奇妙な縁
ルイは王城を目指して、足がもつれて転びそうになりながらも必死に走り続けていた。小路地を逃げ回るのに相当な時間を使っていたらしい。いつの間にか昼頃になっており、店に並んで昼食を買っている人が大勢いた。
ルイには後ろを振り返る余裕などなかった。追手が迫っているのかどうかさえ分からない。ただ、一刻も早く事態を伝えるためだけに走っている。
顔を隠すために目深に被っていたフードが、風にあおられて落ちた。一つに束ねられた緩くウェーブのかかった金髪がふわりと揺れる。ルイは足を止めることなく、落ちたフードを片手で雑に被り直した。
「………リ、ア…?」
その時ルイから少し離れたところで、赤毛の女性がフードから一瞬現れた顔を茫然として見ていた。3年前、彼女の前から姿を消した後輩にひどく似ていたからだ。
(似ているけど…あれは、男の子…だよね)
薬草の買い出しを済ませた赤毛の女性___アンナは、首を傾げながら診療所に戻ろうと歩き始める。その瞬間、後方から走ってきた男と勢いよくぶつかった。アンナは倒れ、籠の中身が街道に放り出されてしまう。
「きゃあ!」
「…チッ!」
「……ちょっと!危ないですよ!!」
男は転倒したアンナを気にすることもなく、そのまま走り去ろうとする。アンナは逃げようとする男の服を思い切り掴んで引き止めた。そして見上げた男の顔には、見覚えがあった。
「……あれ?ウルクさん。何をされてるんですか?」
「あ、アンナ嬢……すいません。えーと、その…少し走り込みをしてたんすけど、ついよそ見を…」
アンナとぶつかった男、ウルクはアンナの姉の友人の一人である。この場には居ないがもう一人友人からおり、彼のことはヨスと言う。彼らは何故かアンナのことを嬢と呼ぶが、その理由は尋ねても答えてもらえなかった。
眉を下げたウルクに助け起こされたアンナは、散乱した荷物を拾い始める。ウルクもそそくさと手伝っているが、時折周囲の様子を気にしているようにも見える。先程から落ち着きのない行動に、アンナは不信感を覚えた。
「走り込みって、こんな所でするものではないと思いますけど」
「あー…いやぁ、そうっすね」
ウルクは目を逸らして歯切れの悪い返事ばかりする。アンナは訝しみながらも、追及するのはやめておいた。以前から、彼らには深入りしてはいけない事情があるように感じていたからだ。
「…姉さんは元気にしてますか?」
「ええ。もちろん」
「…今度、会いたいとお伝えください」
「………いいっすけど、多分あの人は…」
その返答は、姉は自分と会いたがっていないと明確に分かるものだった。それでも、どうしてもアンナは姉と話したい、話さなければならないと思っていた。
「よろしくお願いします」
「…っす」
観念した様子でウルクが頷く。アンナは深々とお辞儀をしてその場を後にした。ウルクはアンナの背を見送りながら、ため息をついて呟いた。
「……はぁ、見失った。それに…あいつに伝えて怒られるの、俺なんだけど」
そう言って街道の真ん中で頭を掻きむしっているウルクに、一人の大柄な男が声をかけた。
「…何をしている」
「ヨス。遅せぇぞ」
ウルクは眉を寄せて不満げな表情で振り返った。ヨスはそんな様子のウルクを見ても、表情を変えることなく淡々と答える。
「縛り上げるのに少し手間取った。悪いな」
「あのガキに?マジかよ!」
ウルクが素っ頓狂な声を上げる。ヨスはウルクよりもはるかに力が強く、子どもに手こずるなど想像が出来なかった。ウルクの言い方にさすがに苛立ったのか、ヨスが眉を僅かに吊り上げた。
「暴れられた。あいつは若いが強い。恐らく手練れだ。…それにお前こそ、何故逃している」
「………アンナ嬢に捕まったんだよ」
「…そうか」
痛いところを問い詰められたウルクはふいと顔を背けて拗ねた様子で答える。それを見たヨスは、呆れて深いため息をついた。街道の賑わいとは対照的に、二人の間には沈黙が流れた。
「…あいつ、アンナ嬢のことどうするつもりなのかね?」
「知らん……それに、心配したところで俺たちにどうこうできる問題ではない。」
ウルクは遠くを見つめながら再び口を開いた。眉を下げた彼の表情には、明らかな心配の色が浮かんでいる。ヨスの目は僅かに伏せられており、ウルクと同じ思いを持っていることが感じとれた。
「そりゃそうだけどなあ………」
「行くぞ」
「はいはい」
ヨスは会話を打ち切ってスタスタと歩き始めた。いつも変わらず無愛想な男に呆れて笑いながら、ウルクは後を追う。そして二人は中央通りから離れ、薄暗い小路地へ戻っていった。




