王女
「フェムル、どうした」
自身のことで揉め、団員から冷たく接されていたのにもかかわらず、リアはいつもと変わらない冷静な、落ち着いた声で話している。
置かれた状況と言動との差異は、まるでリアが強がっているかのように、フェムルには思えた。
「……なんで、騙してたんだ」
「ごめん」
フェムルは鋭い目でリアを睨んでいる。一方でリアの目は、恐ろしくなるほど凪いでいた。
「ずっと努力してたのも、わかってる。多分、俺には想像つかない、色んな苦労があったんだろうと思う」
「……ああ」
リアに僅かな動揺が見られた。しかしフェムルは気づかず、話し続ける。
「……時々、お前の行動に引っかかることもあった」
「そう、だろうな。あれだけ一緒に行動していたんだから」
リアは眉を下げて悲しげに微笑んだ。やはり怪しまれていたんだな、と小さな声で呟く。
「何か事情があるんだろうとは思っていたけど……聞いたら、本当のことを教えてくれたのか?」
何かに縋ろうとするかのような声色だった。話しながら、フェムルは自分の思いを自覚し始めていた。
(ああ。俺は大切な仲間に頼ってもらえなかったのが……悔しいのかもしれない)
しかしフェムルの問いに対して、リアはゆっくり首を横に振る。それを見たフェムルの表情は、さらに険しくなった。
「……なんで、何も言ってくれないんだ。俺はお前を信頼してるし、信頼してもらえてると、思ってたのに」
震える声で訴えかけるフェムルを見て、リアは目を伏せた。リアは、フェムルを傷付けたい訳ではなかった。
「信頼、しているよ。今も、これからも。何も言わなかったのは……私が、臆病者だったからだ」
「臆病者?」
フェムルが眉を顰めて問い返した。リアは頷き、足元を見つめながら小さな声で本音を漏らした。固く握りしめた手が震えている。
「フェムルやエリアス、騎士団の皆に……これまで通り接してもらえなくなるのではと思うと、怖かった。後ろめたいことをしているのは、分かっていたから」
リアの零した言葉に、フェムルは目を見開いた。リアは、これまで滅多に弱音を吐かなかった。そんな彼女の弱気な言葉に、リアがこれまで抱えてきた葛藤の一端を見たような気がしたのだ。
「……俺は、変わらないよ」
フェムルの声色が少し和らいだ。まるでリアの不安を取り除こうとしているかのようだった。リアはそんな様子のフェムルを見て、眉を下げて微笑んだ。
「そう、か」
「……その、隠し事してたことに怒ったのは、謝る。ごめんな。お前の思いに、気づけなかった」
「いや、こちらこそ。ずっと嘘をついてすまなかった」
リアがすっと右手を差し出した。フェムルより細く小さいが、皮は厚い。それは、紛れもなく剣士の手だった。フェムルはその手を握り返す。二人で照れ臭そうに笑った。
そして、リアとフェムルは揃って訓練所を後にした。宿舎に向かって歩きながら話している。
「これからは遠慮なく、困った時に頼ってくれよ。俺、お前の力になりたいんだ」
「ありがとう。フェムルも、何かあったら私に言ってくれ」
「俺は割といつも、お前を頼ってた気がするけどなあ」
「ああ。財布を忘れた時か、それとも部屋の鍵を無くしたと騒いだ時だったか……」
「おいっ、やめろよ!恥ずかしい」
「ふふふ」
ヘマをした時の話を蒸し返されて、フェムルは顔を赤くした。これまでと少しも変わらないやり取りに、リアは笑っている。
元気が出たならいいけど、とぼそりと呟いたフェムルはわざとらしく咳払いをする。そして真剣な声色で話し始めた。
「……俺はこの後、ルイヴィン王子の護衛任務につく」
「いつから?」
リアの表情からも、笑みが消えた。雑談の時間は終わりのようだ。
「この後すぐ。部屋には荷物をとりに行くだけ」
「そうか。弟を、よろしく頼む」
「ああ。……リアミルナも、しっかりな」
「……それは。……騎士団ではもう、私は……」
リアは目を伏せた。リアミルナとしての自分がフェムルに受け入れられているのは嬉しく思った。しかし、リアは現在の状況で彼の言葉に応えられる自信がなかったのだ。
「何言ってんだ? ……『ルイ』として任務には参加できないけど、『リアミルナ王女』個人が何をしようと本人の勝手だろ?」
「え?」
深刻な様子のリアに対して、きょとんとしたフェムルが当然のように言った。リアは目を丸くする。
「王女は騎士団所属じゃない。自分の身さえ守れるなら、好きに動けばいいと思うけどな」
「……ああ! そうだな」
屁理屈のように聞こえるが、確かに間違ってはいない。悪戯っぽく笑って見せたフェムルに釣られて、リアも笑った。
「じゃあな」
「ああ」
リアの部屋の前で、フェムルとリアは別れた。フェムルの部屋はさらに奥、廊下の突き当たりの方にある。部屋に戻るフェムルの姿を見送ったリアは、自分の部屋に入った。
(自分にできること……捜索は、まだ成果はないようだが騎士団やルイがしている)
ふと机の上に置かれた紙が目に入った。それはケレシル王家訪問の詳細が書かれたものだった。それどころではなくなってしまったため、放ったままになっている。
「そうだ、ケレシル……!!」
ケレシル王家に対しては、国王が昼頃に早馬を出したと聞いている。であれば、そろそろ届く頃だろう。もう日も暮れるのだから。
彼らがこの事態にどう動くのかは読めないが、捜索のため力を貸りることはできるだろうかと、考える。
(こちらから力を貸して欲しいと言うのは、おこがましいか……いや、しかし早く助け出すためにはそうするべきなのでは?)
リアは父である国王にケレシルに助力を求めるよう進言することに決め、足早に部屋を出た。『リアミルナ・エレストリ』としてできることをするために。




