岐路
「...IMMO」
聞いたことも無い。WHOやUNESCOなどの国際的な機関なのだろうか。正直言ってそこまで世界機構に対して興味などを持っていない為、勉学で習った有名所しかわからない。
しかし、妙ではある。どの類の機関なのかは不明だが何故自分の元に彼は現れたのか。ICPOが自分の元に訪れるのならまだ理解ができる。怪人が原因となった事件は日本だけでなく海外でも多発しているとケルベスから聞いている。未解決であり、世界規模で多発している犯罪解決の名目で日本の警察と連携するのはごく自然の流れだ。だが、目の前にいる男はその類では無い。実質的に身元不明の国際機関に属する男だ。
(怪しすぎる...)
そのにこやかに笑っている顔がポーカーフェイスに見えてならない。胡散臭いのだ。腹の底では何を考えているかわかったもんじゃない。会話を始める前に名刺に目を通す。
「International Monster Measures Organizationに所属ノレイモンド・ベネリィです。怪シいですよね」
その蒼い瞳で彼女の意図を汲み取った。レイモンドは自身の身の上を発した際に慧理の訝しむような顔と渡した名刺へと視線を落とした動作を見て思った。疑われていると。
この手の疑いには慣れている。職業柄日常茶飯事なのだ。怪人の情報は基本的に民間人は当然だが、公職に就く者にも知れ渡っていない。それらを知っているのはごく一部の上層部のみ。日本以外にも世界各国で警察機関と連携する際に自身の身の上を何度疑われたかわかりはしない。ただ、今回は彼はこの状況を楽しんでいるわけだが。
薄っぺらい笑みを浮かべて懇切丁寧に説明する。めんどくさいがそれがシンプルで一番の理解が得られる。時間を無駄にする訳にもいかないので堅実な方法を選択するのだ。
「マ、端的に言えば我々は貴方たち魔法少女が言ウ怪人を相手にスる国際機関ですよ」
「...」
黙って耳を傾ける。レイモンドの言葉に真偽がつかない。確かに怪人の事件は確実に消す事はできない。アニメの魔法少女のように都合よく記憶を消して、被害があった事が無くなって一般人に何も知られないなんて事は無い。人が亡くなれば生き返らないし、壊されたビルや道路は穿たれたまま世界に傷跡を残す。怪人に襲われ、命辛々逃げ帰った人間は記憶に刷り込まれる。
必ず怪人と呼ばれる者が一般人に認知される隙はある。それが積み重なり都市伝説としてネットで扱われるなど綻びは出始めている。
(そんなに多くの国が認知しているの?)
国際機関として成立してるという事は多数の国が認知しており、国のトップはこの事件を理解しており秘密裏に動いていると推測できる。表沙汰に発表するには滑稽な話しであり、国民たちも直ぐに理解を示すとも思えない。故に慧理という少女の立場として知らなくて当然の機関だと言える。
だがしかし、ケルベスなどの妖精はどうか。彼らは日本のみならず世界中の地域に何匹もおり、数多の少女と契約して街を見張っている。それならば怪人を相手にする機関の人間を知り得る妖精がいて、情報を共有するのでは無いか。そしてケルベスで有ればその手の情報を共有してくる。
(まだ、信じられる訳じゃ無いわね)
怪人、魔法少女と二つのワードをピンポイントで刺して来たがそれだけで真偽をつけるほど間抜けでも無い。訝しりながらも話を聞き続ける。
「おやオや、まだ怪しんでいる様子ですね。核心的な部分を突クと割と信用が得らレるんですがね...ナらもっと情報を公開しまショうか」
「情報ですって?」
「YES.私が怪人事件に携ワる人間だかラこそ知リ得る事を話せば納得頂ケますか」
軽く下に見られるような発言があったが一先ずは水に流しす。どうやら彼は慧理を納得させるだけの情報源を握っていると伝えている。確かな自信と情報が無ければここまで強気に言ってこない。
「情報次第ね」
レイモンドはニッコリと表情を作ると「そウですか」と言い、胸ポケットから小さなメモ帳を取り出して読み始めた。
「貴方は蒼慧理サんもとい、魔法少女ブルーレイン。外套に身を隠シた怪人、静寂零に対シてグリーンアサルトと呼ばれる魔法少女と共ニ交戦。シかし、破レてしまい利き腕が破壊される。その後ハ目覚めたゴールドラッシュにヨリ救助され、グリーンアサルトに総合病院に運ばれル。ゴールドラッシュは翌日、静寂零に決闘に挑ミ勝利。以上」
「ッ!」
掻い摘んで話した内容はどれも事実であった。この街の水面下で争っていた魔法少女と怪人の全容は恐らく把握している。
