2章 プロローグ 後編
魔法少女の仕事は贖幹人にとって日常へと変貌していた。静寂との決戦から2ヶ月、病院を退院した幹人は今日も魔法少女としての仕事を行っていた。
「なんなんだ貴様ぁ!この俺を縛ろうとするなぁぁぁ!」
鰐の姿をした怪人はその大口を開けて叫ぶ。心の内を闇に支配された彼は支配からの脱却、つまるところ会社の上司を殺そうとしていた。場所は下水道、酔っ払って路地裏に入った上司を脅す為にアスファルトの地面を叩き割って下に落としたのだ。どうやらかなり悪辣になっているようで憎い相手を痛めつけたいと言う願望がダダ漏れであった。既に上司は気絶をしており、この一部始終を見るには至らなかった。全身を黄金の武装で纏った少女が鰐男を圧倒するさまを。
「縛る気なんてねぇよ!ちょっとばかり寝てもらうだけだ!」
下水の水をかき分けてずっしりとした大きな足跡と共に襲いかかる。やはり口は大きく開けており、デスロールで少女の装甲諸共噛み砕いてくるのが定石だろう。
しかし、あまりにもその行動がお粗末だ。何の工夫もなくただ走って突っ込んでくるだけなのだから。だがそれも無理もない、彼は元々一般人で喧嘩ならをしているわけでもない、普通のサラリーマン。それを突如として怪人に変えられて、理性すら破壊されている状態だ。何かを考えて行動するよりも破壊衝動に身を任せ、猪突猛進に喰らうのが在り方として正しい。只の人間を喰らうなら身体能力が圧倒的に上昇している怪人からすれば容易いからだ。
そして、それは人間に対してだけであって魔法少女には意味を無さない。並みの怪人よりも強い、力があり理性的に戦える。理性を破壊され、衝動に突き動かされる怪人に負ける筈などなかった。
「ぐあがががが!!!」
齧り付いてきた大口に手を突っ込み、上顎と下顎をガッチリと掴んで正面から攻撃を受け止めた。コンクリートすら飴細工のように砕ける怪力を持った顎ですら少女の腕一本も喰らうことも出来ずに力勝負で押し負ける。鰐男はその事実に対して激しく怒り、狂っていた。ギョロリとした目で幹人を睨む、それに気づきニヤリと笑い返して鳩尾に蹴りを入れ、蹲った所を更に蹴り飛ばし下水の上で転がしてみせる。
「っぐはぁ!っげほ!っげほ!」
自分で崩したアスファルトの瓦礫に身体をぶつけ、ぐったりと倒れ込む。力が弱った今が好機だと直ぐに歩み寄って浄化の魔法をかける。
「アンタのやったことは許されねぇが、アンタ自身に罪はない。許してやるから夜道には気をつけろよ、二度も怪人になったら困るからな」
幹人の手から発せられた温かな光によって怪人が浄化されていく。植え付けられた悪心を無へと返し、歪められた肉体を元の人へと治す。光の泡沫に包まれた男は鰐の姿から人間へと戻っていった。身体に異常がないかだけ軽く確認をして二人の男を担ぐ。
「よし!仕事完了っと」
直ぐにその場を離脱して適当な交番の前に二人を置いて行った。月明かりとネオンに照らされた闇夜を駆けて家に戻る。時刻は午前2時過ぎ。明日も学校のある学生としてはこれ以上の夜更かしは辛い。以前はここまで遅くならなかったのだが、ここ最近の怪人の動きが活発になったこともあり連日夜更かし気味だ。音を立てて両親にバレないよう、羽の如くふわりとベランダに降り立つ。そーっと窓を開けて中に入ると犬のぬいぐるみが浮遊していた。
「ケルベス、来ていたのか」
「肯定/君を待っていた」
そこに佇んでいたのは精霊ケルベス。異世界を侵略しに来た軍団影の人形に対抗すべく、少女たちと契約をして力を与えている存在だ。もっぱらあちこち動き回ってサポートに徹している彼だが、何やら用事があって直接出向いてきたらしい。
