ドール殲滅戦
満月が照らす夜の町に複数の影が飛び交う。月光の元に晒されるのはスーツを纏った傀儡の集団。
Γシリーズ。
10を超える集団は散り散りとなり、各所で指示通りの破壊工作に打って出る。魔法少女達に襲われる前に原住民に対し、少しでも多くの負担をかける為に。彼らのリーダー曰く、殺しは効率的にだそうだ。少しでも多くの悪感情を増やす為には殺しよりかは長期間かけて住み着いている人間にストレスを掛ける方が効率的だ。故に殺しの状況は限定される。
活かすよりも、圧倒的な憎悪を与えられる時。
「な、なぁ。頼む、許してくれよ。俺たちが悪かったからさぁ!」
それは今だろう。
眼前には五つもの単車が転がっている。うち三つは大破。燃え盛り、煙を天へと押し上げている。
ここ最近暴れ回っている若者の集まりだ。俗に言う暴走族である彼らは不運にもΓシリーズの目の前を通過してしまった。一台を倒した時は威勢よくかかってきたが、只の人間が敵うわけも無い。無惨にも返り討ちにあい、折れた足を抑えながらのたうち回っている。
許しを乞う青年は事情が違った。彼にはそれほど深い傷は無い。一番最初に倒された車体であり、悪運強く擦り傷で済んでいたのだが。彼のなによりも、自分よりも大切な者を奪われていた。
「っうぐぅあ!ぁ、ぁ..!」
背後に乗せていた彼女の首を掴まれ、今にもその細い首をへし折られそうになっていた。必死にしがみついても、引き剥がそうとしてもΓシリーズはびくともしない。
その結果がこれだ。
「金なら幾らでも払う!なんだってする!だから彼女だけは!そいつだけは許してくれ!」
無様に泣きながら命乞いをする。彼を暴走族とたらしめる風貌も態度も矜持すら捨て、額をアスファルトに擦り付けて謝り続ける。
だが、傀儡に感情など無い。
「恨め。我々を。悲しめ、この人間の死を。それが我々の求めるモノ」
起伏の無い淡々とした言葉を投げ返す。止めと言わんばかりにもう片方の腕で頭を潰そうとした瞬間、銀に煌めく刃が腕を断った。
肉も骨も切り落とし、死の間際で息を吹き返す。
「っぅぐ!っごほ!っげほ....が、はぁはぁ!」
腐った血潮が鼻腔を刺激する程の異臭を放ち、青年を正気に戻す。
「早くこの娘を連れて逃げるのよ!」
イエローレッグの叫びに無言で頷き、彼女を抱いて必死に走る。鍛冶場の馬鹿力というやつだろうか、彼女を抱き上げてもいつもと同じくらいに速く走る事ができる。泣きじゃくりながら、暗がりの道を駆け抜けていく。
「片腕が損傷。至急、応援を」
同行していたΓシリーズに助けを求めるが、既にそこは死屍累々。潰された死骸が腐臭を撒き散らしながら散乱していた。
「警察を呼ばれては不都合ですので、暴走族の皆様は傍に退避させて頂きました」
紅の雷を纏った少女は凛とした表情でそう言った。たった数秒目を離していた時間でΓを全滅させ、暴走族の応急手当を終わらせた。目にも止まらない早業と言うべきか、その姿を眺めている間に最後のΓの核は砕かれた。
*
「Γを停止させるには核を破壊する必要があります」
「核...だぁ?」
ベロンが到着する数分前、Γの倒し方をクリムゾンスパークにより教えられた。
「心臓みたいなもんがあるって認識で良いのか?」
ゴールドラッシュの疑問に対し、肯定の意を示し頷く。
「その通りです。とは言っても目に見える物ではありません。推測ですが身体を巡る魔力が行き着く先であり、その部位を断つ事によって機能停止させられるものかと」
「そこを壊す以外意味がないのよ。腕を切っても脚を切っても這って攻撃してくるのよね」
その姿を想像して思わず唾を飲み込む。
「気持ち悪りぃな...それでその核ってのは場所が決まってるのか?」
「脳味噌か心臓です」
急所を指定して作るのか、傀儡化したら結果的にそこが急所になるのかは不明だがわかりやすくていい。
「へぇ、なるほどね。どっちが当たりかわからない感じかな」
「破壊するまで不明です。なので片方潰しても油断しないで下さい。どれだけ損壊してもゾンビのように襲ってきますので」
*
「ほんと、薄気味悪いなぁ!」
錫杖で心臓を一突きしたにもかかわらず、苦痛の叫び声も無く顔色一つ変わらずにその手を伸ばしてウィンドを殺しにかかってくる。
「ま、この程度じゃ僕を殺す事はできないけどね」
ビュンっと風を切る音が鳴り響いた瞬間、頭部は細切れに引き裂かれていた。
「って!得意げにしてる暇もないんだけどね!」
ウィンドとウォーライトは既に大量のΓに囲われていた。街から少し外れた山道。山奥から現れたΓ達を急襲するつもりが街からの増援によって挟み撃ちにされたのだ。
四方八方から飛びかかってくるΓを錫杖で突き刺しては風魔法によって引き裂く。まとめて引き裂く事も可能だが、その隙を与えてはくれない。
「っぬん!想定よりも圧倒的に数が多い。我々の侵入に勘付かれたのではないかぁ!」
巨剣を武器に携えるウォーライトは心臓めがけて穿つと同時に剣を振り上げ、脳味噌ごと一刀両断する。
「可能性が高いね!他のみんなは!?」
通信魔法によって散り散りになった魔法少女達に連絡を取る。
『待ち伏せされていたぜ!!結構な頭数がいる!端からぶちのめしてるけどなぁ!!」
一番に応答したのはグリーンアサルトであった。挟まれたウィンドコンビと同じく嵌められたようだ。
一方、イエローレッグコンビはいつもと変わらない様子だそうだ。
『私たちは6人程度。...偵察用の個体がいたと考えるべきね。公園での会合を聞かれていた可能性が高い』
『どうするつもりだ。この程度の数なら俺達は倒しきれるが!』
『ウィンド、ウォーライトはどうなのよ?』
「っふん!我々もピンチではない!して、何か考えがあるのか」
戦闘をしながら今後の行動案をクリムゾンが提言する。
『陽動作戦と思われるわ。Γの対処に慣れていない貴方達に戦力を送り込み、私達をこの場から離す事が目的ね。そしてその隙に死体を回収するつもりかと』
「なるほど、簡単じゃん」
『あぁ、そうだなぁ!コイツらを俺たちでぶっ潰せばドールの野郎がおめおめと姿を表すってことだろ!?』
『なるほどなのよ。じゃあ申し訳無いけど露払いを頼める?』
剛ッ!と巨剣を光らせ、その頭身を何倍にも膨れ上がる。
「問題無い!!」
何人ものΓを巻き込み、斬ると言うよりは潰すに違い要領で剣を振るった。派手な爆発音と振動によってΓ達の動きが鈍り、隙が生まれる。
「隙を見せちゃダメじゃないか!!」
乱気流が如く、凄まじい風刃を吹き起こしミキサーの要領で惨たらしくΓを引き裂きミンチに状にしてしまう。
気がつけば周りは血肉の川。そこに立つ二人の少女はどこか得意げであった。
「さてと、そろそろ出てこないとまずいんじゃ無いの。ド・ー・ル・さ・ん?」
悪人顔負けの悪辣な顔でウィンドはどこからか観戦しているドールを煽るのであった。




