経過
「蒼慧理の経過ですガ順調です。筋力ノ低下が著しいですが、意欲的にリハビリを取り組ンでます。後ハ粥などを経テ食事もしっかりと摂る事がデきれば手術は可能ですね」
「それなら割と早く戦線に復帰できそうだな。若者を死地に送るのは憚れるが致し方ない。我々に同等の力さえあれば彼女達は苦しまなくて済むんだがな...」
握った拳を眺め、ぼやく。大の大人達が少女に頼らざるを得ない現状を何度も憂いている。
大人達にはまだ力が無い。魔法と呼ばれる人智を超えた能力に対して圧倒的に無力だ。欧州には魔術師と呼ばれる魔力を扱う者たちもいるが基本的にコチラに組みすることはない。
彼らは魔術を神秘と捉えている。故にその神秘を容易く扱い、国際機関に内情を明かしてしまう魔法少女に忌避感を覚えている。
彼らを襲った怪人は返り討ちには会うが、決して浄化される訳では無い。罪なき人も問答無用で殺してしまう。
それ故に魔力を扱った技術は中々進捗が無い。ある程度の技術化は進んではいるが、怪人相手になす術はほとんど無い。
「僕達ニ出来ることハ最低限身を守る程度。魔法少女のサポートをするくらいしか出来ませンからね」
「例の装備がもう少し普及すれば何とかなりそうなもんだがなぁ」
「コストが大キ過ぎますよ。そレに強力な怪人相手には無意味なので実態は変わりマせん」
「それも技術部頼りか...我ながら情けなく思えてくるよ」
改めて自分の頼りなさに辟易する。結局のところ自分のやっている仕事は書類仕事ばかりだ。偵察任務さえもレイモンドに頼りっきり。自身の能力が彼よりも劣っており、上層部からの指示で役割を任せている。今は怪人が活発に動いている事もあり、レイモンドに危険な行動をさせてはいないが年長者の自分が誰よりも安全圏にいる事が情けない。
「適材適所デすよ。矢上さんが下から支エてくれるお陰デ僕も神楽坂さんも安心しテ任務を遂行出来るというモノデす」
「褒めてくれて嬉しいよ。悪かったね、愚痴を聞いてもらってさ」
「生きてイれば愚痴の一つや二ツ言いたクなるものですよ」
相変わらず大人びている奴だと矢上は感心する。ペットボトルのお茶を喉に流し込み一息吐く。
「さてと、ここからは次の任務についてだ」
「何か掴んダみたいですね」
先程までの柔らかな雰囲気は消え、レイモンドの顔は真剣そのものだ。張り詰めた空気がオフィスを漂う。
「ああ、先ずはこれを見てくれ」
そう言って差し出されたのは茶色の封筒であった。中身は何枚かの写真が入っており、被写体は静寂零。夜、仕事終わりに何処かへと向かう姿が撮影されたようだ。
「...これは静寂零デすか」
「その通りだ。君が正体を見破った後の事だ、『情報屋』に彼を追った映像が有れば欲しいと過去の映像を精査してもらった」
それがこの映像を切り取った数枚の写真であった。
「方角としては家トは真逆の方向でハありますが...」
「まあな。ただコイツはそれを悟られたく無いみたいでな」
写真を並べ、一枚ずつ指して説明をする。
「目線は一切送ってはいないが隠蔽されている『情報屋』の監視に気づいている。途中までは普通に映り込んでいる訳だが、ある地点からその姿が見えなくなる」
「...」
余計な横槍はいれずに無言で話を聞く。矢上は引き出しから地図を取り出して判明している場所を伝える。
「大体この住宅街の周辺だな。毎回向かっている訳ではないようだが、何回かその姿を捉えた。大なり小なり差があれどこの先で、撮影されるのは不都合だったみたいだ」
「つまり住宅街の捜査を行ウ訳ですか」
「その通りだ。態々静寂が隠すだけの何かがここいらにあるって訳だ。まあひょっとしたらこの先の神社かもしれないが、そっちの調査は『情報屋』に任せてある」
「了解しましタ」
街で暗躍を続ける怪人たちの尻尾をようやく掴んだ実感がある。だが、迂闊な行動をしてしまえば逆に、彼らに捕捉され最悪は死の危険が伴うだろう。慎重に事を運ばなくてはならない。
『情報屋』にも伝えてはあるが、神社側は恐らく何も無い。これは経験則に基づいた感だ。矢上は元々は警察側の人間であり、刑事として幾つか事件を解決してきた。
レイモンドには伝えていないが夜の神社で行動をする静寂が一度だけ撮影されている。これはブラフであり、本命を隠そうとする人間の行動だと推測した。正体が判明した今、神社の手前で姿を消した後、その神社で補足されるのは余りにも怪しすぎるのだ。
神社に何かあると思わせる事が目的だと考え、主軸をその手前の住宅街に絞った。無論、本当にヘマをして捉えた可能性もあるので『情報屋』に捜査を頼んだ訳だ。
(『情報屋』は本体が直接外に出ることは無い。だから何か行動する際の囮としては最適だ。そんな役目を任せちまう俺は最悪だけどな)
完璧に安全という訳ではない。撮影魔法のドローンから探知された場合、襲われるリスクも最低限伴う。直ぐに解除すれば問題ないが100%安心できる訳ではない。
少女に頼る事が申し訳ないと思いつつも、矢上は使えるものを全て使う。何故なら問題を根本から解決しなければ彼女達は常に危険に晒されて続けるからだ。考えと行動が矛盾している事を理解しつつも自身の考える最適解で次に繋げていくしかない。やらなければ大多数の人間が被害に遭うだけなのだ。
椅子から立ち上がり、ブラインドを捲って外の街を見渡す。そこに灯る小さな光の数々は守らなければならない住民たちの営みだ。絶対に守ってみせると心で意気込む。
「捜査は明日からだ。怪しい物件や人の出入りがないか精査するぞ」