別れ
リアに師匠ができたのとほぼ同時期のことだ。
ルイはその日の製薬の仕事を終えて、アンナと温室の世話をしていた。ルイが植物の状態を確かめては紙に記入していく。そこから少し離れたところでアンナは水やりをしていた。
そんな時、ふとアンナがこちらを見た。そして首を傾げながら、じっとルイを見つめている。ルイはなんとなく気まずく感じて、目を逸らしながら問いかけた。
「ど、どうしたの?」
「…リア。少し気になったのですけれど。あなた、筋力トレーニングでも始めました?」
「…なぜ?」
「…なんというか、体格がしっかりしたように見えまして」
ルイは頭が真っ白になった。停止しそうになる思考を必死に働かせて、なんとか誤魔化す言葉を捻り出す。
「…………………ここの仕事は、重労働も多いから、じゃないかな」
「…なるほど。リアは筋肉がつきやすいのかもしれませんね。」
うんうん、と納得したように一人で頷いているアンナ。自分の性別に疑問を持たれることは防いだものの、ルイは冷や汗が止まらなかった。それから先のアンナの話は、全く頭に入ってこなかった。
またそれからしばらく経った頃だった。
「リア!右の棚にある薬草取ってください!」
「はい!」
答えた自分の声がこれまでより僅かに低く、掠れていることに気づいた。一瞬、薬草を取り出そうとしていた手が止まった。己の変化に恐怖を感じたものの、それを悟られないように薬草を手渡した。
ルイは成長期を迎えつつあったのだ。これまでは中性的な顔立ちや低めの背丈のお陰で少女のように見えていたが、これからはそうはいかなくなる。既にアンナに体格について触れられてしまっている。恐らく、これから先は女だと偽って働き続けることが不可能になるだろう。
その日の仕事終わりに、ルイは院長と話をするために院長室に向かうことにした。少しの間躊躇ったが、深呼吸をして大きな木製の扉を叩いた。
「…院長。リアミルナ・エレストリです。相談したことがあって伺いました。」
「お入りなさい」
いつもと変わらない院長の凛々しい声が扉の向こうから聞こえた。ルイはゆっくりと扉を開けて入室する。入室して以降、俯いて何も言わないルイを見て、院長は手に持っていた書類を置いた。そして、僅かに眉を顰めて問いかける。
「それで、何の用です?」
「……院長。しばらく、休暇をいただけませんか」
そう言ったルイの声は、ひどく沈んでいた。普段のような朗らかさは見られない。院長は表情を変えないままルイを見つめていた。
「…どれくらいの期間ですか?」
「……………分かり、ません」
「………どうして休みたいのです?」
「…………体調が、よくないのです」
院長の質問に、消えいりそうな声でルイは答えた。俯いて微かに震えているルイの様子に、院長は深くため息をついた。
「顔をあげなさい。……深くは触れませんが、私が医者であることはよく覚えておくように。…当面の間在宅勤務という形では不満ですか」
「…在宅、ですか」
「ええ。主に緊急性のない製薬作業をお願いすることになるかと。つい最近あなたは正式に薬師となりましたから、問題はありません」
それは、ルイにとってはありがたい提案だった。仕事は辞めずに、秘密も守ることができる。
「…是非、させてください。お願いします」
ルイは勢いよく頭を下げた。院長は静かに頷いて、手続きに必要な書類を用意し始めた。書類にペンを走らせながら、院長はルイにあることを確認した。
「皆には家の事情だと伝えておきますが、よろしいですね」
「……はい」
ルイは微かに頷いた。体調が良くないという嘘は見抜かれていたようだ。それなのになぜ院長は在宅勤務を認めたのか。疑問を抱きつつも、お辞儀したのち院長室を後にした。
後日、ルイは持ち込んでいた道具を全てまとめて、ひっそり診療所を立ち去った。アンナを含め、診療所で働いていた人たちは、彼の事情を直筆の置き手紙によって知ることとなる。
「『私は諸事情により、城に戻らなくてはならなくなりました。申し訳ありません。診療所のために城で出来る仕事は続けていくつもりです。よろしくお願い致します』……リア」
アンナは綺麗な字で書かれた文章をゆっくり目で追った。その内容を理解するにつれて文字がぼやけて、霞んで見えてくる。
「…どうして、あなたも何も言わずに離れていってしまったの…?」
一筋の涙を流しながら、アンナは顔を上に向けて震える声で呟いた。彼女の手は胸元で硬く握りしめられていた。




