街の噂
翌朝、早朝5時。
ルイはロディに無理やり起こされていた。目を擦って不満げな様子で何やらボソボソと文句を言っているようだが、寝起きで舌が回っていない。ロディは呆れながら声を掛けた。
「…何言ってるか分からないんだが」
「僕、朝弱いんだよ。寝させてよ…」
毛布に頭までくるまって、もぞもぞ動きながらルイは呟いた。そのまま二度寝するつもりらしい。そんな様子のルイを見て、ロディは眉を吊り上げる。
「だーめーだ!俺、明日には合流しなきゃまずいんだよ!」
「今からすればいいじゃない……」
もう戻りなよ…と寝返りをうちながら気怠げに言ったルイから、強引に毛布を取り上げるロディ。毛布を奪われた少年の金糸の髪の間から覗く蒼の瞳には、強い非難の色が浮かんでいた。
「…なに?」
「…王都の案内、してくれよ!」
沈んだ目をしているルイとは対照的に、きらきらと目を輝かせながら、ロディは言った。
ルイは深いため息をつきながらゆっくりと起き上がる。そして、ロディに目を合わせずにそっけなく言い放った。
「…僕には無理。ここ数年は部屋から滅多に出ていないからね」
その声色には、哀しさが滲んでいる。ロディにも、彼がそうせざるを得なくなった理由は容易に想像がついた。眉を下げて、慎重にルイに尋ねる。
「外、出たくないのか?」
「別に。そういう訳じゃ…「じゃあ!」」
「俺と一緒に出かけよう、な!!!」
「え」
不機嫌な様子のルイの言葉を遮り、勢いよく叫んだロディ。その圧にルイは驚き、何も言えなくなっていた。
ルイは結局そのままロディに押し切られ、お忍びで王都に降りることとなった。実のところルイ自身も、部屋の中に籠る生活に辟易していたということもある。半日だけという条件を取り付けて、変装してから二人は王城を後にした。
城を出た人間が一番最初に通ることになるのが、中央街道だ。国一番の長さと大きさを誇る街道で、交通の中心となっている。街道は石畳が敷き詰められ、旗飾りのついた街灯が等間隔で並んでいた。中央街道には南北に通るものと東西に通るものがあり、王都の中心でそれら二本が交わっている。
「へぇー。ここは本当に綺麗な街だな」
「あんまりよそ見してると危ないよ。ここは馬車も頻繁に行き来するんだから。」
ロディがあたりを見回しながらルイの数歩先を歩いている。ルイは自国の街を誉められたことに嬉しく思いつつも、危なっかしい隣国の王子に軽く注意をした。そして自分に弟が居たらこんな感じなのかもしれない、とふと考えた。注意を聞いているのかいないのか、ロディはくるりとルイを振り返ったのち、遠くに見えるあるものを指差した。
「あれは時計塔か?」
「うん。中央街道が交差する位置に建っているんだ。時計塔の周りの道は環状になっていて、周辺には沢山の店が集まっているんだよ」
「ほぉ…あんた、十分詳しいじゃないか」
「これくらいは一応ね」
「そこのフードのお兄さんたち!寄ってくかい?」
大通りを歩いていた2人に声をかけたのは、中年の気のいいおばさんだった。どうやら定食屋の店主らしい。ちょうど朝食を食べる頃なので、客の呼び込みをしているのだろう。ルイは自分達が呼び止められた事に驚いた様子だが、ロディは動じることなく平然と返した。
「いいのか?じゃ、寄ってこうかな」
「お、お邪魔します」
慣れた様子で店主と会話しているロディの斜め後ろに、ルイは隠れるようにして立っている。身分を隠して変装して街に出るなど初めての経験であるルイは、店に入っては正体が見抜かれるのではないかと心配していた。ロディがおどおどしているルイに耳打ちする。
「そんなんじゃ、逆に怪しまれるぞ。もっと堂々としてろ」
「わ、分かった」
堂々と…と微かに呟きながらフードを被り直し、背筋を伸ばす。ロディはルイの不慣れな姿を見て笑いながら、店の中に入って行った。
2人が角のテーブルについて、メニュー表を見つめて何を頼むか話し合っていると隣のテーブルに座っていた女性が声を掛けてきた。
「お兄さんたち、この辺で見ない顔ね?どこの人?」
「農村部に住んでるんだ。もうすぐ隣国の王様が来るってんで、国中大騒ぎだろ?ぜひ、我が国の王様を一目見てみたくてな」
ロディが笑顔を見せながら軽く答えた。突然出自を聞かれても、少しも焦らずに正体を隠して話している。逆にルイはフードを目深に被って俯くことしかできない。
女性はルイの様子を特に気にかけることもなく、ロディと話し込んでいる。長い焦茶の髪を指に絡ませながら、衝撃的なことを口にした。
「へぇ、そうなの?…王様ねぇ。最近は悪い噂しか聞かないけれど…農村部には広まってないのかしら?」
ルイは驚いて目を見開いた。王の悪い噂が流れているなど、初耳だった。一体いつからどのような噂が流れているのか。
「…知らない。是非聞かせてほしい」
先程までは黙っていたルイが、身を乗り出して会話に参加した。ロディも少し驚いた様子で見ている。
なんとしても噂についての情報を掴まなくてはならない。大事になる前に対処する必要があるのかどうか、ルイはどうしても見極めたかった。
「あら、噂話がお好きで?」
女性は身を乗り出してきたルイに近づいて、耳元で囁いた。こちらを誘惑しているかのような、微かに色気を含んだ声色だった。
「…それなりには」
ルイは女性からすっと目を逸らしつつ、無愛想に答える。その反応が気に入ったのか、女性は笑みを浮かべたのち声を潜めて話し出す。
「…ふふ…ここだけの話ね?王様は私たち国民に隠し事をしてるって。なんでも、双子の王子と王女の性別を偽っているらしいのよ?」
「…え…………」
その噂は、紛れもない真実だった。
「………へぇ。興味深いな。そんな荒唐無稽な話が出回ってるのか?」
衝撃のあまり何も言えなくなってしまったルイに代わり、ロディが尋ねた。彼の声色には変化が見られなかったが、話し出すまでの少しの間は戸惑いを表しているかのようだった。
「ええ。信じられないでしょうけど、この話は確かな筋から出てるそうよ?」
そう言った女性は、妖艶な笑みを浮かべていた。




