1:過去と出会う
「………ん」
ふと目を覚ますと、そこは異世界であった。
―――なんて都合の良い事は無く、当然ながらついさっき眠りに落ちた電車の中で目を覚ます。
「………おっと」
自分がいつの間にか横倒しで眠っていた事に気付き、慌てて体を引き起こした。
周囲を見渡すが、眠りに落ちる前と同じで車内に人の気配は無い。見られていなさそうな事に安堵して、そっと胸を撫で下ろす。
『次は――紅葵――紅葵――」
丁度その時、車内アナウンスが流れる。その内容を聞いて、思わず愕然とした。
―――しまった、乗り過ごした。
どうやら、眠っている間に本来降りるべき駅を通り過ぎてしまっていたらしい。寝た時点から少し不安ではあったが、まさか本当に寝過ごすとは。
「………はぁ」
溜め息を吐きながら、どっかりと背もたれに体重をかける。
―――この際、終点まで行ってみようか。
疲れ切っていたせいか、そんな思考が真っ先に飛び出した。
社畜がうたた寝をして電車を乗り過ごすなんて、ラノベか何かの導入でありそうな話だ。このまま終点まで行けば、本当に何かが始まったり………
「………なんて、ある訳ないよな」
あれは空想、ここは現実だ。一緒くたにするものではない。
馬鹿な考えを振り払い、次の駅で降車する。そして改札を出て、財布の中に目をやった。
「………足り………微妙だな、これ」
財布の中身は、正直微妙だった。
タクシー代には多分足りない。だが、漫喫くらいなら何とか入れるだろう。
(仕方ない、探して………)
そう思ってスマホを取り出した、その時。
「………うそ、マジで?」
不意に、真横から声が聞こえた。目を向けると女性が一人、隣で驚愕の表情を浮かべている。
歳は自分と同じかそれ以下、だろうか。やや幼い顔立ちをしているせいか、咥えた煙草が全くと言って良いほど似合っていない。
上下ジャージに分厚い眼鏡、邪魔だとばかりに上げられて後ろで結えられた前髪。何と言うか、締め切り寸前の漫画家のような見た目をしている。
「………………」
そんな彼女は、自分を見て固まっていた。
「えっと………俺、ですか?」
困惑しながら、その女に声をかける。それで女は正気に戻ったらしく、はっとした表情を浮かべて咥えていた煙草を携帯灰皿に放り込んだ。
「ごめん、びっくりして意識飛んでた」
「いや、良いんですけど………俺に何か?」
「あれ、気付いてない?私の事、覚えてないかな」
「覚えて………?」
どこかで会った事があっただろうか。記憶を探りながら女の顔を見ると、昔の友人と良く似ている事に気が付く。
「………もしかして、早瀬か?」
「そうそう、早瀬深月。良かった、覚えてたか」
早瀬深月―――小学生時代の友人。
まさか、こんな所で会うとは思わなかった。現実と空想は違う、と思っていたが存外大差は無いのかも知れない。
「偶然だね、いつぶり?」
「小学校卒業してからだから………十三年か」
「十三年!?マジかぁ………よく気付けたよね、私もあんたも」
「え?いや、俺はともかくとして、お前は殆ど変わってな………痛ってぇ!?」
コンプレックスだったらしく、無言で足を思い切り踏んづけられる。
「そう言うとこ変わんないな、人の地雷をどストレートに踏み抜く無神経さ。しかもわざとじゃないから余計にタチ悪いし」
「分かってるなら、もう少しくらい加減してくんないかなぁ………?足、割とマジで痛いんだけど」
「あんたが悪い、我慢しなさい」
「………ぷっ」
「………ふふ」
そこまで言い合ったところで、お互いに口から笑い声が漏れ出した。
「あはははは!私たち、何も変わってないね」
「だなぁ………十三年も経ってるのに、昔のノリのままで話せるとは思ってなかったよ」
久しく再会した相手だが、不思議と距離を感じない。そうあるのが当然のような空気の中で、自分と早瀬はしばらくの間笑い合った。