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進歩

 リアが騎士団に入団し、ルイが見習い薬師として働き始めて約1年が経過した。13歳になったルイとリアは、それぞれの居場所に馴染みつつあった。



 ある日、騎士団の訓練所にて、リアとフェムルは手合わせをしていた。木製の訓練用の剣がぶつかり合う音が何度も鳴り響いている。


「はぁっ!」


 リアは訓練用の剣をフェムルに向けて、縦に振り下ろす。フェムルはその剣をしっかりと受け止めた。


「…ぅおりゃ!………っと!!」


 しばらくの鍔迫り合いののち、フェムルはリアの剣を思い切り押し返す。


「…くっ!」


 リアは勢いに負けて体勢を崩し、尻餅をついてしまう。右手から訓練用の剣が弾き飛ばされいる。それが手合わせの決着だった。フェムルはふふん、と鼻を鳴らして自慢げにリアを見下ろしている。


「まーた、俺の勝ちだな!」



 そんな様子のフェムルをむっすりして見上げるリア。深いため息をついた後、砂埃を払いながら立ち上がった。


「馬鹿力め」


 ぼそりと呟いた声は、フェムルには聞こえていなかった。どうした?と無邪気に問う声に、なんでもないと答える。フェムルは特に気にすることなく話し続ける。


「なあ、休憩しないか?俺、腹減ったんだよな」


「分かった。じゃあ少し休もう」



 朝から夢中で打ち合っていたら、昼時になっていたらしい。なるほどお腹も空くはずだ。リアとフェムルは頷き合い、訓練所の隅のベンチに歩いて行った。



「ルイ、大丈夫か?剣技は凄いけど、力が足りてないだろ。しっかり食べてるのか?」


「…食べてる」


 持参していたパンを齧りながら喋るフェムルに呆れながらリアは答えた。己の腕力には限界があることに、リアは気づき始めていた。きっとどれだけ努力しても、男たちに並ぶ程の腕力を手に入れることはできないだろう。だから剣技を磨くことに力を入れているのだ。



「2年後には実践訓練が始まるんだから、今のうちに鍛えとかないと怪我するぞ?」


「言われなくても分かっている。フェムルこそ後先考えずに行動する癖を直さないと、危険だと思うが?」


「う。分かってるよ…」


 苦々しく答えて最後の一口を頬張ったフェムルを横目に見つつ、リアもパンを齧った。食べた分がそのまま力になればいいのにな、と心の中で嗤いながら。


 現在は二人は訓練生という立場であり、任務に出る事はない。しかし2年後には、実践訓練として現役の騎士団員と共に任務に出ることになっていた。警備や賊退治など、その仕事は多岐に渡る。己の身を守るために、今のうちに実力をつけなければならないのだ。

 休憩のあと暫くは二人で訓練していたが、フェムルが他の団員に呼び出されたところでお開きとなった。


 

 その夜。リアが宿舎の裏で素振りと筋力トレーニングを繰り返していると、ある男に声を掛けられた。穏やかで涼しげ声が木の影から聞こえる。


「やあ。精が出るな、ルイ」


「……エリアス、さん」


 すっと整った顔立ちに、切れ長の緑の瞳と優しげな笑み。リアとフェムルの二つ前の代に入団した、エリアス・レイモンドだった。これまで彼と直接関わったことはなかったが、彼は細かい所で気がきく人当たりの良い性格だと聞いている。そのため男女問わず人気なのだとか。


「覚えてくれていたのか、嬉しいな」


  エリアスは人好きしそうな柔らかい笑顔を浮かべて言った。以前女性から恋文を押し付けられたことを同僚に揶揄われているのを見たことがあったが、なるほどこれは確かに。


(熱烈な女性が現れるわけだ)


 密かに納得しながらリアは無難に答える。


「貴方の強さは騎士団内でも話題になっているので」


「はは、それはありがたい」


 エリアスは笑顔のまま答える。彼の実力はかなりのもので、数年経てば副団長に就任できるのではないか、と噂になっているくらいだ。そのような人間が、なぜ夜の宿舎裏に現れるのだろうか。


「…それより、何の用でここに?」


 何気なく問いかけたつもりが、声色に微かな不信感が滲んでしまっていた。そんなリアの様子を気に留めることもなく、エリアスは平然と答える。


「君に、助言をしようかと」


「………私に?」


 これまではすれ違えば挨拶する程度の関わりしかなかったというのに、どうしていきなり。リアは先ほどから困惑を隠せず、首を傾げながら問いかけた。エリアスは落ち着いた声色でリアの悩みを言い当てた。


