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転生先ではロクな未来が見えないのでどうにか打開したい

 まずいと、心底思った。

 何がまずいって転生した先が非常にまずい。


 現実世界で事故で死んだ。それで転生先に好きなゲームを選んだ。

 実際、私の視界には好きなゲームであるファンタジーRPGの始まりの地となる城の広い廊下がある。


 そこまでは良かった。

 廊下に張り巡らされたガラスに反射した私の新しい顔を見た瞬間、青ざめていた。

 黒い髪に金の目、その顔はまさしく、このゲームの諸悪の根源であるスザンナ嬢だ。


 スザンナ嬢は王の側近の一人娘な上に膨大な魔力を持っている。そのこともありこのゲームの主人公であり文武両道なこの国の筆頭騎士でもあるライド王子の婚約候補としてはトップに居る。

 しかしライドは幼馴染であるセリーヌを愛している。そのことに嫉妬したスザンナは攻める機会を伺っていた隣国の呪術師と内通して、呪術に手を染め悪魔を召喚、持っていた膨大な魔力を用いて魔王と契約して破壊の限りを尽くし王国を壊滅させる。


 そして私まで悪魔になって王を殺害、結果復讐の鬼と化したライドによって討伐され、挙句の果てに果てる時にライドに『愛していた』と言っても「貴様の言葉など聞きたくない」と言われメッタ切りにされるという、どう考えてもロクな未来が見えない存在に私はなってしまっている。


 このゲーム自体も好きで私は何周もしているが、正直私はこのキャラに愛着はまったく持っていない。

 にも関わらず、その世界に転生したのはいいとして、何故諸悪の根源に転生しなければならないのかと思うと、これから先の運命を呪った。


 めまいがした。

 ふらっとなった瞬間、誰かに支えられた。


「お嬢様!? 大丈夫ですか?!」


 必死に呼びかける声がした。

 目を開ける。


 ハッとした。

 そこには衛兵の格好をした男がいる。

 間違いない。この男、ゲーム中でライドの忠臣として動くキルシュだ。


 物語序盤から仲間になるし、ライドより遥かに高い戦闘ステータスを持っているためよくゲームでは重宝したし、騎士の中の騎士とすら言える忠誠心と真面目な性格を持っているから、自分にとっての最推しキャラである。


