16歳の彼ら
それから師匠に習って受け流しを習得したリアは、同世代の中でも優秀な騎士と言われるようになってゆく。彼女は同僚と初めての実地演習を迎えた。
薬師として働いていたルイは、診療所に働きに出なくはなったものの、王城で仕事をし、定期的に仲間たちと手紙のやり取りもしていた。
王国暦1118年。
王子たちが16歳になり、戴冠の儀が2年後に迫ったころ。
王国騎士団の訓練室にて、リアミルナ・エレストリはルイヴィン・エレストリとして騎士団員と共に日々武術の腕を磨いていた。騎士団では、出自は重視されないため王族であるリアもその他の団員と対等に扱われている。入団したてのころは遠慮していた団員たちも、現在は気兼ねなく話しかけるようになっていた。
「ルイ!手合わせ、もう一本やろうぜ!」
大きな黒い瞳を輝かせてニ本目の手合わせを申し込んでいるフェムル。彼の体力は無尽蔵で、常に動き回っているくらいだ。極めて元気な男である。リアの同期だが一つ下の彼は、リアにはかわいい大型犬と重なって見えたりする。
「さっきしたばかりだろ。ルイにもお前にも、休憩が必要じゃないか?」
先程まで素振りをしていた男がこちらにゆっくり歩いてくる。緑の切長な眼がちらりとこちらを見やった。副団長のみが身につける事を許されている銀のバッチが胸元に光っている。
リアはこちらを気遣う視線から逃げるように目を閉じて、肩をすくめて微かに笑う。後頭部で結えられた金糸の髪がさらりと揺れた。
「いや、私はかまわない」
「…たまには休んだ方がいい。やり過ぎは身体に毒だ。な?フェムル」
「…ちぇ。副団長様が言うなら仕方ないな。ルイ、ちょっと休憩しようぜ」
「お、おい!その呼び方は…やめてくれ」
フェムルは腕を組んでニヤニヤしながら男を揶揄う。切長なはずの目を丸くして驚き、わたわたと照れている男はつい先日副団長に就任したエリアスだ。リアとフェムルの師匠でもある。弟子として習い始めた当初は二人とも丁寧な態度で彼に接していたのだが、後にエリアス本人の希望で気安く話すようになっていた。
どうやら彼は祝いの宴で延々と功績を褒め称えられ、一晩中大騒ぎされたことを思い出したらしい。宴の時も団員たちから副団長様!副団長様!と何度も何度も呼ばれて、恥ずかしそうに縮こまっていた。
普段は年長者らしく大人っぽい落ち着いた雰囲気を纏っているエリアスがたまに見せる年相応な顔を、リアは個人的に好ましく思っている。だからリアもフェムルに合わせて畳み掛けた。
「事実だろう?史上初の18歳で副団長就任だ。皆嬉しいんだ」
「何というか…その、むず痒いな…」
「すぐ慣れるだろ!な!エリアス副団長!」
「そうだといいのだがな…はぁ。とりあえず、お前たち!ちゃんと水分補給はするように」
「「はーい」」
エリアスは顔を手で仰ぎながら歩いて行ってしまった。その途中、他の団員にも声を掛けられている様子がしばらく見えた。その度にエリアスはあたふたして照れている。
「ああいう反応するから、みんな面白がって言うのにな」
「そうだな。本人は気づいていなさそうだが………ところでフェムル、お腹空かないか」
フェムルとリアは普段からよく行動を共にしていた。今日は確か食堂で限定メニューが振る舞われているらしい。リアは以前フェムルが食べたいと言っていたのを思い出した。
「空いた!早めの夕食にするか?あ、でもその前に湯浴みしようぜ!汗かいたからな」
「………あ、いや。それは遠慮しておく」
「…そうか?じゃあ先に飯食べにいくか?」
「そうしてもらえると助かる…すまないな」
「気にすんな、浴場はずっと開いてるから湯浴みはいつでもできるしな!限定メニューが売り切れる方が困る!」
冗談ぽくそう言って、フェムルは白い歯を見せて満面の笑みを浮かべた。そしてぐっと、親指を立ててこちらに向けている。沈んだ顔をしていたリアは、そんなフェムルを見て安心したように頷いた。
