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「若菜なゆ、23歳。高校の教員、教科は現国を教えてます。休みの日は大体掃除をしてから、読書か映画鑑賞してます。特に人に言える趣味はなくて、特技もありません」
「なゆ、真面目にやってそれなら0点だわ」
頼子が右手をヒラヒラさせて、なし!と評価する。
「そうかしら、読書と映画鑑賞に引っかかる人はいるかもしれないわよ。あたしは20点!」
一方で綾が、点数をくれたが大した点数ではない。どちらにせよ低評価は変わらない。
「もういいよ、合コンの練習とかあほらしい」
最寄りの地下鉄駅から歩いて15分。北海道の郷土料理と地酒、地ビールを出してくれる家族経営の居酒屋に来ていた。頼子の従兄弟が経営しているお店なので、何かあると居心地がよくてついいつもここに来ている。
「諦めんの?まだ早いって!」
頼子が何杯目かの酎ハイを飲みながら、なゆに絡む。
「ちがうわよ、なゆちゃんは彼氏を諦めるんじゃなくて合コンは諦めるって言ってるのよ、ね?」
(どっちもでいいんだけどなぁ…)
「そもそも、元カレも合コンで会った人で結果最悪に終わったから、合コンはもういいよ、いい人に出会える気がしない」
「ああ、五股の元カレね、ほんとあいつ最悪だった」
なゆはあえて思い出したくなくて言わなかったのだが、頼子が抉ってくる。
「そんな奴いるのかしらって思ってたら、なゆちゃんの元カレなんだもん、びっくりしちゃったわよね」
「あーもう、私の元カレの話はいいから、飲もう、ね、ね!」
なゆは居た堪れなくて、話題を強引に変えた。
帰りはいつもバラバラだ。なゆは徒歩。頼子は地下鉄。綾はバスで帰る。三人はいつものように店の前で別れ、なゆは、ほろ酔い気分で家までの道を歩いていた。
23歳彼氏なしってそんなに焦ることなのか。
たしかに一人暮らしだから、寂しいなって思うこともあるけど。
何か自分でアクションを起こしてまでいたらいいなとは、思わないんだよね…
鉄筋のコンクリート四階建の402がなゆの部屋だ。入り口の東側に2台分の駐車場、入り口の隣の居住者専用の駐車場出入り口を入ると6台分の車庫と奥に物置がある。
なゆは車通勤なので東側の駐車場を借りている。
水色のコンパクトカーだ。自分の車を左に見ながら、マンションの入り口に入ろうとした。
(え…だれかいる)
自分の車の前に、高校生くらいの男の子がしゃがんでる。明らかに項垂れていて、体調が悪そうに見えた。
普段高校生を相手に仕事をしている手前、そのままにするわけにいかない気がした。
「あの…大丈夫ですか?」
なゆは少し距離をとっておそるおそる声をかけた。
声をかけた瞬間、男の子が顔を上げる。
さらりと栗色の髪が揺れた。
茶色の瞳に鼻筋の通った端正な顔立ち。
なゆは一瞬彼の美しさに息を呑んだ。
「救急車、呼びますか?」
茶色の瞳はじっとなゆを見たまま、何も言わない。
「あの?」
「なゆ?なゆだ!会いたかったー!」
閑静な住宅街に、声が響き渡る。
なゆは何が起きてるのかよくわからなくなり、混乱した。
「えっ!ちょっと、声、声大きいです!」
「会いに来たんだよ!ずっと探してたんだー!」
全く心当たりのない美少年に勝手に感激されている。声が大きくてとにかく小さくしてほしい。
誰かに見られたらと思うと、焦りが増す。
「と、とにかく中に入ってください!」
こんな誰なのかよくわからない子を家に入れるなんて、なゆは酔い混乱と焦りで正しい判断ができなくなっていた。
「人違いじゃないですか?」
部屋に入ってすぐ、なゆは言った。
後ろを振り返ると彼は玄関で立ったままなゆを見ている。
「どうしたんですか?」
なゆは少しだけ近くに行く。
近づけば近づくほど、彼が長身だと実感する。
なゆも背が高い方だが、彼は180近くはありそうだ。
「人違いじゃない」
悲しそうに言う。悲しそうな顔も見惚れるほど綺麗な顔立ちだ。
「でも、私、あなたのこと知りません」
「なゆが思い出してないだけだよ。絶対思い出させてみせるからここにいさせて」
「ん?どうしてそうなるの」
どういういうことか理解できなくて困る。
「僕がここにいたいから」
「え?」
(え?)
「なゆ、会いたかったよ、だいすき」
(は?)
突然、抱きしめられる。
彼の胸の中に自分の体がぴったり収まる。
心臓の音が聞こえる。
思っているより鼓動が速い。
「こんなにどきどきするのは、なゆにだけだよ」
抱きしめられる力が強くなった。
なゆは、思考を遮断した。
彼が何者かというよりも、
久しぶりに抱きしめられる心地よさを確かめたかった。