「随分と驚いテるみたいでスね。更にダメ押しをしましょうか」
「...?もっと掘り下げられるってことかしら」
「違いマすよ。この情報を吐いたダけでは信用には足リ得ないデしょう。魔法少女組みスる者だけでなく、怪人側ノ人間ならここまで知っテいても不思議デはない」
レイモンドの言い分は間違ってはいない。慧理としても関わった事実があったとしてもレイモンドという男に信用を寄せるには値しないと考えていた。話半分に聞いて協力関係を持ち込んでくるのなら相手を出し抜き、上手く利用するつもりであった。
だが、男は決定的な証拠とも言える人物を招き入れた。
「Amelia.頼ミますよ。僕には見えなイが貴方達なら見えるのでしょう?」
病室の扉が開き、一人と一匹が部屋に踏み入れる。長く艶のあるストロベリーブランドの美少女、神楽坂アメリア。そして少女の肩に座り込む小さな熊の妖精だ。
「まずは謝罪を。大怪我負い、目覚めたばかりの所に大人数で押しかけてしまい申し訳ありません」
謝罪の為に45度ピッタリのお辞儀をするが肩になった子熊は微動だにせず、腕を組んだまま肩でふんぞりかえっている。
「い、いえお気になさらず」
胡散臭い雰囲気であるレイモンドとは違う丁寧な対応に思わずどもって返事をしてしまう。
面を上げると一息ついて少女は自己紹介を始めた。
「はじめまして。私は神楽坂アメリアと申します。IMMO在籍の魔法少女です」
懐から黒い手帳を取り出し、IMMOの身分証明書を見えるように出してきた。
「はじめまして。私は蒼慧理、よろしくね。そしてこれが身分証か。...レイモンドさんも持っているんじゃないですか?」
悪戯に笑うと当然だと言わんばかりに黒い手帳と一緒に出してきた。
(最初から出せばいいじゃない...なんで一番最初に名刺なのよ!)
ちょっとした二人のやり取りを不思議そうに眺めていたアメリアは会話が終わったと判断して妖精の紹介をはじめる。
「そしてこの肩に乗っているのが私と契約した妖精ベアームです」
「/よう嬢ちゃん。俺ぁよ、紹介のあった通りベアームつー名前だ。よろしく頼むぜ」
デフォルメされたぬいぐるみの顔をしているが白目で左の目元には十字傷があり、妙な迫力がある。しかし、ケルベスよりも一回り小さい。雰囲気はあるがそれも含めて可愛く思えてしまう。
「ええ、よろしく。一つ聞いてもいいかしら」
「/俺に答えられる事ならなんでも聞いてくれ」
「私の契約している妖精はIMMOを知らなかった。同じ妖精である貴方が在籍しているなら他の妖精と情報共有していて当然だと思ったのよ」
「/なるほどなぁ。まあ、それに関しちゃあ契約してる奴の方針によるな。IMMOに割り振られる怪人は強力な奴が大半だ。相方を危険に晒したくないって奴は大体その存在を教えないぜ」
「なるほどね」
確かにケルベスは慎重な性格だ。普段、前線にいないのも魔法少女達に何かあった時の為に備えるようにしている。例えば先の戦いである、静寂VS幹人の際にも遠方まで足を運び回復の力を持った少女を呼ぶなど。彼の性格を考慮すれば納得がいく。
「危険ってそこまで情報が集められてくるわけ?」
「/アメリア、頼む」
「了解。IMMOは主に長期間続く怪人の被害を調査します。一過性、1度や2度程度の被害の怪人はその区域にいる魔法少女が解決するからよ」
「つまり、その区域の魔法少女が対象できないレベルの怪人を相手取るってわけ?」
「ええ、概ねその解釈でよろしいかと。他にも多くの要因や作業、仕事があります。しかし、今回頂いた質問の答えとしては助長になってしまいますのでここで切らせて頂きます」
「わかったわ、ありがとう」
理由はそんなものかと、納得して次の質問を考えていると蚊帳の外になっていたレイモンドが横から話しかけてきた。
「どうやラ、妖精の方と有意義な話ができたようデ。質問は後デ幾らでも答えるノで我々の本題に入らセて頂きたいデす」
(本題...勧誘かしら)
話の流れから察するに人出が足りないなだろうか。強力な怪人を相手にするとなれば怖気付いて入る勇気が湧く者は少ないだろう。静寂を操作していた延長で慧理達を見つけ、戦力補充の為にスカウトしに来たと考えるのが妥当だろう。
「君はもう一度、立ち上がル勇気はあるカい?」
「...どういう意味ですか?」
「言った通りサ。君は静寂に破レ、身体を欠損スる程の大怪我を負っタ。少女が受けるには過酷過ギる代償ヲね。PTSDになっタとしてもおかしクない。だから君に問うんダよ。まだ魔法少女トして闘い続けル意志があるか、教えテくれ」