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王子と副団長

 ルイは王城の西部にある書庫に向かった。ルイの自室があるのは東部であるため、それなりの距離を歩いたことになる。


 書庫の金属でできた大きな扉を開くと、重い音がする。中には、どうやら先客がいたらしい。中央に置かれた木製の机に資料を並べて読んでいた青年が、ぱっとルイの方を見た。


 ばちり、と涼やかな緑の瞳と視線が交差する。


「あなたは……」


「私は王国騎士団副団長、エリアス・レイモンドと申します」


「レイモンド殿。私は……ルイヴィン・エレストリ、です」


 ルイは入れ替わりが露呈してから初めて、自分の名前を名乗った。少し声がこわばってしまったように思う。


「ええ。存じ上げております。ところで、ルイヴィン王子は何用でこちらに?」


「探したい資料があったので」


「それは、こちらでしょうか?」


 掲げられたものは、ルイも見ようと思っていた土地の治安情報と騎士団の活動記録だった。活動記録は濃紺の生地のカバーがかけてある分厚い本になっており、背表紙には騎士団の紋章が金箔で押されている。



「はい」


 ルイはエリアスの様子を伺いつつ、ゆっくり頷いた。それを見たエリアスはにこりと笑って僅かに首を傾けた。


「なぜ、王子であるあなたがこれを必要としていらっしゃるのですか?」


 エリアスは微笑を浮かべたまま話しているが、関わるなという圧を言外に感じた。


(リアは優しいって言ってたけど、随分おっかない人だな)


 ルイは冷や汗をかきそうになるのを抑えて冷静に、エリアスの問いに答えた。


「ロディ王子を、助けに行かなくてはなりませんから」


 一瞬、エリアスの眉が僅かに吊り上がったような気がする。しかし次の瞬間には、もとの微笑を浮かべていた。二人の間を流れる空気がぴんと張り詰めた。


「……それは、騎士団にお任せください。王子は身の安全を守ることを最優先にしていただきたい」


 エリアスの声色に明確な鋭さが現れてきた。ルイも負けじと言い返す。


「分かっています。しかし、城にこもってばかりではいられません。ロディ王子に、絶対助けると約束したのです」


「無礼を承知で申し上げますが……あなたに何が、できるというのですか」


 ついにエリアスの眉は吊り上がったままになった。彼の苛立ちがよく見てとれる。


「治療なら、できますよ」


診療所で働いていますから、とルイは真っ直ぐエリアスを見つめて言った。そして、不敵に笑った。


騎士団の者のように剣を振るうことはできないが、ルイにもできることはある。だから、大人しく城で待っているつもりはなかった。


エリアスは一瞬目を見開いた。そして深いため息をついてから、呆れたような声で話し始めた。


「……当たり前のことでしょうが、あなたは私の知るルイとは似ても似つかない」


 軽くこめかみを抑えながら話すエリアスが何を言わんとしているのか掴めず、ルイは眉を顰めた。


「しかしその強情さは、本当によく似ていらっしゃいますね」


 そう言って笑ったエリアスは、どこか悲しそうな表情をしているように、ルイには見えた。


「そう、ですか」


「はい。……ルイヴィン王子、こちらへおいでくださいますか。お渡ししたいのは山々ですが、私もまだ見ている途中でして」


「分かりました」


 エリアスは書庫の隅から古ぼけた椅子を一脚持ってきて、座り変えた。そして、もともと座っていた椅子を引き、ルイに示す。


「僕がそれでもよかったのに……」


「王子様にこんな椅子差し出せませんよ。こちらは幾分かましですから」


 申し訳なさげに呟いたルイに、困ったような笑顔で椅子を差し出した。


「……ありがとう、ございます」


 ルイは比較的に綺麗な木製の椅子に座った。そして、不審者報告の資料を開くと、初めに地図が描かれていた。


ルイは定食屋のあたりを見て呟いた。


「定期監察対象地……」


 定食屋周辺の地には、定期的に騎士団に監察される場所であることを示す赤い印が付いている。印を見たエリアスが口を開いた。


「確か、およそ50年前に起きた事件が影響していたはずです」


「最近の報告はないけれど……昔は不審な者が出入りしていた……?」


「そうなります」


 騎士団が監察を行なっているため、エリアスは少し知識があるようだった。


「当時、定食屋があった場所には酒場が建っていたようです。店名は……アルデンヌだったかと」


「騎士団の活動記録を見れば詳しく分かるかも」


「そうですね」


エリアスは机の上で開いていた資料をわきによけて、王国騎士団の活動記録を開いた。しばらく貢をめくると、アルデンヌの文字が目に入る。


ルイとエリアスは内容を読み進めていく。


「アルデンヌ酒場は風体の悪い者が頻繁に訪れていたため、賊が集まる場所なのではと囁かれていた……」


「実際、盗賊団の人間が出入りしている場だったようですね。団の規模は大きく、王都の周辺都市に頻繁に出没していた、とあります」


「被害を受け、当時の国王の勅命で王国騎士団による盗賊団の討伐が行われた。しかし、酒場に突入した時には、酒場はもぬけの殻だった……」


「次の貢に続いています。……騎士団員が店内を調べたところ、カウンターの床下に地下へ繋がる階段が見つかったようです」


「その後、王都の南、西、東の三方で盗賊団の人間が捕らえられた。彼らの供述によると、地下には大きな空間があり、そこを根城として活動していた。……地下に、空間……?」


「大きな空間を中心に、細い地下通路が張り巡らされているようですね」


  エリアスが貼り付けられている王都地下の地図を示しながら言った。ところどころ道が途切れており、全てを把握しきれなかったことが見て取れる。


「だから賊がバラバラの方角で捕まったのかもしれないですね」


「はい。その後、騎士団は地下を埋め立てようとしたが、あまりに広すぎたために叶わなかった、と」


  エリアスはそう締めくくり、静かに本を閉じた。パタリ、という音だけがあたりに響く。

  ルイは木目を眺めて考え込みながら、ぼそりとつぶやいた。


「奴らが地下空間を使っている可能性も十分ある……のか」


あの地が怪しいという事はよく分かった。しかし、それだけでは不十分に思えた。ロディを攫った者たちの正体が掴めない。


「やっぱり、現地に行かなくては……」


「お待ちください」


 一人で巡らせていた思考が、エリアスの声によっていきなり停止させられた。ルイは僅かに苛立ちながら返事をする。


「先程言いましたよ。私は城にこもるつもりはありません、と」


「ええ。承知しております。ですので、私が信頼している騎士団の人間を一人、側に置いていただきたい」


「誰ですか?」


 真剣な表情のエリアスを、ルイは訝しげに見つめている。一呼吸ついたのち、エリアスは僅かに微笑んだ。


「……フェムル・オーヴァ。私の弟子の一人です」


「……分かりました」


 ルイは神妙な顔で頷いた。エリアスは礼をして、すぐに向かわせるから待つように言い残すと書庫を立ち去った。




 書庫の扉を閉めて廊下に出たエリアスは、深いため息をついた。


「……何してるんだ、俺。王子様を止めるべきだったのにな」


 呆れた笑いをこぼした後、エリアスはフェムルがいるであろう騎士団の訓練所に向かって歩き始めた。

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