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第一王子

 ヘーラルニア王国オーヴァ領は、王国の西部に位置する小さな領地である。小麦畑があちこちに広がっている、のどかな土地だ。


 ケレシル王家の王城訪問の二日前の午後、そのオーヴァ領を通過する大きな馬車が二台あった。ケレシル国旗が垂らされている馬車は華やかな布で飾り付けられており、異国の雰囲気を纏っていた。その馬車を取り囲むように、王国騎士団とケレシルの騎馬兵士達が警備している。

 

 そのうちの一つの馬車の座席には、落ち着いた雰囲気の女性、ケレシル王妃・ハレマとそわそわした様子の一人の青年が腰掛けていた。



「ラヴィ。そろそろ窓を閉めたらどうです?」


「まだロディから連絡が来ていないのです。もう少しお待ちください」


 ハレマ王妃の言葉に反して窓を開け放ったままにしているのは、ラヴィ・マレヤ・リーヴェ第一王子。ロディの兄である。褐色肌に白銀の髪は弟と同じだが、憂いを帯びて伏せられた瞳は澄んだ水のような淡い青色だ。


「本当に今日来るのですか?」


「その予定です」


 ラヴィは深刻な表情で、空を睨んだ。雲一つない空が、逆に忌々しく見えて来るほどだった。まさか失敗したのではないかと不安がよぎり、弟の身を案じる兄の眉間の皺はどんどん深くなっていく。


「だいたい、このような王族らしからぬことをするのは控えて……あら?」


「!!」


 王妃の小言が途切れたのと同時に、ラヴィも待ち望んだものを見つけた。上空を大きな鳥が旋回している。ラヴィは馬車から身を乗り出して腕を伸ばす。そして、笛を鳴らした。甲高い音があたりに響き渡る。あたりの騎士たちは驚いた様子で第一王子を見守っていた。



 笛の音を聞いた茶色の大きな鳥は、ラヴィの腕に降り立った。鳥の足に紐で括り付けられていた細い筒の中には、丸められた紙が入っていた。ラヴィは破れないように注意深く取り出して、書かれた文字を読み始めた。


「……これは、何の文字かしら」


 ラヴィの手元の紙を覗き込んだハレマ王妃は首をかしげる。全く見覚えのない文字が並んでいたからだ。ラヴィは紙から目線を外すことなく答える。


「私たちの間で作った暗号です」


「まぁ。何と書いてあるのです?」


「……『王国、秘密あり』」


 その言葉を聞いたハレマ王妃は顔を曇らせる。そして深いため息をつきながら、ぼそりと呟いた。


「……我々が予想した通りということですね」


 ちらりと隣に座る王妃に目線を向け、その呟きに頷いた後にラヴィは続けた。


「不審でしたからね。王子と王女は4歳の誕生会を最後に公の場に立つことはなくなっています。国王もそれ以降、表舞台に立つことを避けているようですし」


「隣国の様子を探りたいのは分かるけれど……今回は些か強引に感じます」


 隣国が何かを隠していることに異論はないものの、王妃はケレシル王家の行動には思うところがある様子だ。


「……陛下のご意向もありますし、私も陛下に賛成ですよ。事が大きくなって我が国に影響が及んでは困りますから」


「でしたら陛下の案の通り、訪問だけに留めておけば良いでしょう。縁談は、詮索に使うものではありません」


 渋い顔をした王妃はラヴィを諌めた。リアミルナ王女との縁談の話をケレシル国王に持ちかけたのは、ラヴィとロディだった。


「……縁談など、元々外交や政治に使うものではありませんか。仮に此度の話が進んでも、私は別に構いませんよ」


「…………そうですか」


 そこで二人の会話は途切れた。ハレマ王妃はため息をついて窓から麦畑を眺めている。ラヴィは再び紙に書かれた暗号に目を向けた。そして続く伝言の内容に、大きく目を見開いた。


「『王都、内乱の兆しあり』……!?」


「なんですって!? ロディは大丈夫なのかしら」


 呟きを聞いたハレマ王妃は目を丸くしてラヴィを見た。ラヴィも困惑した表情で王妃を見返す。


「……無事であることを祈りましょう。万一何かあれば、私が王都に向かいます」


 二人の間には緊迫した空気が漂っている。ロディは護衛にバレないようにひっそり出発した。彼が一足先に王城に向かったことは、ケレシル王家の者しか知らないことだ。


 そして、己も王都に向かうと言い切ったロディに王妃は眉を顰めた。


「……危険なのでは?」


「そうかもしれません。しかしロディに何かあれば、我が国も無関係ではないのです。王家の誰か一人は向かうべきでしょう」


 ロディは王都で反乱の芽となりうるものを見たのだろう。そのようなものを目撃して、安全なままで居られるとは考えにくい。ラヴィは真っ直ぐ王妃を見つめている。


 ラヴィの強い意思がこもった言葉を受けたハレマ王妃はゆっくり目を瞑り、そして開いた。


「…………陛下の判断を仰ぎましょう。あなたまで勝手なことをしないでください」


 ハレマ王妃は積極的に前に出て動くことはない。基本的に国王の判断を尊重する。しかし自分の意見は持っている、威厳のある人だとラヴィはいつも感じている。


「……はい」


 ラヴィの返事を聞いたハレマ王妃は頷き、険しい表情で斜め前を走る国王の乗る馬車を見つめている。再び話が途切れてラヴィがロディの手紙を懐にしまう頃には、日が傾き始めていた。

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