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亀裂

 一方で、リアの所属する王国騎士団も異変が起きていた。


ケレシル王家訪問の3日前、リアが準備のために王城に戻っていた時のことだった。ある二人の団員がひそひそと訓練所の片隅で話をしていた。多くの団員が食堂に向かっていたため、夕暮れの訓練所は他に人は見られない。


「……なぁ、知ってるか?ルイ王子の噂」


「え?何だよそれ?」


「なんでも、実は俺たちが王子だと思っている人は…王女様らしいぞ?」


「…どういうことだよ、それ。本当なのか?」


  噂を聞いた団員は、半信半疑ながらも興味を示したようだった。その反応に気を良くしたのか、もう一人の団員は自慢げに話し出す。


「ああ!確かな筋の情報だ。それに、実際俺たちも王子が風呂入ってるのとか、厠にいたのは一度も見た事ないだろ?」


「……あぁ。確かに!」


 団員たちは話が盛り上がっていくと同時に、周囲の気配への警戒心が薄くなっていった。二人しか居ないように思われた訓練所には、もう一つの人影があったことにも気づいていない。柱の裏に隠れるように立っていた者の胸元には、銀のバッジが光っていた。



 その翌日、リアが騎士団に戻った時のことだ。リアはいつものようにフェムルと一緒に、食堂で昼食を摂っていた。お気に入りのクリームシチューを頬張っていると、ある違和感を覚えた。


 数名の団員が心なしかリアから距離をとっている。そして、ひそひそとこちらの様子を伺っていた。それとは逆に、好奇心に満ちた視線を向けられることもある。そのような態度を取られることようなをした覚えがないため、リアは眉を寄せて首を傾げた。


「…私、何かしただろうか」


「え?何で?」


 パンのかけらを口の端につけたフェムルがきょとんとして答えた。彼にも思い当たる節はないようだった。


「…いや、なんでもない……それよりフェムル、口の端に付いてる」


 自分の口元を指しながらフェムルにかけらが付いている場所を教えてやる。あ、やべと呟いて何やらごそごそしているフェムルを他所に、リアは疑問を抱きながら黙々とクリームシチューを食べていた。するとその時、昼食の乗ったお盆を持っている師匠に声をかけられた。


「や、食べてるか?二人とも」


「あ、エリアス。横、座る?」


 フェムルが荷物を奥に寄せ、空いた空間を軽く叩いてエリアスに示した。そして、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。リアはエリアスを空いた席とを見て頷いた。


「じゃあ、座らせてもらおう」


 エリアスも頷いて、フェムルが空けた場所にすっと腰掛けた。机に置かれたお盆には、サンドイッチが乗っている。フェムルが驚愕の表情でエリアスの昼食を眺めていた。


「エリアス、それで足りるのか?」


「ん?ああ…今日はあまり動いていないからな」


「エリアスはフェムルみたいな大食いではないんだ」


「もー、それは分かってるって!」


「ははは!二人とも仲良いな」


 リアに揶揄われたフェムルはむっすりして文句を言っている。リアはそんなフェムルの反応が可愛く思えるため、たまに揶揄ってしまうのだ。エリアスはそんな二人のやり取りを見てにっこり笑っている。慣れ親しんだ雰囲気で違和感が薄れかけた瞬間、リアは温度のない冷ややかな視線を感じた。


(今度は誰が……………)


 シチューを食べるために下に向いていた顔を勢いよく上げて素早くあたりを見回してみても、それらしい人はいなかった。リアは再び眉を顰めて食事に戻る。


「…どうした?大丈夫か?」


「ルイ、なんか今日変じゃないか?」


 エリアスがリアを気遣わしげに見つめている。フェムルもリアの様子に首を傾げていた。険しい顔をして黙り込んでいたら、二人を心配させてしまったようだ。リアは二人を安心させるために静かに首を振った。


「いや。大丈夫だ。ケレシル王家の訪問が近づいて少し気が立っているのかもしれない」


「ああ…なるほど。それは緊張するのも無理はないな」


「別に、そんなに緊張することないんじゃないか?お前なら上手くやるだろ」


 神妙な顔で頷くエリアスと、ケロッと答えたフェムル。対照的な二人の言葉がなんだか面白くて、リアは微かに笑った。


食事を終えたあと、リアとフェムルは訓練所へ、エリアスは呼び出しを受けて団長室へ行くことになっていた。三人は食堂の外で手を振って別れた。



「エリアス、じゃあな!しっかり団長に怒られてこいよ!」


「また稽古をつけてくれると嬉しい」


「別に俺は、お叱りを受けに行くわけじゃないんだぞ!

二人ともまたな!」



 エリアスは弟子達の姿が遠のいていくのを見送っていた。彼らは小突き合いながら仲良く訓練所の方向へ歩いている。左側に立っている、男にしては小柄で真面目な性格の金髪の弟子の後ろ姿を見つめて、低い声で呟いた。


「……………リアミルナ・エレストリ」


 先程までとは打って変わって、彼の緑の眼は氷のように酷く冷たいものだった。


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