いくら仲が良くても、一緒に湯浴みをすることなどできるわけもない。リアは女なのだから。今回のように本当の性別が露呈しかねない誘いは入団当時から幾度となく断り続けていることを思うと、リアの顔はどうしても苦々しく歪んでしまうのだった。
同日、王城のルイの部屋にて。現在、ルイヴィン・エレストリは、リアミルナ・エレストリとして生きている。成長期を迎えてからのルイは人目を避けて、部屋に篭るようになっている。
「リア様!いらっしゃいますか?」
読書に集中していたルイは、突如聞こえた侍女の声に驚いて声をあげそうになった。何とか声を抑えたルイは冷や汗をかきながら、背筋を伸ばして喉に触れて慎重に息を吸い込んだ。
「…っはい!何の御用でしょう?」
女だと聞き間違えるかのような声が、廊下に響いた。
「解熱剤と傷薬の調薬をお願いできますか?と王城仕えの医師からの伝言を承りました」
「分かりました。すぐに用意します。30分後に取りに来て下さいますか?廊下に置いておきますので」
「………はい。承知しました」
侍女の足音が遠のくのを確認してから、ルイは肩を落として溜息をついた。ウェーブがかかった金の長い髪が、ぱさりと肩から落ちる。細く艶やかな髪が流れる様は、どこか儚げだった。
「…あー、あー。んんっ………はぁ。
流石に裏声はしんどいな…女物の服も似合わなくなったし…」
身に纏っている薄桃色のローブは、なんとか体格を隠せないかと考えて購入したものだが、やはり女らしい華奢さはなく、少し骨張っているように見える。
数年前から、ルイは外に出て人と接触する事を避けていた。成長した身体、変化した声。入れ替わりの真実が露見する事を恐れるが故の行動だった。部屋に籠る前は王都にある診療所で働いていたのだが、現在は家でできる仕事のみ割り当ててもらっている。
その日の夜。リアとルイは、ルイの自室に集まって話をしていた。
「…これも、そろそろ限界じゃない?」
「互いの希望を通そうとした結果だろうが…それには同意せざるを得ないな」
「さすがに無茶だって、父上は分からないのかな…」
「きっと、今更後には引けないんだ。私はもう、騎士団に入ってしまっている」
二人の整った顔には、明らかな疲れと陰りが見てとれた。己の性別を偽って生きることに限界を感じているのだ。それに追い討ちをかけるかのように王子はあと2年で戴冠を迎え、それよりも前に王女は他国、または自国の有力貴族に嫁ぐことになっていた。
「僕が嫁ぐなんて無理だよ…バレるに決まってる」
「……もとの立場に戻るしかないだろうな。それも、あまり現実的ではないが」
「…けど、背に腹は変えられないよ。やってみようかな、それ」
「ばか。武術に触れずに育ったお前が、たった1、2年で私の腕に並ぼうと言うのも難しい話だろう。それに私も、お前ほど賢くなれる気がしないからな…」
その言葉を最後に部屋には沈黙が流れた。リアは苦い表情を浮かべて腰に下げた剣の柄頭を撫で、ルイは俯いたまま指に髪を絡ませている。
他の騎士団員とは毛色の異なる、回避や受け流しを得意とする軽やかなリアの剣術に魅入られた人も多い。既に彼女は騎士団内の重要な人物の一人となっていた。
ルイも薬師として認められて、次は医師資格の取得を目指して勉強しているところだった。彼が人目を避けるようになってから仕事は減っている。それでも知識が豊富な彼を頼る人は多いのだ。
彼らはそれぞれ、既に自分の立場と仕事を手に入れてしまっていた。誰にも知られずに再び入れ替わることは容易ではない。
「…でも、何もしなかったら変わらない。今度稽古をつけてよ。僕も勉強教えるから」
「……分かった。では、来週の夜でどうだ?」
「うん、大丈夫」
「了解。おやすみ、ルイ」
「おやすみ、リア」
挨拶をして、リアはルイの部屋から出て行った。二人は定期的に会う時間を作り、人目がないときは取り繕うことなく互いの名前を呼び合うと決めていた。
自分の姉弟の名が自分の名として呼ばれ続けている歪な環境の中で、自分が『本当は誰なのか』を忘れないようにするために。