「例の件か?」
「否定/その件ではない。やはり動きそのものがないのでな。幹部らしい怪人たちの足取りを掴めたのか進捗を聞きたくてな」
「なるほど...状況は良くないな。俺の地区で怪人を生み出してる奴はどうも魔力操作が得意みたいで一向に捕まえられない。一度探知にかかってから徹底して魔力を消している。相手側も探知が得意みたいだから『情報屋』の目からも流れている」
急激に怪人の発生や被害が増え出してから、近隣の地区で三人の幹部と思わしき怪人たちの目撃がある。静寂の仇討ちを狙っているのか定かではないが、非常に厄介だ。中でも特にやりにくいのが現在、幹人の地区の探知にかからない怪人だ。兎に角魔力に関する能力が精密であり、痕跡を残さない。網にかかったのはこれまでに2回。『情報屋』の目と幹人の感知だ。それも全ては初回のみであり、一度掛かった網には徹底して警戒をして映り込まない動きをしている。
呼称はブルーマン。一度だけ映った映像で青色の皮膚をしていた為、『情報屋』がそう名付けた。接敵が全くないのは彼だけであり、他の二つの地区では幹部らしき怪人と交戦がされている。
一つはグリーンアサルトの方面。枝葉町のある來島市。そこではオーガと呼ばれる怪人が日夜、暴れながら怪人を生み出してる。3mもある巨人であり、異常な怪力の持ち主。その大きさから完全に隠れる事は不可能であり、一種の都市伝説として市内は勿論、総雲学園の方まで伝わってきている。グリーンアサルトと何度か争っているが、ある程度の所で徹底をしていくらしい。まだ正面切って対決するつもりはないようだがどうにもきな臭い。
二つ目は神社の方面。來島市とは真逆にある蘭松市。『情報屋』によると二人の魔法少女がいるらしいが詳しくは不明。ドールと呼ばれる怪人が主体となっている。他の二人とは違い、謎のスーツ集団を引き連れて行動をしており戦力差的に直接出向いての戦闘は行っていない。民間人に手をかけようとした時にだけ素早く手助けに入って離脱するのを心掛けているようだ。
「了承/それで本題はここからだ。現在、我々は発生した怪人の対応に追われて根本の原因である幹部達に手出しできない状態にある」
幹人は静かに頷く。ブルーマンは兎も角、ドールやオーガは割と表立って行動をしている。以前のように近隣の魔法少女と手を組んで戦えばいいのだがそれが現状できないのだ。
「提案/そこで私は少し離れた地区にいる魔法少女たちと話をつけてきた。三日後の土曜、別地区がここと來島市でのパトロールを行う。そして、蘭松市の魔法少女と協力をしてドール討伐作戦を考えている。乗ってくれるか?」
ケルベスはここ数日、他所へと出向いて今回の事態が解決するように頭を下げに行っていたようだ。毎回このように素晴らしい働きをしてくれてるので幹人は頭が上がらない。
「当然だろ、このままじゃどんどん被害が増えてしまうからな」
断る理由もなかった。本来の本分である学生としての生活が脅かされるレベルの事態なのだ。幹人だけでなくグリーンアサルトや蘭松の少女も寝不足で困っているだろう。それに疲労もある。ここまでやられると体が休まらない。精神的、肉体的疲弊を狙って幹人たち魔法少女を一掃する作戦ならば相手の思う壺だ。ここでどうにか打破する必要があるのだ。
「安堵/それなら良かった。詳細はまた追って話す。今日は休んでくれ」
わかった、おやすみなさいと挨拶をしてケルベスと別れて魔法を解く。今日も疲れたと直ぐにベッドに倒れ込み、意識を沈めていった。来たる三日後に備えて英気を養わなければならないのだから。