホテル経営。

 思ってたより、難しい。


 このホテル、どう見ても悪いところがない。

 レストランの接客も丁寧だったし、味も悪くない。

 ロビーは清潔感があって、内装も落ち着いてる。


 澪も楽しんでくれてたし、客として入った感覚では「ここ改善しないとヤバいな」ってポイントがまるで見当たらなかった。


 でも――

 それが逆に困る。


「改善点、どこよ……」


 PCのブラウザを立ち上げて、ChatGPTを開く。

 質問欄に打ち込んだ。


⋗シティホテルを経営するにあたり、改善すべき点は?


 数秒で返ってきた回答は、だいたいこんな感じだった。


 ――スタッフの接客品質の向上

 ――清掃状態の徹底

 ――館内サインや導線の工夫

 ――SNSでの認知度アップ

 ――オリジナルグッズや記念品の開発


 うん、それ全部 知ってる。


「いや、だから、そういうのじゃなくて……」


 つぶやいて、もう一度頭を抱えた。


 なんというか、“当たり前の正解”しか出てこない。

 ChatGPTって便利だし、俺にとっては最強の相棒なんだけど――こういう「ふわっとした答え」が限界になることも、正直ある。


この程度なら、ChatGPTが言わなくても、ホテルのスタッフが既にやっている。


(もっとこう……革命的な一手とか、ないの?)


 立地は変えられない。

 建物も新しいから、いまさらフルリノベするほど老朽化してるわけじゃない。


 宿泊価格を下げれば稼働率は上がるだろうけど、利益率が下がる。

 それって、意味ある?


「観光客……どうやって増やすんだよ……」


 つい、声に出てしまった。

 観光需要を掘り起こすには、まず“来る理由”を作らないといけない。


 でも、笹塚って街は、別に観光地でもないし、大きなイベントもない。

 新宿から一駅だけど、だったら新宿に泊まる人がほとんどだろう。


 地元の魅力で勝負するにも、笹塚の“目玉”ってなんだ?

 商店街? ラーメン屋? 銭湯?


 ……うーん、弱い。


「まあ……まずはHPの改善くらいか」


 古びたホームページを思い出して、ため息が出た。

 写真は小さいし、フォントもダサい。

 スマホ対応? もちろん、そんなものはない。


「……っていうか、スマホないんだった」


 時代は2006年。

 iPhoneの登場はまだ先。


 SNSもほとんど浸透してないし、もちろんインスタもない。  ネットでの集客なんて、限界がある。 そうなると、HP改善してもそこまで意味ない気がしてきた。


だいたい、2025年仕様のHP作ったとしても、2006年の通信状況じゃ開けない人も出てくるかも。

 そもそも検索エンジンの精度だって、まだまだだったし、レビューサイトも発展途上。


「はあ〜、詰んでるなこれ……」


 椅子をぐるっと回して、天井を見上げた。

 ――悪くない。けど、良くもない。

 ――そして、未来のネット活用も制限される。


 俺が持ってる“強み”が、こんなにも封じられるとは。


「情報戦、やりにくすぎだろ2006年……」


 カレンダーをぼんやり見やりながら、俺はまたため息をついた。



 夜十時過ぎ。

 今日もまた、ホテル経営についてあれこれ考えていた。


 稼働率をどう上げるか。

 観光客をどう呼ぶか。

 そして――自分にそれができるのか。


 天井を見ながら、ため息をついたそのとき。

 机の上のガラケーが震えた。


 ブルルルル……


「誰だ?」


 液晶に表示された名前は「澪」。

 ちょっと珍しい。メールじゃなく、電話。

どうしたんだ?


