10話 翻訳の先に見えたもの
翌朝、目が覚めた瞬間――もう決まっていた。
「翻訳サービス、今日中に形にする」
英語の参考書を澪に選んだ昨日の帰り道。
“英語が苦手な人が、自分で訳すのは大変だ”ってことが、改めてわかった。
(だったら、俺が訳してあげればいい――)
ChatGPTで訳をして、そこから自然な日本語に整える。
“翻訳AIを使える人間が、使えない人のために、翻訳してあげる”。
そんなシンプルなモデルが、今なら成立する気がした。
朝食を食べ終え、母さんが出かけた後、パソコンの前に座る。
まずChatGPTに相談だ。
>英語の翻訳代行サービスを作りたい。
>利用者は文章を送って、翻訳を受け取る形式。お金を払ってもらう場合、どんな仕組みにすればいい?
【ChatGPT】
《シンプルな翻訳代行サービスは以下の構成が効果的です:
●トップページ:サービス説明・料金案内・注文フォーム
●ユーザーはフォームから依頼内容(英→日/日→英、文章、納期)を送信
●入金確認後、翻訳文を専用フォームで送信
支払い方法はクレジットカード(親名義でPayPal経由)》
「……やっぱ、これはガチでビジネスだな」
サイト名は――「かんたん翻訳屋」
“だれでも頼める、簡単で早い”をコンセプトに、トップページをシンプルに構成した。
【サイト構成】
●サービス内容:
「英語→日本語」「日本語→英語」翻訳します。
●依頼フォーム:
名前(ニックネーム可)/翻訳内容(日本語 or 英語)/備考
●納品形式:
メールにて納品(24時間以内)
「送られてきた文を俺が翻訳して返す……実際、いける気がする」
しかも、ChatGPTを経由して文法や自然な表現などを整えるから、品質も問題ない。
中学生が個人でやってるなんて、誰も思わないだろう。
「とりあえずChat GPTで10件/日くらいまで対応できるな」
次に必要なのは――支払いの仕組み。
>クレカ決済を受ける方法は? 未成年です。
【ChatGPT】
《未成年の場合、自身の名義では難しいため、保護者名義の銀行口座・クレジット契約を利用することになります。
●銀行振込:母親の名義の口座を記載する
●クレカ決済:StripeまたはPayPalに保護者名義で登録し、支払いリンクを作成する》
「やっぱ、母さん頼みだな……」
夜、母さんがテレビを見ながらくつろいでいるタイミングを見計らって、俺は切り出す。
「母さん、またちょっと相談があるんだけど……」
「……今度はなに?」
「“翻訳サービス”を始めたくて、個人で文章を翻訳して返すってやつ。でも、銀行口座とクレカ支払いを用意しないといけなくて……また母さんの口座、使わせてもらってもいいかな?」
「ネットでまたなにかガチャガチャするの?それにまたお金関係!?」
「いや、今回は“ちゃんと手を動かして働く系”だから。詐欺とかじゃなくて、自分でちゃんと訳して返す。完全に副業」
「……副業って、あんた……まだ中3よ?」
「だからこそ、今から始めたいんだって」
母さんは、しばらく黙って俺を見ていた。
「……で、実際それ、もう依頼来てるの?」
「まだ。でも、レシピサイトでアクセス取れてるし、これも同じ路線で地道にやれば、絶対広まる」
「ふぅん……わかった。責任持ってやるなら、いいわよ?」
「もちろん!」
「そのネットで変なことはしないでね」
そうして俺は、正式に母さんの協力を得て、翻訳サービスをスタートさせた。
納品フォーマットも自分で整えた。
ご依頼ありがとうございます。以下、翻訳結果となります。
必要があれば修正対応いたしますので、お気軽にご連絡ください。
(かんたん翻訳屋)
――となると、次に考えなきゃいけないのは「料金設定」だ。
今は試運転だから無料でやってるけど、正式に受けるってなったら、ちゃんと料金を決めないとマズい。
こっちは趣味じゃなくて仕事でやってるし、時間も手間もかかってる。
「でも、中学生のくせに『1回3000円です』とか言ったら、ボッタクリに見えんか……?」
そう思いつつも、ちゃんと調べてみることにした。
まずはChatGPTに聞いてみた。
>2005年当時、日本での翻訳料金の相場はどれくらい?
【ChatGPT】
《日本語→英語(和文英訳)
・一般文書:1文字あたり約15〜25円
英語→日本語(英文和訳)
・一般文書:1ワードあたり約7〜15円
※翻訳者の経験や専門性、納期の緊急度などによって変動します》
「……え、たっか」
思わず口に出た。
1文字15円ってことは、1000文字で15000円……
ていうか、普通のメール1通ですら、2000〜3000円かかる世界線。
「そりゃあ翻訳って高いって言われるわけだ」
しかも、翻訳会社に頼むと、さらに“品質保証”とか“チェック料”で上乗せされるらしい。
だけど、俺は個人――“かんたん翻訳屋”の店主だ。
企業みたいな保証はないけど、安くてちゃんとした翻訳がウリになる。
「よし、方針決定だな」
最初から格安にする必要はない。
でも、“高すぎる”と引かれるから、その中間くらいがちょうどいい。
メモ帳を開きながら、料金の基準を考え始めた。
料金案(仮)
■日本語→英語(和文英訳)
→ 1000文字まで:2000円
→ 追加500文字ごとに+1000円
■英語→日本語(英文和訳)
→ 1000ワードまで:2000円
→ 追加500ワードごとに+1000円
■納期:通常24時間以内
「これなら……ちゃんと“相場より安くて、頼みやすい”って感じ出せるよな」
さらに「初回お試し無料」「学割あります(要申告)」なんかもつければ、ハードルもグッと下がる。
とにかく最初は、“使ってもらうこと”が大事。
(ただ、ChatGPTの存在だけは……内緒、だな)
俺が訳してる、ってことにしておかないと、信頼のベクトルがズレる。
「うん、いい感じ。ちょっと真面目っぽい」
完成したページを保存して、公開準備も完了。
……さて。ここからは、マジで依頼が来るかどうかが勝負だ。
でも、どこかで確信してる。
レシピサイトのときもそうだった。
ちゃんと役に立つものを作れば、必ず誰かが見つけてくれる。
そんな自分に満足してレシピサイトを開いたとき――
「んっ???」
思わず声が漏れた。
次の瞬間、俺はモニターに釘付けになった。
そこに映し出されていたのは、いつも見慣れた白背景のトップページではなかった。
画面いっぱいに広がる、真っ黒な背景。
中央には、どぎつい赤色のフォントで、でかでかとこう書かれていた。
「Hacked by DevilCat」
何だこれ。
一瞬、冗談かと思った。
間違えてフラッシュ倉庫でも開いた? ……いや、ありえない。
それじゃあ――
ガチのハッキング!?
電撃みたいなショックが全身を駆け抜けた。
「うおおおおおおおおおっっっ!!!???」




