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ふたりの門出

 王国暦1114年。王子たちは12歳になっていた。


 王子は、騎士団に入団する年齢である。


「髪よし。服装よし」


 姿見の前に立ち、身だしなみを確認しているのは、リアミルナ・エレストリ。彼女は王子ルイヴィン・エレストリとして、騎士団に入団することになっている。そのため、王国騎士団の制服を間に纏っていた。濃紺の生地に銀の釦。彼女の髪も、それに合わせて銀の髪紐で纏められている。


「準備できたか?」


 部屋の外から国王の声が聞こえた。不安な気持ちを隠しきれていない、こちらの様子を伺うような声色だった。これからリアは王城を離れて騎士団の仲間と共に生活することとなる。不安に思うのも、無理はない。


「はい。父上」


 そんな父を安心させるように、リアは堂々と返事をする。背筋を伸ばして部屋のドアを開けると、国王夫妻だけでなく、ルイも立っていた。家族皆に見送られることになったリアは照れ臭そうに微笑んだ。


「…お気をつけください」


 ルイはドレスの裾を摘み、膝を軽く曲げて優雅にお辞儀をする。緩くウェーブのかかった金の髪がふわりと揺れていた。他人の目を警戒してか、王女としての見送りだった。素のルイに見送ってもらえない事は少し残念だが、それは彼も同じだろう。


「ああ。そちらも、今日から研修に出るのだろう?気をつけて」


「はい」


 リアの言葉を受けたルイが嬉しそうにへにゃりと笑った。気の抜けるような笑い方は、昔から変わらない。リアも微かに微笑んで、姿勢を正す。


「では、行って参ります」


そうして、リアの新生活が幕を開けた。


 王国騎士団は王城のすぐ左隣に広大な敷地を構えている。訓練所、騎士団員の宿舎、食堂、浴室など様々な施設が敷地内に存在する。今日の入団式は、大講堂で行われることになっている。普段は戦術の講義が開かれている場所らしい。


 ステンドグラスを通る光が大講堂内を美しく照らしていた。中心の講壇を囲むように、木製の長い焦茶のテーブルと3人掛けの長椅子が半円状に並んでいる。まだ人の少ない静かな講堂内へ歩みを進めると、石材の床を踏む軽い足音が響きわたった。


「…大講堂は、初めて入ったな」


 幼い頃から訓練所には入り浸っていたリアだが、大講堂には一度も入った事がなかった。その広さと美しさに驚き、あたりを見回しながら歩いている。


 入団式の座席は自由だと聞いていたので、適当な場所を選んで腰掛ける。机の上に置かれていた資料に目を通していると、斜め上から明るい声が降ってきた。


「隣、いいか?」


 リアが資料から目を離して顔を上げると、焦茶の髪と丸い瞳を持つ少年が、すぐ近くに立っていた。人懐っこい笑顔を浮かべて首を傾げている。少年も真新しい濃紺の制服に身を包んでいた。つまりは彼も新団員という事である。


「…どうぞ」


「ありがとな!」


 リアはすっと奥の方にずれる。少年はそれを見て、パァと満面の笑みを浮かべて礼を述べた。そして3人掛けの長椅子に、半人分の隙間を残して座った。少年は、にこにこしながらリアに名乗った。


「俺、フェムル・オーヴァ。お前は?」

「…ルイヴィン・エレストリ。長いから、ルイと呼んでくれ」


 オーヴァは、確か地方の小領主の家名だったはずだ。恐らく王家の人間を見たことがないのだろう。だから話しかけてくれたのだ。王子の顔を知っている者たちは、道を譲ることはあっても、自分から話しかけてくることはなかった。騎士団内では身分の差は関係ないと言うものの、やはり皆気が引けるのだろう。


「……お、王子様じゃん!失礼なこと言ったな…申し訳ございません」


 フェムルは顔を青くして謝罪した。その額には冷や汗も浮かんでいるように見える。自国の王子に対して気安く話しかけているなど、思いもしなかったのだろう。しかしリアは、その気安さが心地よかった。焦っているフェムルの様子を見て、可笑しそうに笑った。


