怠
三題噺もどき―ごひゃくよんじゅうご。
カーテンが風に揺られる。
リビングのソファに寝転がっている。
開けている窓から風が入り、その度にカーテンの影が揺れて若干鬱陶しくなってきた。視界の中で何かがちらつくのは好きではない。かと言って、窓を閉めるのも面倒なので放置。
扇風機を回しているから、窓を開けなくても涼しんだが、母が開けっ放しで仕事に出たので私もそのままにしている。
「……」
スマホを片手に持ちながら、もう片方の指で操作する。
たいして目的も興味もなく画面をスクロールしていくだけの時間。
少し前まではゲームをしたりアニメを見たりしていたのに、それにすら面倒だと思い始めてきた今日この頃である。何もしたくない。
「……」
しかしそれにも飽きてきて、画面を閉じて伏せてしまう。
旨のあたりに置いたスマホの熱が、ジワリと広がっていく。
だからまぁ、何だと言う感じだが。暑いだけだなこんなん。
それをどかすのももう面倒なので、そのままにしておく。
「……」
時計の針の音だけが聞こえる。
扇風機の音だけが聞こえる。
カーテンの音だけが聞こえる。
「……」
何もしない。
何もしたくない。
「……」
何かしなくては。
何かしたいと思わなくては。
「……」
そうは思っても、言い聞かせても。
結局何もせずに、何もできずに。
仕事を辞めてからアッと言う間に数ヶ月が経っている。
「……」
初めの頃は何も言わなかった母も、最近は何かと小言を言ってくる。
……言われるたびに、あぁ、この人は私のことを理解はしてくれないんだと思ってしまう。今に始まったことじゃないのに、今更それを強く思ってしまう。
「……」
風が吹くたびにカーテンが靡く。
影がちらつき、鬱陶しい。
外からは隣の家の声が聞こえる。
何か口論でもしているのか、高めの声が何かを言っている。隣は割といつもこんな声が聞こえている気がする。二階の自室にいても窓を開けていたら聞こえてくるから、結構大き目の声で話しているんじゃないだろうか……。まぁ、単純に家同士が近いのもあるけど。
時折混じって、皿を置く音も聞こえる。
「……」
時計の針の音が聞こえる。
扇風機の音が聞こえる。
カーテンの音が聞こえる。
―何かが落ちた音が聞こえた。
「……」
何かと思い、スマホを落とさないように手で持ちながら、頭を動かしてみる。
床に紙が広がっていた。
絵はがきか何かだろうか……そのくらいのサイズの紙が5,6枚程。
「……」
確か母が壁に何かを飾っていたはずだ。そういえば、無くなっている。
白黒の、草原とか花とか気球とか犬とか猫とか魚の群れとかクラゲとか。
多分、カラーで撮った写真をあえて白黒に加工したものだろう。ああいうのが好きなのだ、あの人は。静かな風景の写真を好む傾向がある。どこで買ってきたのかは知らないが。
個人的には白黒にするなら、人物を撮ってほしい。不思議と温かみというものが生まれるときがある。高校の時に部活で撮ったことがあったが、アレはなかなかに良い感じに撮れた記憶がある。今はもう撮ることはないだろうが。
「……」
棚の上に置いてあったのを、風が落としたのだろう。
拾った方がいいのだろうけど……今でも風が吹くたびにチラチラと動こうとしているものもある。放置していたら、あっちこっちに飛んでいくかもしれない。それはそれで拾うのが面倒くさそうだ。
「……」
そうは思うが。
体はどうにも動かない。
スマホは熱を失い、ただ冷たいばかりになった。
「……」
時計の針の音がする。
扇風機の音がする。
カーテンの音がする。
「……」
布ずれの音と共に私は姿勢を戻し。
ソファに寝転がる。
スマホを開き、ぼうっと眺める。
今日も無意味に、時間をつぶす。
お題:絵はがき・魚・気球