「キルシュ……様……?」

「お嬢様、どこかお加減でも?」


 どうやらキルシュはスザンナの護衛をしているようだ。

 考えてみればキルシュ自体この王国の騎士という設定があったのだから、私の護衛係になっていても不思議ではない。


 胸が高鳴っている。

 自分は今推しキャラに支えられているのだ。それも間近にキルシュの顔がある。


「お嬢様、お顔が真っ赤になられております。やはりお加減が……?」


 キルシュが心配そうに見ている。

 どうやら、本気で私はキルシュに惚れたらしい。


「い、いえいえいえ! だ、だ、だ、大丈夫です!」


 すぐさまキルシュから少し離れて、全身を見た。

 筋肉こそしっかりついているが、マッチョという感じではない。均等に鍛え上げられた身体にかなり端正な顔立ち。


 うん、わかった。私は惚れた。間違いなく惚れた。


 そう思った瞬間、視界が反転した。

 いつの間にか、私は城の天井を見ていた。




「う、うん……?」


 ベッドで寝かされていることに気づいたのは、夜になってからだった。


「お嬢様!」

「スザンヌ!」


 二人の男性の声がした。

 ぼうとした頭で状況を整理する。


 そうだ。キルシュに惚れたあまりに気絶したのだ。それでどうやら寝かされていたらしい。


「お嬢様、お加減は?!」


 キルシュが必死に声を掛けてくる。

 それだけでまた倒れそうになるほど心臓の高鳴りを感じるが、無理やり私は自分を落ち着かせた。


「え、ええ、もう大丈夫」

「医師の話では、疲労からくるものだろうとのことだった。やはり、疲れているのか?」


 金髪の青年が話しかけてきた。

 ライドだ。確かにこの男も端正な顔立ちだ。


 後ろには衛兵が二人つき、背中にはロングソードを背負っていた。


「そうですね、少し、疲れたのかもしれません」

「そうだな。起きて早々暗い話になるけど、俺は今からモンスター討伐に出向くことになった。少し城を留守にするだろう。その間に隣国が攻めてこないか、それが心配だ」


 確かこのモンスター討伐がバトルチュートリアルだったはずだ。

 ということはこのモンスター討伐の間に隣国の呪術師が私に接触してくる。

 それで契約を飲んだ自分が破滅する、というのが本来の筋書きだ。


 ここが自分にとっての分水嶺と言えるだろう。

 正直私には原作と違って権力欲も嫉妬もない。というか、正直言うとライドには今は城に暮らしている正ヒロインであるセリーヌとくっついて欲しい。

 頼れるものは……いた。


「ならば、キルシュを私の護衛として残してくださいませんか?」

「分かった、そうしよう。キルシュ、スザンヌを頼む」

「承知しました」


 それから少しして、ライドは部屋を出た。

 少ししてから、私は部屋の外に出ることにした。

 どうしても見ておきたいイベントがこの後あるからだ。


 部屋の前にはキルシュがおり、一礼された。


「お嬢様、どちらへ?」

「少し用を足しに。その後、少し風に当たりに行こうと思います」

「承知いたしました」


 言うと、侍女が一人付いてきた。

 やはりトイレにまで付いてくるのは異性だからキルシュは遠慮したのだろう。


 そう思った時、バルコニーの方でふと声がした。


「……戦争になるの?」


 女性の声だ。

 ちらと見ると、月に銀髪が映える美少女だ。

 間違いない。正ヒロインであるセリーヌだ。

 確かにこう見ると美人である。


 その隣にはライドがいた。


「隣国はいつでも攻め込めるようにしている。今回のモンスターも、ひょっとしたら奴らの差金かもしれない。俺にはそう思えてならないんだ」

「ライド、貴方に何かあったら……」

「俺は、大丈夫だよ」


 そう言うと同時に、ライドはセリーヌに手を伸ばそうとして、やめた。


「行ってくる。すぐ帰ってくるさ」


 そう言って、ライドは静かに私と反対方向に去っていった。

 セリーヌの方も、遠ざかっていくライドをじっと見つめている。


 じれったい。

 なんと甘い恋なのだろう。互いに早くくっつけばいいものを……!


 そしてこのイベントシーンが私は見たかったのだ。

 この二人の静かな恋の始まり。燃える。実に燃える。

 これだけでもこの世界に来た価値あったー! そう思えるくらいだ。


 それだけ見たら、ふとため息が出た。


「おや、嫉妬しているのですか?」


 ん? 侍女から少し邪気を感じるような声がした気が……。

 そう思うと、横にいた侍女の姿がゆらりと揺らいで、黒いローブで全身に身を隠した呪術師になっていた。


「呪術師……!」

「あなたの魔力は素晴らしい。それがあれば、あの女より遥かな高みに行くことができるでしょう。それに貴方の好きな王子を振り向かせる方法がございますよ」


 含み笑いをしながら、呪術師が言ってきた。

 安っぽいなぁと、なんとなく感じた。


 が、ここは自分の安寧のためだ。

 そう思ったら、悲鳴を上げていた。


 呪術師が怯んだその瞬間だった。

 先程まで呪術師が立っていた場所にキルシュが双剣を抜いて立っていた。

 そして、真っ二つに割れた呪術師は、霧のように消えた。


「お怪我はござりませんか、お嬢様!」


 キルシュだ。やはり、キルシュが助けてくれた。

 キルシュは自分を心配してくれていた。それは瞳からよくわかった。


「スザンヌ様!」


 セリーヌもこちらに寄ってくる。

 近くで見ると確かに美人! ライドとは実に美男美女カップルだ。くっつけたいと本気で感じる。


「今のはいったい……」

「隣国の呪術師です。私をはめようとしたみたいですが、そうは行きません」


 そう、あくまでも私は私の安寧を何よりも望んでいる。

 八つ裂きにされる未来など御免被る。


 そしてすぐさま呪術師侵入の報が伝わり、私やキルシュ、近くにいたセリーヌも含めての会議が行われた。


 それからすぐのことだった。

 隣国の呪術師は魔法の力が少ないにも関わらず魔王を召喚。

 ライド率いる討伐パーティが組まれることになったのだが、そのパーティの中に私はいた。

 原作ではあり得ない展開だが、非常に心が踊った。


 ジョブは魔法使い。いわば後衛だ。

 しかし、ゲーム内で出会っていた仲間と現実で過ごす感覚は実に魅力で、同時に、生きているのだと実感できた。


 それからしばらくして、魔王は討伐された。当然、私が討伐されることはなかった。

 むしろ私は英雄の一人として讃えられた。


 そんな時から三年が経ち、ライドは私が推しまくったこともあってセリーヌと結婚し、そして私は、キルシュと結婚した。


「お嬢さ……いや、スザンヌ」


 あの魔王討伐で私とキルシュは仲を深めたが、時々キルシュが私を「お嬢様」と呼んでは訂正することが日常茶飯事だ。

 それもそれで悪くない。どこまでも不器用で、どこまでも精一杯に力を尽くす。

 だから私はこの男に惚れたのだと、思えることが出来た。


「はい、なんでしょ、私の旦那様」


 私は意地悪く、にっと笑った。

 キルシュは苦笑する。


 互いに見つめ合っていた。

 思えばライド達も、こういう甘い恋をしているのだろうか。


 そんなことを考えながら、城近くに作った家の庭園で紅茶をすすった。


 二人で作った茶葉で出来た、甘い紅茶。

 いい香りがする。

 ほのかな恋の香りがした気がした。


(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] もしも自分がスザンヌと同じ境遇だとしたら、こんなふうになりたいと思えるような理想的な展開で楽しかったです。 すでに周りに嫌われている等、どうやっても取り返しのつかない状況でスタートしていた…
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