「構わない。むしろもっと気楽に接して欲しいくらいだ」


「…そう?じゃあよろしくな!ルイ!」


 リアの言葉に安心したのか、フェムルは再び満面の笑みを浮かべて手を差し出した。リアはそれを握り返しながら微かに笑う。彼の素直さと切り替えの速さが、どこか面白かった。

 そして、礼儀はありつつも身分を意識させない彼の平等な振る舞いが、リアには好ましく映った。



 同日。


 王都にある国家認定診療所で、ルイヴィン・エレストリは薬師の研修を受けていた。もちろんリアミルナ・エレストリの名を使っている。


「おはようございます、リアミルナ。ここでは貴女を王女としては扱いません。見習い薬師の一人です」


「はい。心得ております」


 真剣な顔でルイは頷く。ここは怪我や病気の人を助ける為の診療所。王城ではないのだから当然のことだ。


「よろしい。では、本日は薬草を育てている温室と倉庫の案内をします。そののちに他の薬師と共に傷薬と解熱剤を作って頂きます」


 きびきびとルイに説明をしているのは、この診療所の院長だ。40歳ほどの女性で、とても厳しい人だが腕は確かであり、部下からの信頼も厚いようだ。


 この診療所は治療技術を正式に国家に認められており、王国一の施設を所有している。ちょうど先日、国家から受け取った補助金で病床数を増やし、温室を建設したばかりだ。さらに、見習いを受け入れて新たな人材の育成も行っていると聞く。だからルイも、受け入れてもらえたのだ。


 どんどんと研修が進んでいく。ルイは必死に言われたことを頭に叩き込んでいた。


「倉庫の在庫は定期的に確認すること。不足しそうなものが有れば、こちらに記入してください」


「はい」


「温室の管理は当番制です。忘れないように」


「こちらで製薬を行います。衛生管理に気をつけてください」


「はい」


 最後に連れてこられたのは、製薬するための部屋だった。中から1人の少女が出てくる。癖のある赤毛をお団子に結んでいたそばかすの少女。少女はこちらに気づくと、お辞儀をして柔らかく微笑んだ。そして、可愛らしい鈴のような声がルイを呼ぶ。


「こんにちは、リアミルナさん。こちらへどうぞ」


「はい」


「よろしくお願いしますよ。アンナ」


 院長はさっさとルイのことをアンナと呼ばれた少女に託すと、他の仕事に戻っていってしまった。アンナは再びお辞儀をして院長を見送った後、ルイの方を振り返って眉を下げ、微笑みながら説明をする。


「…ええと、院長はお忙しいようですね。材料はありますから、どうぞ思うように作ってみてください。問題が有れば、私が指摘しますので」


「……ええと…あなたが?」


 ルイは思わずそう尋ねてしまった。少女はルイよりは年上のように見えるが、それでもかなり若く見える。ルイは、彼女のことを自分と同じ見習い薬師だと思っていたのだ。


 ルイの言葉を聞いたアンナから、すとんと表情が抜け落ちる。丸く大きな瞳は冷たく鋭いものに変わり、ルイは背筋が冷えて身動きがとれなくなった。


「私はまだ15ですが、製薬や調剤の腕には…それなりに自信があります」


 先程までとは打って変わって冷たい声で述べたあと、少女はにこりと微笑んだ。その微笑にどことなく恐ろしさを感じたルイは、自分の失言を呪った。勤務初日、彼女は怒らせてはいけない、と新しい事をさらに一つ学んだ。


「す、みませんでした」


「いえ。よくある事なのでお気になさらず。…さ、製薬作業に移りましょうか!」


「は、はい」


パンと手を叩いて、すぐに様子が切り替わったアンナに戸惑いを隠せない。彼女の切り替えの早さは恐怖を覚えるほどである。あまりの恐ろしさにもう帰りたいと思ってしまったが、仕事はしなくてはならない。ルイも道具と材料を整えるために動くことにした。