 俺は携帯を手に取り、通話ボタンを押した。


「もしもし?」


『あ、恭くん? 今って話せる?』


「うん、だいじょぶ。どうした?」


『えっとね、あの……もうすぐ高校だよね』


「おう。あさっての入学式楽しみだな。澪の制服早く見たい」


『制服、まだちょっと大きいかもってママに言われた〜』


「え、なんで。成長期見越して買ったってこと?」


『うん、なんか“洗ったら縮むかもしれないから”って……。いやいや、それでワンサイズ上は嫌だったんだけど』


 澪がふふっと笑う。なんかほっとした。


「まあでも、それでブカブカだったらちょっと可愛いじゃん」


『え、本当?ブカブカだと可愛く思える?』


 あ、適当に言ったが食いついてきた。


「そ、そうだな」


 少しの沈黙のあと、澪が少しトーンを変えた。


『ねえ、今って何してた?』


「うーん、ホテルの改善点考えてた」


『また? ずっと考えてるじゃん』


「まあな……簡単に答え出ないし。てかさ」


 俺はクッションを背にしながら話す。


「そっちこそ、何かお願いでもあった? サンリオピューロランド連れてって〜とか? 」


『ちがうし(笑) そういうのは今度にする』


 今度にする、か……。


『あのね、ホテルの改善点、探してたんでしょ?』


「うん、ずっと。だけど、イマイチいいのが思いつかない」


『それでさ……私、そのホテルでバイトするのって……どうかな?』


「……え?」


 耳を疑った。


 今、なんて言った?

 “バイト”って言った? 


澪が? うちのホテルでバイト?


「なんでバイトって?」


『んー、なんかね。入学する高校、バイトOKなんだよ』


 そういえばそんなこと言ってたな。


『で、ずっと“バイトしてみたいな~”って思ってて』


「なるほどな……」


 俺はベッドに仰向けになって、天井を見た。

 でも待てよ、笹塚って結構遠いぞ?


高校は家から自転車で10分の距離にある。

放課後、駅に行き電車に乗って笹塚駅まで行くなんて導線が悪い。



「いや、だってさ。笹塚って遠くね? 40分はかかるじゃん」


オーナーとしてときどき通うなら近いが、放課後にバイトに行くには遠い距離だ。


『うん、それは分かってる。一緒に行ったしね』


 そりゃそうか。

 この前、レストランに行ったときのことだ。

一緒に電車に乗って、駅からホテルまで、あの微妙な坂道を話しながら登った。


『でも、いいの』


「えっ、いいの?」


『うん。なんかね、やってみたいなって思ったんだよね。恭くんって、オーナー……なんだよね?』


「ん、まあ、そうなる」


『じゃあ、あのホテルでバイトってできないじゃん? なんか、社長が自分でレジ打たない的な感じでさ』


「うーん、まあ……」


 たしかに。

 立場上、現場に立ってバイト仲間として働くってのは難しいかもしれない。


『でもね、恭くんって今、ホテルの改善しようとしてるじゃん?』


「うん」


『それってさ、実際に“働いてみないと分かんないこと”もあると思うの。

 どこが不便とか、お客さんがどんな顔してるかとか、現場でしか見えないことってあるじゃん?』


「……たしかに」


『それにね、私も……恭くんの役に立ちたいなって思ったの』


「……」


ケータイを耳に当てたまま、少しの間、何も言えなかった。


 澪は、ただ高校生としてバイトしたいっていうだけじゃない。

 俺のやろうとしてることに、ちゃんと目を向けて、力になりたいと思ってくれてる。


 それが、なんかもう――

 嬉しすぎて、言葉にならなかった。


「……ありがとう」


 俺はぽつりと、それだけを口にした。


『ふふっ、どういたしまして』


 その笑い声が、妙にくすぐったい。


「じゃあ、明日支配人に聞いてみるよ。人手は多分、足りてないはずだし」


『ほんと!? やったー!』


 声が弾む。

 ケータイ越しなのに、こっちまで笑ってしまう。

 俺は深呼吸して、心の中でぽつりとつぶやいた。

 ――ありがとう、澪。


正直、俺一人じゃ見えてこないことも多すぎる。

 数字や資料だけじゃ分からないことが、現場にはたくさんある。


 だから、澪の目で見て、澪の言葉で感じたことを教えてもらえるなら──

 それは、俺にとってすごく心強い。



昨日の分を間違えていたので、こちらも間違えていました。

これから、全部投稿しなおすので明日からはいつも通りの時間になります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
宿泊施設のスタッフさんって 朝と夜に仕事して、 昼間は「中抜け」って何時間も休憩時間があって、 これがほんとにタイパ悪かった
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