1:過去を想う
「………で、なんであんたはこんな時間にこんな所にいるの?偶々すれ違ってただけで、実はずっとこの辺りに住んでたとか?」
しばらく笑い合った後、早瀬は当然の疑問をぶつけてきた。
「あぁ、少し恥ずかしいんだが、実は………」
自分がここにいる事情。寝ていた電車を乗り過ごした事、手持ちがタクシー代に足りない事、漫喫でも探して一夜を明かそうとしていた事をかいつまんで説明する。
それら全てを聞き終えた早瀬は―――突然、腹を抱えて笑い始めた。
「あっははははは、そんな事ある!?」
「なっ………わ、笑い過ぎだろ!」
「いや、そりゃ笑うって!そんなラノベか何かの導入みたいな事、本当にする人いたんだ!」
―――言わなきゃ良かった。爆笑する早瀬を見ていると、そんな思いが沸々と湧いてくる。
ついさっきこの女に「無神経」と言われたが、今思い出した。こいつは、当時から人のことを言えない程度には無神経でガサツな奴だった、と。
「………じゃあ俺、漫喫探すからもう行くわ」
「待って待って、ごめんって」
若干苛々した気持ちで背を向けると、早瀬は未だ笑いの止まり切らない息遣いで静止の言葉を投げてくる。
「何だよ、まだ何かあるのか?」
「ごめんってば、そんな拗ねないでよ。せっかく久々にあったんだからさ、一緒にこれ、飲まない?」
そう言って持ち上げられた彼女の手には、大きなコンビニの袋が握られていた。今の話の流れからして、恐らくは酒………なのだろうか。
「………それ、一人で飲む為に買ってきたのか?」
「うん、そのつもりだったんだけどねー。大人になった幼馴染と偶然再会した、となれば一緒に飲むしか無くない?人によるとは思うけど、私は誰かと一緒に飲む方が好きだし」
「そ、そうか………」
内心、ちょっと引いていた。普段あまり酒を飲まないから自分の基準が合っているかは知らないが、彼女の手に提げられた袋には自分の考える一人分の七、八倍は入っているように見える。
(………人は見かけに寄らない、って、こう言う事なんだろうな)
そんな事を考えていると、早瀬は突然少し不安そうに自分の顔を覗き込んできた。
「どうかした?あ、もしかして明日休みじゃない感じ?」
「いや、えぇと………」
あれ、どうだったか。質問に回答を探すが、今の曜日が全く分からない。
「………なぁ、今日って何曜日?」
「?土曜………いや、零時過ぎてるから日曜か」
「日曜………今日、日曜日だったのか」
連日の会社泊まりと徹夜で、曜日感覚が殆ど無くなっていた。そうか、日曜日か………
「………やっぱり、休みじゃなかった?」
「いや、大丈夫。単に曜日を忘れてただけ」
「曜日忘れたって………お爺ちゃんかよ」
軽く肩を小突かれ、笑われる。「同い年だろ」と突っ込もうかと思ったが………なんとなく、出来なかった。
「………どうかしたの?黙って」
「あぁ………いや、何でもない。それより一緒に飲もう、だっけ?俺は休みだから問題ない」
「そか、じゃあ良いや。さ、そんじゃ行きますか」
「行くって………そう言えば、場所は?居酒屋、って訳じゃないよな」
「え?私の家のつもりだったけど………駄目?」
「は?」
唐突に早瀬から飛び出した思わぬ一言に、一瞬思考が停止した。こいつ、何を言っているんだ?
呆れと驚きから呆然としていると、何かを察したらしい彼女はけらけらと笑いながら足を軽く振りながら言う。
「言っとくけど、妙な事したら潰すからね?」
「頼まれてもやらんが、止めろ。想像するだけでもひゅっとする」
「まぁ、あんたなら何もしないだろうとは思って―――って、ちょっと待てい。頼まれてもやらんって何だこら、また足踏むぞこら」
「いや、お前が何もすんなって言ったよな!?」
不満げな顔をして素振りを始めた早瀬から距離を取り、慌てて反論する。
「それは言ったけど、そこまで強く否定されんのも女としての魅力がないって言われた気がしてムカつくんだよ」
「理不尽が過ぎる!」
と言うか、幼馴染とは言え何故十年以上も会っていない異性をここまで信用できるのか。
(………大丈夫なのか、こいつ)
「おーい」
そんな風に心配していると、遠くから呼びかけの声が聞こえる。見ると、早瀬の姿はいつの間にか横断歩道の向こうにあった。
「早く来ないと置いてくぞー」
「はいはい………ったく」
小走りに彼女の後を追いかけ、横に並ぶ。と、横に立った自分の姿を見た瞬間、早瀬は急に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「何だよ、その顔?」
「………ねぇ、もうちょっと後ろ歩いてよ」
「何でだよ」
「あんたが無駄にでかいから、並ぶと相対的に私が小さく見えるじゃん」
「いや、見えると言うかそれはただの事実………痛ってぇ、だから足踏むなっての!」
………とまぁ、そんなことがありつつも。
二人で歩く夜の時間は、終始笑いも会話も絶えず楽しい雰囲気のまま進んで行った。