「腕力不足に悩んでいるだろう?」


「…何故、それを」


 驚きのあまり、なんとか絞り出した声は掠れている。この悩みはフェムル以外には、誰にも話していなかったはずだ。性差が起因する問題であるため、自分の秘密の核心に迫られているような肝が冷える心地がする。だから、人に相談することを避けていたというのに。


「すまないな。フェムルとの手合わせを見させてもらった」


「…ああ」


 リアは頷く。確かにあれを見ていたのならば、すぐに分かるだろう。リアの敗因はそれほど明白だった。


「力に力で対抗出来ないならば、技で対抗すれば良い」


「力に、技で…」


リアは目を見開き、呟いた。それは、これまでの自分には無い発想だった。エリアスはふっと優しく笑う。そのあと僅かに首を傾けて、リアに悪戯っぽく問いかけた。


「俺と打ち合ってみないか?良いものを見せよう」


「…はい。お願いします」


 礼をして向き合い、両者訓練用の剣を構えた。エリアスの瞳が鋭さを増す。それに釣られてリアも気を引き締め、剣を握り直した。宿舎裏に緊迫した空気が流れている。


「全力で、向かってくるんだ」


 エリアスが挑発するかのように言う。普段よりも少し低い声が流れる空気を微かに揺らした。

それが、始めの合図となる。


「はぁっ!!」


 リアは思い切り踏み込み、体重を乗せてエリアスに斬りかかる。エリアスがリアの剣を受け止めた。その瞬間、エリアスは少し片足を後ろに下げて、剣をずらす。体重を乗せて斬りかかっていたリアはそのまま体勢を崩した。


(今のは…!?)


 リアが驚いて大きく目を見開いた一方でエリアスは涼しい表情を崩さないままだ。そしてリアの脇腹に軽く一撃を入れた。鈍い痛みを感じたリアが呻く。


「いっ…つぅ!」


「おつかれさま。今のが何か分かった?」


 エリアスが静かに問いかけてくる。攻撃を受けた場所を手でさすっていたリアも、姿勢を正して答えた。


「…私の勢いを殺された、のでしょうか」


 リアの答えに満足したのか、エリアスは軽く頷いて続ける。


「これは受け流し、だ。相手の力を正面から受け止めるのではなくて、別方向に逃がす。そうすると相手は体勢を崩すから、隙が生まれる」


「なるほど」


 確かに受け止められることを前提に動いていたら、対応できなかった。これならば腕力がなくとも戦っていけるかもしれない。リアはうずうずしてきていた。


「対策を取られると通用しなくなるし、立ち回りにも工夫が必要になるが、君には合った戦い方だと思う」


エリアスはそわそわし始めたリアを見て微笑みながら、そう締めくくった。


「ありがとうございました!」


 リアは目を輝かせながら礼を述べた。受け流しを身につけ、新しい戦い方を考えよう。やりたい事が沢山浮かんできたリアはとてもいきいきしていた。だが、一つ懸念があった。自分の周囲に受け流しを使う人間は居ないのだ。


(独学?いや。それも悪くはないが、基礎は誰かに見てもらえた方が良い……)


「いえいえ。役に立てたならよかった。ただ、やり過ぎは禁物だ。適度に休むように。じゃあ、おやすみ」


「待ってください!」


「…ど、どうした?」


 リアは宿舎に戻っていこうとするエリアスの腕を掴んで引き留めた。驚きを隠せない表情のエリアス。戸惑いながらリアに微笑み掛けた。つい勢いで行動してしまったリアは己の失態に気づいて視線を彷徨わせたのち、覚悟を決めてエリアスを見つめた。


「…私の師匠になって、ください!受け流しを、教えてください!」


「…え」


 普段は大人しく、無愛想でフェムル以外の団員と積極的に関わろうとしなかったリアが腕を掴んで引き留めて、教えを乞うために頭を下げている。エリアスは切長の緑の目を大きく見開いた。そしてリアの真っ直ぐな蒼の瞳をしばらく見たのち、ゆっくり目を閉じて頷いた。


「………ああ。分かった」


 不安げだったリアの顔がパァと明るくなる。エリアスは後輩の喜ぶ姿を、目を細めて見守っていた。


「ありがとうございます!」


 珍しく満面の笑みを浮かべて礼を述べるリア。その声も少しうわずっているように感じる。普段大人ぶっているようにも見える子供の可愛らしい一面に、エリアスも笑みが溢れた。


「こちらこそ、これからよろしく頼むよ」


 その後、リアの師匠になった事を知ったフェムルにも稽古を強請られるようになり、いつの間にか彼は2人の弟子を抱えることになるのである。

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