王子
その頃、ルイは王城に戻ってきていた。ルイに声を掛ける兵士たちの声を全て無視して、玉座の間へ繋がる階段を駆け上がる。階段を登り切って玉座の間まであと少しという所で、追いかけてきた兵士に押さえつけられてしまった。
「貴様!何者だ!!」
「……っ!」
ルイは変装して街に降りていた。恐らくよくて平民、悪くて逆賊だと思われているのではないだろうか。ルイが普段は当たり前のように暮らしている王城も、民は勝手に入ることなどできない。
(まずい……僕は今、男の格好だ)
ルイは冷や汗をかきながら考えを巡らせる。解放してもらうためには、自分の正体を明かすのが一番早いのは明白だ。しかし『ルイ王子』は今騎士団にいることになっている。そしてこの状況で王女の演技をするのは不可能に近い。つまり、正体を明かすと同時にルイとリアの秘密が露呈することとなる。
「その被り物を取れ!!」
(ごめん、リア……巻き込んでしまうことになる)
ルイは静かに目を閉じた。それと同時に、兵士がルイの顔を隠しているフードを剥ぎ取った。露わになった顔を見て、兵士は目をまん丸にする。
「ウェーブの髪…王女…様?いやしかし…男…?」
「…退けていただけませんか?」
「は、はい…」
冷静かつ威厳のある声で、ルイは言った。大声で叫んだ訳ではないのにもかかわらず、その声はよく響いた。兵士はぞくりと背筋が粟立ち、急いでルイを解放する。ルイはすっと立ち上がると、玉座に腰掛ける国王を目指して歩き出した。皆の視線がルイに注がれている。ルイは玉座に繋がる階段の前まで進み、すっと跪いた。
「…お騒がせしてしまい、申し訳ありません。一つ、報告させていただきたいことがございます」
「何だ?」
冷や汗をかきながらも、それを悟らせない冷静さでルイを見下ろす国王が問う。ルイは国王を見上げて口を開いた。
「昨日この城を訪れていたロディ・サマル・リーヴェ第二王子が、本日王都で何者かに誘拐されました。私はその現場を目撃しています」
国王の警備をしていた兵士たちが騒めき出す。国王も大きく目を見開いた。
「ケレシルの王子が城にいただと!?」
「警備の兵士は何をしていたんだ?」
「それよりも、誘拐って不味いんじゃ…」
「国際問題になるぞ!」
不安や困惑に満ちた声はどんどん大きくなり、人々は落ち着きをなくしていく。その様子を見た国王は、眉を顰めて立ち上がった。
「静粛に」
その言葉によって皆の声がピタリと止んだ。普段は優しく穏やかな国王の、珍しく厳しい声色だった。国王はあたりが静まったのを確認した後、ルイを見やった。
「緊急事態だ。詳しく話を聞かせろ」
「はい。中央通りの定食屋から出て小路地に入ったところ、二名の不審な男が僕たちを追ってきました。恐らく店を出てから尾行されていたものと思われます。二人で逃げていたのですが、第二王子は途中で腹部を殴られて、動けなくなったところを捕らえられました」
ルイはロディと出会った経緯は省き、王都での出来事を述べた。焦りからか、普段よりも早口になっている。
「…他には何かあるか?」
国王の言葉を聞き、ルイは考えを巡らせる。ロディの『嫌な予感』という言葉が妙に引っかかった。たしかそれは、女性との話を切り上げた後の言葉だったか。
「事件に関与しているかは不明ですが…もう一人、店で女性と出会いました」
「女性?」
謎めいた雰囲気の女性だとは思ったが、ルイは彼女を不審だとは感じなかった。ロディは何を感じて彼女を警戒したのだろうか。それは今でも分からない。けれど、放っておいてはいけないような気がしていた。
「…彼女は、王家の人間しか知り得ないことを知っていました。そして、それが民の間で広まっている…と」
「なに?それは確かな情報か?」
「彼女は確かにそう言っていました」
「その女性の話をどこまで信じてよいものか……」
「…そう、ですね」
女性の言葉を鵜呑みにしてはいけない、そう言われているように感じた。既に秘密が漏れているのかを確かめるには、もっと多くの情報が必要かもしれない。
「承知した。ケレシル王家に早馬を出す。そして騎士団に第二王子の捜索を命じる。犯人に悟られることのないように此度の捜索は内密に、そして迅速に行うように。」
「「はっ」」
国王の言葉を聞いた者たちは、命令を遂行するためにそれぞれ動き始めた。国王も騎士団への命令を紙に記して兵士に託す。そして、ルイを見つめて言った。
「お前がどう動くかは…任せる。但し危険なことはするな」
「はい」
ルイは力強く頷いたあと、立ち上がって足早に玉座の間を後にした。国王はルイを見送ったのち、ケレシル王家に文を書くために忙しなく動き始める。
その時、数名の兵士たちが訝しげな顔をして国王とルイを見ていた。ルイが足早に立ち去った後、先程彼を取り押さえていた兵士が国王に問いかける。
「恐れながら、騎士団におられるはずの王子がこの場にいらっしゃる事情のご説明を願いたいのですが」
「………此度の事件が落ち着いたら話す。それまでは他言無用だ」
「…はい」
兵士は国王の言葉に応え、頭を垂れて跪く。国王への敬意を表す一連の動きは、行われるまでに僅かな間があった。しかし、そのことに国王は気付いていなかった。