「そこ、もう少しゆっくり混ぜてください」


「はい」


「この薬草はもっと細かく刻む方が良いかと」


「わかりました」


 製薬中のアンナの指示は的確だった。腕に自信があるという彼女の言葉通りである。ルイも、指摘される度にすぐその箇所を修正して作業を続けた。そうして作業すること2時間。一通りの仕事は終えて、二人は休憩をとることになった。


 紅茶と茶菓子を持ってきたアンナが、壁際に立っているルイに椅子に座るよう促した。製薬室の奥には木製の大きめのテーブルと、椅子が三脚用意されている。薬師たちの休憩場所としてよく使われているらしい。紅茶をちびちび飲みながら、アンナは話し始めた。


「リアミルナさん、筋がいいですね。独学ですか?」


 尋ねながら、ふわりと微笑み掛ける。赤茶の柔らかな前髪が軽く揺れた。ルイは実力者から褒められたことに少し照れながら答える。


「リアでいいですよ。…独学です」


「まぁ!独学なんて、すごいです!…ふふ。実は同年代の子って中々入って来てくれないので…嬉しいです」


 アンナは微かに頬を赤らめながら言った。それから、持って来た菓子をぱくぱく食べている。とても幸せそうな顔をして頬張っていたので彼女はお菓子が好物なのかもしれない、と思いつつ、ルイは相槌をうつ。


「そうなのですね」


「ええ。やはり男性は騎士団が花形。女性は…あまり働くことに積極的でない方も多いですし。貴族の方は特に、良家に嫁ぐことを目指すでしょうから」


「ああ…なるほど」


 少し残念そうな様子を滲ませるアンナの言葉に、ルイは微かに目を伏せて頷いた。膝の上で手を握り合わせつつ、テーブルの木目を見つめている。ルイ自身、そう言った話には覚えがあった。アンナはそんな様子のルイを見て首を傾げつつ、話を続けている。



「…そういえば、リアさんは王女様ですけれど、そういったお話はないのですか?」


「そういった、とは?」


「お見合いとか、婚約とか…」


 アンナが頬を染めて、目を輝かせながら尋ねてくる。年相応の少女らしい表情だった。平民の出だというアンナはもしかしたら、貴族の結婚に憧れがあるのかもしれないとルイは思った。


(自分にはあまり嬉しいものでは無いけれど…)


 ルイは苦笑いしながら答える。リアもルイも、秘密を守るために一度も婚約の話は受けてこなかった。


「…残念ながら、現在そういうお話は無いですね」


「そうなんですか?もしそういうお話が出てきましたら、聞かせていただきたいです!もちろん、その他のお話も大歓迎ですよ!薬やお洒落な服、それに美味しい食べ物とか!」


 そのことに驚いた様子だったアンナだが、年の近い後輩が出来たことをよほど嬉しく思っているのか、にこにこしながら話題を指折り数え始めた。一つの話を引きずらないさっぱりした性格は、こういう場面ではありがたかった。ルイは笑いながら、早速食べ物についての情報を提供する。



「…はい!食べ物でしたら、中央通りの菓子屋の新作が人気だそうですよ」


「まぁ!すてき!行ってみたいです!」


 アンナは勢いよく身を乗り出した。丸く大きな瞳がきらきらと輝いている。やはりアンナは甘いものに目がないらしい。ルイも甘いものは好きだ。一人で本を読むことを好み、これまで積極的に人付き合いをしてこなかったルイだったが、王都にある多くの菓子屋をアンナと共に巡るのはなんだか楽しそうだと思った。


「それでしたら今度、一緒に行きますか?」


「はい!」


 ルイの誘いにアンナは再び目を輝かせて頷いた。

そんなこんなでルイも、新たな生活が幕を開けたのだ。

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