乖凛の過去 前編
乖凛が風呂に向かった後、母親に掃除用具を一式借りて部屋の清掃をしていた。
(『情報屋』との交渉に来た筈です。しかし、何故掃除をする羽目に...)
自らかって出たのだが、流石にこの部屋は掃除しないと碌に話し合いもできない。電話での対応はまともだった故、人を呼ぶ時の社会常識が備わって無かったことに辟易する。散らばった菓子や麺類のカップを端からゴミ袋に纏め、ペットボトルはラベル、ボトル、キャップに分けてそれぞれ袋に入れていく。出来れば母親の力も借りたかったのだが、乖凛と下ですれ違った際に掃除に加わるなと念を押されたようだ。
(はぁ、内弁慶ね。全部片付け切る事もできそうにないですし...一先ずは足の踏み場とテーブルを使える状態にする。それを目標にしましょう)
カーテンと窓を開けて空気を入れ替える。これは交渉に必要な事だと無心で作業を進めるのであった。
*
「っっーーー!!くそ!くそ!本当にクソ!なんなのよ...取引先の相手にあんな発言するか普通!?」
乖凛はシャワーを浴びながら怒声を吐き出していた。一坪のバスルームでボサボサに伸び切った手入れもされていない髪に雨水の様に湯が降り注ぎ、汚れを落としていく。怒りに震えていた。アメリアは馬鹿にしたつもりはないだろうが的確に痛いところを突かれ、否定もできずにおどおどと対応した自分に対してだ。面と向かった時のコミュニケーションの低さが嫌になる。昔はこんなんじゃなかった。もっと普通に話せたし、礼儀正しくもしていられた。
でもいつからか当たり前にできていた対話が出来なくなった。人と話す事が怖い。中学までは小さい頃から話していた人たちがいたから狭い交友関係ながらも楽しく過ごせていた。けれど、高校に入学して初めて友人のいない環境に放り出された。それが右も左もわからなかった。どうやって話しかけたっけ、何がきっかけで友達が作れたんだっけ。そんなモヤモヤな思考が頭を巡って話かける事ができなかった。拒絶されたらどうしようとか、私が空気を壊してしまったらどうしようとか、そんな漠然とした不安。数日足踏みしただけで取り残された。
それで誰にも話しかけない、かけられない陰気な人間の出来上がりだ。クラスにもグループにも部活にも馴染めずにいた。それが玩具になると判断されたのだろう。
虐めにあった。
皆が皆想像するような壮絶な虐めでは無い。偶に物を隠されたり、陰口を言われるぐらい。呼び出されて殴られたりや金を強請られると言った過激な目には合わなかった。
それでも少女の心を壊すには十二分だった。また何か隠されるんじゃないか、あの人達は私の悪口で盛り上がってるんじゃないか。人が恐くなった。学校にいる人間が誰も信用できなくなった。
最初は気分が優れないと保健室に休みに行った。次は一日、二日学校を休んだ。三日、四日と断続的に休みは増えていき、登校を拒否するようになった。
学校を休む日々は絶望に満ちていた。心も戸も塞いで部屋に引きこもった。母親に父親に泣かれた。相談してほしいと、病院に一緒に行こうと。何度も何度も。それでも戸は開かれることはなかった。
両親は先ずは心がある程度癒えるのを待とうと無理に部屋から出してくる事はなくなった。只、何が食べたいとかご飯出来たから今日は下で一緒に食べれるかとか。そんな優しい内容。そんな優しさにつけ込むように冗長していったのかもしれない。気がつけば家の中でだけは気が大きくなったつもりになって、少しだけ外に出ようと思ったが...ダメだった。玄関が開けられない。外に出るのが怖かった。
二ヶ月、三ヶ月と時は過ぎた。学校は休学扱いになり、無気力にネットの海を彷徨う日々が続いていた。自分は何もしないまま、親の脛をかじってクソみたいな人生を生きていくんだと沈んでいた日。それは現れた。
「H/初めまして!ミーの名前はリニー。君の名前を聴いても良いかな?」
幻覚だと疑うような光景だ。目の前に兎の人形が宙を浮いているのだ。度重なるストレスで自分がおかしくなったのだと思うしかなかった。目を瞑ってその光景から逃げる、それ以外の解決方法を思いつかなかった。
頬に柔らかな感触がある。優しく、温かな妖精の手が触れられた。おそるおそる瞼を開けば眼前に妖精は浮いていた。
「GE/幻覚じゃない。ミーは確かにここにいるよ」
視覚に映ったとしてもその存在を疑われる事に慣れているリニーは相手に触れ、その触感で現実に或ると証明してきた。
「あ、あなたは一体何者...なの?」
息が詰まりそうな程に対話が怖いけれど、兎を象った相手で有れば幾許か楽であった。
「YO/妖精。君たちの様な少女を魔法少女へと変身させ、人類を救う為のお仕事をしているのさ」
「ま、漫画見たいな?」
「YE/YES!この世界にある創作物と概ねは同じだよ。ただ、空想ではなく現実だけどね」
(まさか、私を勧誘しに来た...?)
浮世離れした現実にも驚きだが、それ以上にこの妖精を名乗る者が自身の前に現れたのは勧誘以外考えられない。家から一歩も出る事が叶わない自分に何を期待しているのか。項垂れた顔と相貌でジッと見つめると微笑み返された。
「KI/君の考えている通りさ。ミーは君。いや、乖凛君の勧誘に来た」
やっばり、と顔面が蒼白になる。そんな役目、自分には相応しくないと拒否反応で「無理無理無理!」と叫ぶ。
「DA/大丈夫、乖凛君の恐れている外界に出ずとも力は振るえる。ミーにはわかる乖凛君の使える魔法がね」
「つ、使える、ま、魔法ってなんですか?」
「SA/作製、ドローンのね。乖凛君は特定の能力を保持したドローンが作れるのさ。隠匿、監視。爆撃、落雷。切断、硬化といった具合さ。ほら、部屋から出る必要なんてないだろう?」
それが何の安心になるのか。出なかったとしても結局は戦わなければならない。どんな相手と戦っているのかは知らないが危険を冒したくない。
「で、でも...!」
必死に拒否の想いを伝えようとするがリニーはそれを遮る。
「NA/なら、監視業務だけでも構わない。ミーが他の魔法少女と契約しよう。乖凛君が監視をして他の魔法少女が見つかった怪人を狩る。それなら、安心さ」
突っぱねる筈も無かった。そこまで我が強いなら今、此処に引きこもってなどいない。それならばと、渋々魔法少女になる事を決めたと言うよりは断れなかった。
*
不服ながらはじめた魔法少女の活動は案外悪い物では無かった。外界に出る力のない乖凛にとってドローンから投影される外の景色は新鮮だった。夜を徘徊し、怪人を見つけてはビビりながら魔法少女に連絡を取り報告。その繰り返しであった。
最初の内は変わらず、おどおどボソボソした喋り方だったが顔を見ずに敬語で話すくらいなら問題無くなった。唐突な連絡にはビビるけど直接会って話す事より何百倍もマシだった。
そんなある日、再びリニーが現れて新たな提案をしてきた。
「A/新たな契約先があるんだけど、興味はあるかい?」
そこでIMMOの存在を知った。




