信頼
三日後の土曜に怪人を強襲する作戦があるとはいえ、幹人は学生だ。幾ら魔法少女活動を行なって深夜に眠ろうとも遅刻しない朝の時間帯に起きなければならない。
早朝から鳴り響く目覚まし時計を止めて怠い身体をどうにか持ち上げる。
兎にも角にも眠気が酷い。ここ最近は精神的にも肉体的にも疲弊している上で十二分な睡眠が取れていない。何処か時間のあるタイミングでまとまった睡眠時間を確保しないと土曜に支障をきたすだろう。
「ふあぁーーあ」
大きな欠伸をしながら全身を伸ばし、洗面所へと向かう。完全に目を覚ます為のルーティンで起きたらその足で直ぐに顔を冷水で洗って意識を叩き起こす。
そこから歯を磨きいて朝食を食べ、身支度を整える。毎朝決まった行動をとることで調子を取り戻しているのだ。
「いってきます!」
スニーカーを履いて元気よく登校するのであった。
*
概ね始業開始の10分前には先に着席をしている。相変わらず周りからの視線は冷たいがめげずに自身のやるべきことを全うし、信頼の回復に努めている。
周りにどう思われ、どれだけ嫌われたとしてもコツコツとやるべき事を成して、信用される行動を選択して印象を変えていくしか無い。
失われた信頼はそう簡単には元に戻らない。特に幹人は元々は周囲から信頼されていた人間だ。正義感があって誰にでも分け隔てなく接し、優しかった人間が突如として暴力沙汰の事件を起こした。それも本人の癇癪によるものと周知された。事実に反してはいるが実際に暴力沙汰にはなっており、嘘が真実として伝えられたので裏切られたと感じる人間がほとんどだろう。
そんな人間がどれだけ取り繕っても腹の底が見えずにまた暴力を振るうんじゃないかと周囲の人間は怯えてしまう。善人ではなく悪人として見られ、善行が悉く裏目に出てしまう状況下にあるのでこればかりは地道に信頼を得ていく他ない。
誰が何と言おうとも個人の評価は他者が決めていくもの。何を行い、何を成してどんな結果に繋がっていくのか。それらの行く末を他者が善行か悪行かを判断していく。
事件をきっかけに幹人の行動に対しては皆色眼鏡で見てしまう。その評価を覆すことは果てしなく難しいだろう。それでも、見ている人間はいるわけだ。幹人が己の行動を反省し、心の底から改心を願い小さな善行を積み上げている姿を否定しない人間も出てくる。
今日も恭哉以外の人間に話しかけられずに自分の席へと着席をした。ホームルームに続いて直ぐに1時限の授業が始まるので教科書の準備をしていると不意に冷たい物体が頸に押し付けられた。
「っうお!?」
情けない声を上げて思わず立ち上がってしまうと周囲から冷ややかな目で見られる。その気まずさに苦笑いをして直ぐに背後を振り向く。こんな事をするのは大方恭哉だろうと予想して見るが、全く違う人間が缶のジュースを片手にニヤついており大変驚いた。
「恭哉...じゃない?」
思わず口に出してしまったが、背後で缶ジュースを持っていた男は快活に笑い飛ばす。
「あははは!良い反応するじゃん、贖。これは差し入れだよ受け取っておけ」
オールバックの髪型にヘアバンドをつけた少年はそう言って缶を押し付けてきた。
「あ、ありがとう。えっと...瀬尾だったよな」
「そうそう、瀬尾景楽だよ。いやー最近は良い面構えになったし、ゴミ拾いとか頑張ってるみたいだし?。ま、差し入れの一つでもしてやろうと思ってな。頑張れよっと」
瀬尾景楽。小柄で飄々とした人物で事件前は多少の交流はあった人物だ。事件後からは全く相手にしてこなかったが、吹っ切れてからの幹人の行いに思うところがあったらしく声をかけてきたようだ。その性格から軽い人物と思われがちだが人のことはよく見ている。
初めて人の信頼を取り戻した瞬間であった。胸の底がじーんと熱くなり、喜びを隠せない。
(先輩の言う通り、諦めずに頑張った甲斐があった...!)
努力が身を結び、小さな一歩ではあるが目標に近づくことができた。朝から気分が良い、今日は素敵な一日になる。そんな気がした。