各々
恐怖、絶望、痛み。天と地ほどもある力量差で蒼慧理はそれらを植え付けられた。あの日、あの瞬間に間違いなく恐怖をした。決して勝てないと絶望をした。最後には尋常では無い痛みに身体支配され、その意識を奪われた。
大の大人とて慧理と同じ凄惨な目に遭えば心を折るだろう。
握りつぶされた手、虚のように大きく貫かれた腹部、止まることを知らない血流に意識を失うレベルの痛覚。静寂が規格外の強さとはいえ、慧理を圧倒する輩がはまだ数多く残っているだろう。
それでも立ち上がる事ができるか。
今以上の苦痛、もしくは直接的な死を味わうことになるのはこの先戦い続けるなら必至。腹部にできた大きな傷跡と失った片腕。これ以上の代償を払うとしても戦火に身を落とし続けるのかと問われているのだ。
当然、答えは決まっている。
「私は闘います。選ばれたのなら、守る力があるのなら最後まで剣を取って立ち上がりたい」
確固たる意志がそこにあった。その瞳は真っ直ぐとレイモンドを捉え、恐怖に打ち勝った強さを示していた。だって決めていたのだ。魔法少女になると宣言したあの日から、護るべき者の為に戦い続けると。
「良イ返事ですね。しっかリと支援さセて頂きます。早速ですガこれからの予定を...」
そして準備は淡々と進む。蒼慧理が魔法少女ブルーレインとして再び立ち上がる日に向けて。
*
病院を後にした二人は近くのベンチで愕然としていた。よもや目が覚めて一日も経たずに別の病院に移動するなど思いもしなかったからだ。
移動先を聞きたかったのだが、「個人情報だから教えられないの。ごめんなさいね」と一刀両断されてしまった。スマホを使って連絡を取ったが既読はつかないままだ。
「流石にスマホを使う元気もないんじゃないか」
「確かになぁ。だいぶ痩せちまってだようだし、飯食って寝てるのかもしれねぇ」
点滴だけの生活だったので粥でも食ってるんじゃないかと軽く談笑をする。
「しかし、本当に目覚めてよかったぜ。本当に...」
「...そうだな」
ギュッと拳を握りしめる飾。目の前で何もできずにいた負い目があり、一向に起きる気配の無かった慧理に対して大きな罪悪感を背負っていた。その重荷が少しは軽くなって欲しいものだと幹人は思った。
「さてと、感傷に浸るのはここまでだ。オレはそろそろ帰るぜ、オーガがまた現れても困るからよ」
「連日暴れてるらしいな。コッチも次々と怪人化が進んでいて油断できない状況だ」
「地味だが、毎日のパトロールでどうにかしていくしかねぇよ。一先ずは3日後の作戦次第だ。お前もケルベスに伝えられてるだろ」
「ああ。それまでは自分の地区をしっかり守ることに専念する。お見舞いも無くなったし次会うのは土曜か、その時は宜しくな」
「応よ!」と拳を突き出してきたので同じく拳を握りしめて合わせる。
「じゃーな、重要な作戦だから英気を養っておけよ!」
「そっちもな!」
飾はバッグを片手にヒラヒラと手を振りながら夜の街へ溶けていった。
*
死体が浮いている。プカプカと気泡が底から噴き出ては僅かに揺れ動き覚醒の時を待っている。赤、青、緑と様々な液体に漬け込まれた死体はガラスの中。円柱状の不気味な機械によって改造をされているようだ。
「桃雲様。実験は好調です」
死体が喋っている。機械に浮いてる物ではなく、既に外界に出された意思を持った存在だ。
人造人間。
桃雲によって弄られた者は生前の記憶とは別にプログラムを埋め込まれ、自身に絶対服従の人形を造り出した。これまでに何度か失敗してしまっているが、この研究室にいる人造人間は成功例と言えるだろう。
「机に置いておけ、Δ=Ⅰ」
承知しましたと無機質に答え、大量の資料を机の上に積み上げていく。本日録った研究データの写しだ。新たなシリーズの開発は順調に進んでいる。現行の戦闘部隊であるΓシリーズよりも強力な人造人間が造れる。桃雲はその為の研究に夢中だったのだが、後回しにしていた研究を急遽進めていた。
「Δ=Ⅰ。私はしばらく研究で忙しい。Γを五体程街へ放って破壊工作をしろ」
「承知しました」
またしても無機質に答え、薄暗い研究室から明かりのある廊下へと出ていった。
「...なんの用だ、緑葉」
Δ=Ⅰと入れ替わりで怪人で同僚である緑葉が入ってきた。
「土曜の件だ。先日伝えたが桃雲、貴様は魔法少女達に狙われている。どうするつもりだ」
現在の時刻は金曜22時。明日には魔法少女たちの強襲がある。先日、緑葉の隠密行動による情報収集で桃雲を始末する算段を企てている事が判明した。それを本人に伝えたのだが、「了承した。土曜までにやる事ができた、私はそれまで研究室に籠る」そう言って2日が過ぎた。具体的な対策やどういった行動を起こすか擦り合わせを目的に緑葉は現れたのだ。
「...しれたことを。ノコノコと姿を現せばまず間違いなく私は殺される。ノワールを殺して見せた奴もいるのだろう?我々はまず間違いなく敵わない」
「ならば、隠れてやり過ごすか。お得意の死体を複数送り込んでおけば煙に撒けるだろう」
それが最も安全で確実だと緑葉は結論付けた。得られた情報を有用に使い、こちらの詰み状態を回避する。狡賢く逃げて嵌めて、最後に勝てば良い。
しかし、桃雲の選択は違った。
「違うな。私が何の為にココに困っていたと思う」
「別の策があるのか?」
見てみろと言わんばかりに奥の液体装置を顎で指し示した。
「...正気か?いや、ここまでの物が作れるというのか!?」
「なに、コイツに必要な物は幾らでも採取できる。情報を得られたのならコチラにアドバンテージがある」
クツクツと心底楽しそうに嘲笑う。
「隠れてしまっては情報が流れたと奴らに警戒心を与えてしまうからな。それを利用し、魔法少女共が優位に立っていると錯覚させる。そして、それが間違えであると理解させてやるのだ」




