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100話

 電車に揺られて、笹塚へ向かう。


 日曜日の昼前。電車内はそこそこ空いてて、俺たちは並んで座っていた。

 澪は膝の上に小さなバッグを置いて、ソワソワした感じで窓の外を見ていた。


「でさ、どんなホテルなの? なんか、すっごいやつ?」


「すっごい……かは微妙だけど、まあちゃんとしてるよ。シティホテルって感じ」


「シティホテルって、ビジネスホテルとは違うの?」


「うーん、ちょっと上のランクって思えばいい。観光でもビジネスでも使える感じの」


「へぇ〜」


 澪はうなずいてるけど、多分ピンときてない。

 まあそうだよな。“ホテルを買った”ってワードのインパクトが強すぎて、規模感が全然つかめないんだろう。


「てかさ、そもそもホテル買うって、いまだによく分かんないんだけど」


「……まあ、普通わかんないよな」


 そりゃそうだ。俺もまだ実感わいてないくらいだし。

 笹塚駅に着いて、駅前を抜け、歩いてホテルへ向かう。

 グレーのシックな外壁にガラス張りの正面玄関。背の高い建物が、思ったより堂々として見える。


「わあ……でっか」


 澪が声を上げた。


 正直、その反応がちょっと嬉しかった。

 なんだかんだで、自分が関わってる場所を「すごい」って言われるの、悪くない。


「よし、行くか」


 俺たちは正面玄関から中へ入った。

 ホテルのロビーは天井が高くて、床は光沢のある大理石風タイル。

 観葉植物が飾ってあって、フロントには制服姿のスタッフが二人。


「おお……なんか、ちゃんとしてる……」


 澪がキョロキョロしながら言う。


「いや、どんなところかなと」


 笑いながら、レストランへと向かう。

 昼は一般客も入れるカジュアルなランチ営業。価格帯はだいたい2000円前後。


「じゃあ、カルボナーラのセットで」


「俺はボロネーゼのセットで」


 二人で注文して、しばらくして料理が運ばれてきた。

 トマトソースの香りと、サラダのシャキシャキした色合いが食欲をそそる。


「おいしそう〜!」


 澪は目を輝かせながら、フォークを手に取った。


「いただきます!」


 一口食べて、満足そうに頷く。


「うん、普通に美味しい!」


 パスタを食べ終わったあと、メニューに目をやった澪が、ちょっと声を弾ませた。


「デザート、食べていい?」


「もちろん。入学祝いだしな」


カルボナーラを食べたばかりなのに別腹だってさ。


 選んだのは、フルーツたっぷりのパンケーキ。

 いちご、バナナ、キウイ、ブルーベリー……上に乗ったホイップとアイスが、なんかもう芸術作品みたいだった。


「えっ、なにこれ、めっちゃ豪華なんだけど!」


 運ばれてきた瞬間、澪が目をまんまるにして喜んでる。


ナイフとフォークでパンケーキを切り分けていく姿は、ちょっと誇らしげで、でも子どもっぽい。

そんな澪を、俺は向かいで見つめながら、つい頬がゆるんでしまった。

 ……こんな風に笑ってくれるなら、買ってよかったのかもしれない。


「美味しいね、これ」


 澪が、嬉しそうにパンケーキを口に運びながら言った。

 フォークの先には、たっぷりのホイップと苺がのっている。

 顔をほころばせるその表情は、さっきより何割か増しで明るい。


「次、ブルーベリーいこう〜」


 澪はパンケーキを切り分けながら、幸せそうに微笑んでいた。

 その向かいで俺は、オレンジジュースを飲みつつ、レストラン内をぐるりと見渡す。

 テーブルの配置もサービスも悪くない。


 料理の質もこの値段(2000円程度)なら十分合格点だ。


 ただ――

 お客の入りは、まあまあ。

 

 今は休日だし、客層は若いカップルやファミリーが中心。


「……いい雰囲気だな」


「ん? なにか言った?」


「いや、いい雰囲気だなって」


「そうだね~」 


食後、お会計を済ませて、俺たちはロビー横にある売店へ立ち寄った。


「うわ、ホテルのお土産コーナーってこんな感じなんだ」


 澪は楽しそうに棚を覗き込んでいる。

 棚には、ホテルオリジナルの焼き菓子やジャム、アロマキャンドルみたいな雑貨も並んでいた。


「なんか、修学旅行みたいでワクワクするね」


「じゃあ、なんか買ってく?」


「うーん……どうしよう。あ、これかわいい」


 澪が手に取ったのは、ホテルロゴ入りの小さなトートバッグ。

 布地の色は落ち着いたネイビーで、ちょっとした外出にちょうどよさそうなサイズ感だった。


「それ、似合いそうじゃん」


「ほんと? じゃあこれにする!」


 レジで会計を済ませて、澪は袋をぎゅっと抱えた。


「ふふ、なんか旅行した気分」


「よかったな。ホテル、楽しんでもらえたなら何より」


「うん。……っていうか、普通にいいホテルだったよ?」


 その一言が、妙に嬉しかった。



「このホテルってプールとかあるの?」


「……いや、ここプールないんだよな」


「えー、残念〜」


 ぷくっと頬をふくらませる澪に、なんとなく笑ってしまった。


「そういや、周りを色々気にしてたね」


 澪が隣で、パンフレットを抱えたまま首をかしげた。


「うん……」

「どうしたの?」


「いや、ちょっとここの経営、ヤバいかもしれなくて……」


「えっ」


 澪が思わず声を上げた。俺は慌てて続ける。


「まだ潰れるとかじゃないけど、正直、余裕があるわけじゃないんだよね。だからさ、改善点ないかな~とか、見て回ってた」


「なるほど……」


 澪が少し黙った。

 その沈黙が、ちょっとだけ苦しかった。


 前に“ホテル買った”なんてカッコつけて言った手前、こうして現実的な話をするのは、なんか気恥ずかしい。

 恥ずかしいけど――ちゃんと向き合わないといけないことでもある。


「ま、今回は細かいこと気にしないで楽しも」


 気取らずに、そう言ってみる。


「笹塚駅近くにゲーセンあったよな。そこ寄ろうか」


「うん!」

澪が笑顔でうなずく。

――なんとか、デートの空気は守れた。


その顔を見て、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。


不安もあるけど、まあ……これから考えていけばいい 。


ChatGPTにも相談してみようかな。

投稿日時を一日間違えて予約しておりました

遅れて申し訳ありません

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