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高校の教員として就職してから、住むようになったこの部屋は、1DKの8畳と6畳の部屋だ。
8畳の方にキッチンが付いてるのでリビングとして使い、6畳の方は寝室として使っている。
一人暮らしは長く、引っ越しも何度かしたが、自分の好きな部屋を選べたことも、インテリアを考えられたことも初めてだった。
一番のお気に入りの家具は、二人がけのコットン生地の茶色のソファだ。
そのソファに、高校生が座っている。
なゆは、少し離れて絨毯に置いてあるクッションの上に座っていた。
「どこの高校なの?」
「高校生じゃないよ」
「え?じゃ、大学生?」
「ちがうよ、僕、魔法つかいだから」
「マホウツカイダカラ?」
(ん?なんか聞き間違った?)
「そう、魔法つかいだから!でもこの世界じゃ魔法使えないんだけどね!」
(それは魔法つかいなの?)
咄嗟に浮かんだ考えをかき消して、頭を回転させる。
高校生に見えるこの端正な顔立ちの男の子は、実は高校生ではなくて、魔法の使えない魔法つかい。
そして、なぜかはわからないけど、自分のことをずっと探していて会えて喜んでいる。
そもそも誰なのかわからないし、どこから来たのかもわからないし、なぜ魔法が使えないのに魔法つかいなのかもわからない。
わからないことだらけで混乱する。
「なゆ、大丈夫?」
「わかんないこと多すぎて頭パンクしそう」
「なゆ、おいで」
彼は、ソファから立ち上がって、なゆの隣に座る。両手を広げてなゆを優しく抱きしめる。
「えっと…」
「なゆは、今までいっぱいいろんなこと考えて生きてきたんだね、だから、僕のこともいっぱい考えて答えを出そうとしてる」
よく真面目だと言われ続けてきた。
考えても仕方ないことも考えて、慎重に生きてきた。
「僕はルク。なゆだけの魔法つかいだよ。なゆが嫌なことは絶対にしない。それじゃだめかな」
ルクが抱きしめていた手を緩めて、なゆの顔を覗き込むように話してくる。
真剣な表情だった。
このまま何も考えずに彼に甘やかされたい。
(流されてもいいかなぁ)
「…だめじゃない」
なゆが言うと、ルクは嬉しいと言いながらなゆをもう一度抱きしめて、彼女の頬にキスをした。
「それはやりすぎ…!」
「やりすぎじゃないよ、だいすきだから」
なゆは顔が熱くなるのを感じていた。
「…問題があります」
なゆはルクから少し離れて正座をした。
「え、なになに?怖い話?」
せっかく離れたのにルクが距離を詰めてくる。
きらきらした顔にまだ慣れないので一回目を閉じて一呼吸置く。
ふいに唇に温かい感触があった。柔らかい。
慌てて目を開けると、ルクが顔を離してにっこりした。
「なんで…!キス」
「していいのかなぁって思っちゃった。嫌だった?」
嫌、ではなかった。
(久しぶりの感触だった…)
「嫌じゃなかった…」
「よかった!じゃもう一回していい?」
「それはだめ、あれ?ルクなんか…」
さっきまで、高校生くらいの外見だったのだけれど、少し大人っぽく見えた気がした。
(気のせいかな)
「改めて、問題があります」
「はい!」
「あのね、この世界では、ルクの外見の年齢と私が一緒にいて、…抱き合ったり、…キスしたりしてるとね、問題なんです」
「このままの見た目だと、なゆといちゃいちゃできないってこと?」
「…しなければ、問題はないんだけど…弟とかってことにすれば…」
「それはやだ!」
(いちゃいちゃするのは絶対なんだ…)
ルクの素直な反応に、恥ずかしくなる。
「大丈夫、見た目はなんとかなるから」
ルクが自信満々に言う。
「どうするの?」
「なゆといっぱいキスすればいいの」
「え…?」
なゆは全く理解できなくて思考が止まった。